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殺人現場・サロン 3
しおりを挟む「仕事が多くて大変ですね」
「若いんで大丈夫です。一応官製のドーピングも持ち込んでるし、最悪五日間くらい寝ないでも動けます」
「いや、それは本当にやめてください」
一見頼もし気な問題発言に、僕は軽く引きながら、ちょっと本気で諫める。
米軍などでも兵士に覚醒剤《スピード》が配布されているというし、こちらの医療なら、中毒や依存症などの後遺症も残さず完全に回復できるのだが、元医師としてはやはり抵抗がある。「ダメ。ゼッタイ。」の精神で医療現場で頑張ってきた身としては、頭が古いと言われようがこだわりたいところだ。
「動く時は動き、休む時は休む。結局それが一番効率的です。僕も許される限りでの手伝いはしますから、無理はほどほどにしてください。些細な判断ミスが命取りになりかねません」
彼にとっては、気が遠くなるほど待ってようやく巡ってきたチャンスなのだ。
今無理しないでいつするのかという気持ちは分かるが、何らかの魔法を使う殺人鬼が傍にいるという現状では、どんな想定外の事態にも対応できる判断力が必要だ。
僕の魔法でどこまで対抗できるか、ちゃんとアルフォンス君を守れるのか。
やはりできれば一度検証してみたい。
「さて、あとはプライベートタイムですね」
アルフォンス君も気分を切り替えるようにひとまずの任務終了を宣言し、ある場所に真っすぐ歩を進めた。初めから決めていただろうことがうかがえる。
僕もそれに付いていく。
棚に飾られたある骨董品の前で足を止めた。
ああ、やはりそれはそうだろうな、と重い気分で見守る。
この屋敷のインテリアには明らかな傾向がある。展示物の選択が著しく偏っている。
元軍人の性なのか、いや、おそらくはこれも悪意のためなのだろうが、アンティークの中にやたら刀剣類が目立つのだ。
それどころか銃まである。
まるで「さあ、いつでもバトルロイヤルをどうぞ」と言わんばかりだ。そして十五年前は、実際にそれが行われたわけだ。
ただ、こちらの一般人から見たら、銃器に関してはあまりに設計が古すぎて使い方は分からないのではないかと思う。
僕ですら、拳銃くらいはなんとかなっても、マスケット銃などさっぱりだ。仮に分かったとしても、スキルがないのでまともに扱えるとも思えないが。
そもそも、武器まで生体認証が当たり前のこの国の人からしたら、まず安全装置解除の段階でいきなりつまづきそうだ。最初に引鉄が動かないのは、決して登録情報と合致しないせいではない。
まあだからこそ、はっきりと分かりやすい刃物に目が行ったわけだ。心得はなくとも、最低限の使い方くらいは知っているから。
そこにあったのは、十五年前の殺人で、マリオンが使った凶器とされる直剣だ。
素人目に、なんだかすごく強そうだ。勇者が引き抜きそうな感じというのか。
僕なら少し先にある日本刀を選ぶが、他の刀剣と比べて見た目が細くて地味で貧弱そうだ。
切れ味を知らないアルグランジュ人なら、やはり大半は派手な勇者の剣を選ぶだろう。当時のマリオンもそうだった。
その凶器のはずの剣が、惨事の記憶などよぎらせもしない様子で、元通りに飾られている。
やはり血曇り一つ見当たらない。
意識的に努めた無表情で、呟く声が聞こえた。
「子供の頃に見たあの時まま、何も変わってません」
「そうですね。マリオンさんの記憶映像に残されている通りです」
僕が見たのは、ここに飾られていた直剣を握り、振り向きざまに駆け出して、勢いのままに切りつけられたラウルの姿。
そんな修羅場を匂わせるようなものは、何も残されていない。
アルフォンス君はしばらく眺め、少しためらってから、それを手に取ってみた。
室内に、一気に緊張感が走ったのが、僕にも感じ取れた。ここにいる全員の視線が、彼の手に集中している。
そもそも殺人に使われたはずの凶器が、何事もなく普通に飾られていること自体が異常なのだった。
機動城内では異常がインフレを起こしていて、もはや常識の基準のラインがおかしくなっている。
素手で掴むなんて明らかにアウトだが、今のアルフォンス君も、警察官としてではなく、遺族としての意識に気持ちが切り替わっているのだろう。どうせ持ち帰れないなら証拠品にもならない。
周囲の緊迫感に気付いたアルフォンス君は、はっとして、気まずそうに元に戻した。
「すいません、驚かせてしまって……。マリオンのことが少しでも分かるかなと思ったんですが……」
「気持ちは分かりますよ。それで何か、分かりましたか?」
誰かの苦情が出る前に、すぐさま僕が話題を変えながらも、周囲をさっとうかがう。
相続人候補者《ライバル》が凶器を手にしたことに対し、驚きや怖れ以外の、特別な反応を見せた者は――。
アルフォンス君は、首を横に振った。
「残念ですが……」
「仕方ありませんよ。それにしても、骨董品とはいえ刃物があちこちに飾られているのは、あまり気分のいいものではありませんね」
牽制も込めた感想を口に出したのは、アルフォンス君がやらなかったら、レオン親子が刃物に手を出していたはずだからだ。飾ってある他の刀剣に少しずつ近付いていく様子を、ずっと確認していた。
自衛にしても攻撃にしても、ここで一番簡単に手に入る武器は、それらになる。
「ああ、それについては、対応策があります。夕食時に集まった時にでも警告するつもりでしたが、ここでも先に言っておきましょう」
アルフォンス君が、僕の意図を補完するように、小さなビーズほどの丸い物体を摘まんで見せ、宙に放り投げた。
地面に落ちることなくそのまま飛んでいったそれは、すぐにどこかに紛れて行方を追えなくなった。
「実はここまでの移動の間に、監視カメラを屋敷中に放っています。もし何らかの窃盗や傷害などの犯罪行為が確認された場合、その場所のカメラを回収して調べれば、犯人が分かるようにしてあります」
「はあ! なんだよ、そりゃ!? プライバシーの侵害だろ!?」
ヴィクトールが反射的に抗議の声を上げるが、これに反対する者は、違法行為をする気があると宣言しているようなものだ。内心のところはどうか知らないが、思慮の浅い彼以外、批判する者は出ないようだった。
なんとなく嫌な空気にはなった気はするが。
さすがに警察の方でも、できる限りの安全対策は考えてくれていたようで、その点は実にありがたい。
無線が全て駄目な以上、リアルタイムでの監視は難しいが、どこでカメラに撮られているか分からないとなれば、犯罪抑止には有効だろう。ダミーの防犯カメラですら、これ見よがしに頭上にあるだけで十分な威嚇効果があるのだから。
ところで先程のカメラも、あそこまでの小型サイズとなると、さすがに単体での映像確認機能はなさそうだが、あれもやはり出力端子を付けた特注品なのだろうか。コピー機同様、映写機的な物も持ち込まれていそうだ。
いずれにしろ、映像の確認作業で、機械操作ができる人員がアルフォンス君しかいないのなら、何らかの犯行を犯した者は、まず証拠隠滅のために装置を、それが無理なら彼を狙う可能性が高い。
カメラに保存された映像は、この屋敷内にいる間にしか確認できない。機動城の外部に出れば、データは消去されてしまうのだから。
彼の安全面について、やはり具体的な手段を考えよう。今の僕にならできることがある。
自覚したばかりの異能の使い方を、一つ思いついた。
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