【R18】生真面目騎士様の不真面目な愛読書

綾瀬ありる

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生真面目騎士様の愉快な仲間たち

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「さて、そろそろ真面目な話をしませんか」
 この状況を、みんな一体どう思っているのか。なんとも和やかな空気さえ漂い始めて、ヒューバートはため息をこらえて声を発した。気のせいか、頭痛さえするように感じられる。
 ヒューバートのその言葉に、アデリンとリズベスはハッとして顔を見合わせた。
「そうでした……」
 突然に王子殿下が現れたのだ。その衝撃と、その後のランバートのとぼけた対応にすっかり忘れかけていた疑問――そもそも何故ここに第三王子であるランバートが現れたのか――を思い出したらしい。リズベスが、思わず、といった様子で呟く。
 なんとも微妙な顔つきになった二人に、ランバートが微笑んだ。
「忘れていてくれて良かったんだけどね」
「そういう訳にはいかないでしょう」
 対して渋面のヒューバートは、今度は大げさにため息をついた。少しばかり嫌味ったらしい対応になったとして、一体誰が責められるというのか。まさか今更、不敬などと言い出すような人物でもない。
 そもそも、この状況についてヒューバートは不承不承認めただけだ。心から納得したとは言っていない。
「ま、そう言うなよ」
 いつの間にか背後に回ってきたアーヴィンがそう苦笑して肩を叩く。それにもしかめっ面を返して、ヒューバートは全員に着席を促した。
「それじゃ、僕の方から話をさせてもらおうか」
 これから話されるべき議題にそぐわない軽い口調で、ランバートが説明を始めた。


「――というわけで、君たちの任務は大きく二つ。僕の護衛と証拠固めだ。僕を誘いだしたとはいえ、初回からいきなり薬物を勧められるとは考えにくい。恐らくは、ここで繋ぎをつけてまた誘い、頃合いを見計らうつもりだと思う」
 ランバートはそこで、意味ありげにヒューバートの顔を見るとにやりと笑った。
「そこで、君たちの出番だ。女性をエスコートした僕の友人、となれば、そこから取り込もうと考えるのは至極妥当な線だと思う。周囲からじわじわと落としていくのがいつもの手段のようだし、あの手の薬物は、まぁ男女関係のスパイスとして古来から有用であるとされ――おい、痛いぞ。不敬罪を適用するぞ」
 話の途中で、ごん、と鈍い音がする。軽くではなく、それなりの威力で脛を蹴られたランバートは、少し眉を顰めて唇を尖らせたが、ほとんど表情を変えずに続けた。
「ま、ちょっと危険な任務にはなると思うが、諸君の実力であれば達成は難しくないと考えている。ここに至るまで詳しい話をできなかったことに関しては、機密の問題もあったとはいえ申し訳なく思う。すまない」


 ◇


 もう夜も遅い、ということで、それぞれが翌日の任務に備えて、割り当てられた客室に案内された後。
 先程通されたよりも一回り小さな部屋へ、ヒューバートは呼び出されていた。
 恐らくは、邸宅の主人の書斎として使用される部屋なのだろう。壁一面の本棚には、分厚い本とファイリングされた書類がぎっしりと詰め込まれ、木製の重厚な作りの書き物机が日当たりのよい窓辺に配置されている。
 その正面に置かれたソファとローテーブルは、小さいながらも華やかな印象を与えている。座り心地の良さからも、逸品なのだろうと推察された。
 案内してくれた家令が、ローテーブルに飲み物を用意して素早く退出する。残ったのは、呼び出されたヒューバートとアーヴィン、そしてこの邸宅の持ち主であるランバートだ。
「……どうしても、やるのか?」
 軽くグラスを合わせた、カチン、という澄んだ音が消え、少しばかりの静寂が落ちる。その沈黙に耐えかねるかのように、ヒューバートは今更ながらの問いを投げかけた。
 それを受けるランバートの顔は、いつも通りの柔和な笑みを浮かべている。騎士学校時代は毎日の様に見ていたその表情は、今も変わらない。
 ――いや、そうでもないかもしれない。
 当時は屈託のなかったその瞳には、若干の陰りが見え隠れしているようにも感じられる。
 ランバートの置かれた立場を考えれば、それもまた仕方のないことだろう。
「これが僕の役割だからね」
 そう告げる声は穏やかで、それでいて少しだけ――寂しそうな響きをしていた。

「まぁそんな堅苦しい話は置いとこうよ」
 一瞬、暗くなりかけた雰囲気を壊すかのように、ランバートはぱんぱん、と手を鳴らして口調を変えた。本棚に並ぶ本の背表紙をなんとなく眺めていた様子のアーヴィンが、くすりと笑うのが視界の端に映る。
 瞬間、背中に走った悪寒は、如実に自分に危機が迫っていることをヒューバートに伝えてきた。
 この手の予感は当たるのだ。
「いや、もう遅いんだ……俺たちも明日に備えて早く」
「まぁそう言うなよ」
「アーヴィン!」
 慌てて逃げ出そうと立ち上がりかけたヒューバートの肩に、アーヴィンが両手を置いて逃亡を阻止する。いつも通りにっこり微笑む横顔を睨みつけてやったが、それもまたいつも通り素知らぬ顔でいなされた。
「お前たちには緊張感というものはないのか!?」
「馬鹿だなあ、ヒューバート。こうしてリラックスしているからこそ、任務もスマートにこなせるってもんだろ」
「全くもって、殿下の仰るとおりで」
「うむ、くるしゅうない」
 二人の芝居じみたやり取りに、ヒューバートの肩から力が抜ける。は、と大きく息をついて背もたれに寄り掛かると、これまで身体がガチガチにこわばっていたことに今更ながら気づいた。
(そうか……力みすぎていたか……)
 ランバートの件、そしてリズベスのこと。知らず知らずのうちにそれらを気負っていたらしい。
 そこに気付いた二人が、緊張をほぐそうとしてくれたのか――。
 逃げ出そうなどと考えたのが申し訳ない。感謝の念すら浮かびかけたその時、ランバートがにやけながら口を開いた。
「それでさ、アーヴィン。リズベスちゃんのドレス、ちゃんと注文通りに出来上がったかい?」
 いい感じに力が抜けかけていたところに、突然リズベスの――ドレスの話をだされて、ヒューバートは動揺を隠せなかった。
 ――リズベスの、ドレス。
 それはアレだろうか。あの、話に聞いた、胸元がばーんと開いているという、あの……?
「ああ、それならバッチリだよ。うちのお抱えは、どんなドレスでも手を抜かないからね」
「それはそれは……実に楽しみだよね、ねえ、そう思わないかい、ヒューバート?」
 リズベスから聞いた話をつい思い出していたヒューバートは、ぎくりと身体をこわばらせた。折角、力みが取れたところだというのに――感謝さえし始めていたというのに!
 結局のところ、この二人は常にヒューバートをからかっていなければ気が済まないのだろう。

 結局、ランバートが発案し、アーヴィンがお抱えの店で作らせたという――彼ら曰く「妖艶な夜の小鳥」をイメージしたドレスについて、散々話を聞く羽目になったヒューバートが、なかなか寝付けなくなったことは事実であった。

 持つべきものは友、という格言について、ヒューバートが疑問を抱いたとしても、それは仕方のないことではないだろうか。
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