【R18】生真面目騎士様の不真面目な愛読書

綾瀬ありる

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生真面目騎士様と伯爵令嬢の幸福な日(2)

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 真っ白な聖堂の中に、深紅の絨毯が一筋、道を作っている。入り口から司祭の前まで伸びた、その道の先に、本日の主役である二人の姿があった。
 特別な日のための礼装である、白い聖騎士団の制服に身を包んだヒューバートと、同じく白い花嫁衣装を身につけたリズベスだ。
 式は、滞りなく進んでいた。
 新婦の昔の恋人が乱入してきたりもしなかったし、突然の開戦の報を携えた伝令が、無遠慮に聖堂の扉を開け放ったりもしない。
 司祭は穏やかに、今日の善き日を迎えた新郎新婦に向かって愛を説き、これからの健やかな生活を祈った。
「――それでは、誓いの口づけを」
 慣習に従い、この日新郎が新婦の顔を見るのは、この時が初めてになる。ヒューバートは、逸る気持ちをどうにか押さえつけて、リズベスの分厚いヴェールをそっと持ち上げた。
「――っ、リズ……」
 ヴェールの下から現れたリズベスの姿を見て、ヒューバートは息を飲んだ。潤んだ青い瞳、そしていつもよりもつややかな、赤い唇が艶めかしい。古式ゆかしく首元までレースで覆われたデコルテは、かえってその隙間から覗く素肌を暴き立てたい欲望に駆られる。
 一刻も早くそうしたい。しかし――この後の予定を脳裏に浮かべて、絶望的な気分になった。これもまた慣習に従い、宵の刻までは披露宴が行われる。今からだと、何時間後に解放されることか。
 そんなことを考えていたヒューバートは、司祭の咳払いで我に返った。リズベスも、戸惑った顔をしている。
 慌てて不埒な考えを頭の隅に追いやり、ヒューバートは彼女の頬にそっと手を添えると、必死に我慢して触れるだけの口づけを行った。


 ラトクリフ家の庭へと場所を移して行われた披露宴は、実に盛大なものであった。
 次から次へと訪れては祝辞を述べる客に挨拶をし、祝いの杯を受ける。馬鹿正直に全部飲んでいては、だろうから、という理由で全部を干したりしないで良い、というのがこういった席での慣例だ。申し訳程度に口をつけ、なんとかその場をやりすごす。
 笑顔で受け答えをしながらも、ヒューバートは隣のリズベスが気になって仕方がなかった。
 既にヴェールを取り去ったリズベスは、髪を結い上げているせいで、綺麗なうなじのラインが見えている。首元を覆っているレースは、背中の方まで続いており、隙間から惜しげもなくその肌を晒していた。
 普通であれば、清楚な花嫁姿と思う所だが――ヒューバートは胸中で独り言ちた。
 こんな姿を、長く衆目に晒しておくなど、とてもじゃないが我慢できるはずもない。
 夜会用のドレスであれば、レースに覆われているどころか素肌が見えているのが普通である。しかし、そうやって隠そうとしながらも見えているなど、その内側を暴き立てたい欲望を煽るばかりの服装ではないか。実にけしからん。
 どうしたら、この場を早く切り上げられるだろうか。そんなことばかりが頭の中でぐるぐるとまわっていた。

 そうして、どれくらいの時間が経っただろう。
「……大丈夫か、リズ」
「え、ええ……」
 二人とも、酒にはそれほど弱いわけではない。むしろ、強い方であるといえる。それでも、朝から緊張していたためか、リズベスは少し酔ってしまったようだった。
 酒精によって上気した頬を、両手で押さえ、しきりに「はあ」と息をついている。
 その姿に、ヒューバートはごくりと唾を飲み込んだ。正直なところ、この姿は彼にとって目の毒以外の何物でもない。素早く辺りを見回して、こちらに向かってくる客がいなさそうなことを確認すると、リズベスの肩に手を回す。
「――もう、抜けてしまおうか」
 耳元に口を近づけてそう囁くと、彼女の肩がぴくりと揺れた。
「で、でも……まだ、そんな時間では……」
 花嫁の消極的な反論に、いけると踏んだ花婿はさらに言葉を重ねる。
「じゃあこうしよう……リズ、きみは少し酔いを醒ました方が良い。俺が付き添うから、少し休もう」
「そう……ですね……」
 それならば、とリズベスが真っ赤な顔で頷く。
 しめしめ、とばかりに口元を緩めたヒューバートは、ようやく花嫁を独り占めしようとその腰に手を回し、そっとその場を後にした。


 ◇


「あ、ヒューバートさま……」
 首尾よく寝室へとリズベスを連れ込んだヒューバートは、部屋付きの侍女に水と軽食を持ってくるように頼むと、早速とばかりに背後からドレスの紐を緩め始めた。
 それに気づいて、リズベスが抗議の声を上げる。
「このままだと、休めないだろう」
「それは……っ、あ」
「じきに、水と……軽食を頼んだから、ほら……さっきもほとんど食べられなかっただろう?少し食べておかないと」
 もっともらしいことを言いながらも、ヒューバートの手がドレスの下に潜り込み、今度はコルセットの紐まで引いてしまう。緩んだコルセットの隙間から、不埒な手がシュミーズを手繰り上げ、肌を撫でる。
「ほら……こんなに熱くなって、すっかり酔ってしまったみたいだね」
「や、だめ……まだ……」
 どうやらリズベスは、本当に休んだらもう一度宴席に戻るつもりでいるらしい。薄いレースのカーテンを通して見える空は、確かにまだ薄暮の色をしているが――ヒューバートはくすりと笑った。
「もうじき、陽が落ちるよ……大丈夫、少し早まっただけだ。誰も気になどしない……」
 耳元でそう囁けば、リズベスの身体がふるりと震える。以前からうすうすわかっていたが、どうも彼女は耳が弱いようだ。ふ、と笑うとその耳朶に歯を立てる。こり、と甘く噛んでやると、あっと小さな声が漏れた。
「あっ、い……んんっ……」
 そのまま、耳たぶを吸ったり、耳殻に舌を這わせて舐めあげたりして愉しんでいるうちに、リズベスのささやかな抵抗がすっかり止んでしまう。
 にんまりと笑ったヒューバートが、リズベスのドレスを脱がせてしまおうとした時、寝室にノックの音が響いた。
「ヒューバートさま……お水と軽食、お持ちしました」
「ああ……うん、廊下に置いておいてくれ。あとは、明日の朝呼ぶまでいいから」
「……ヒューバートさま!」
 侍女に返した言葉に、リズベスがはっとした顔で抗議の声を上げる。その唇に一瞬だけ自分のものを重ねると、ヒューバートは微笑んだ。
「ほら、陽が沈む……もう、ここからは夫婦の時間だ」
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