恋って、なんだよ。おまえのせいだ。

maisonEX

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第四章:知らない気持ちに名前をつけて。

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 昼休みの図書室は、いつも静かだった。

 カウンターの奥では先生が本の整理をしていて、
 窓から差し込む日差しが、机にやさしく広がっていた。

 その中で、夕凪はページをめくる手を止めた。

「……ん?」

 遠くの席で、水鶏が笑っている。
 隣には女子が二人、楽しそうに話しかけていた。

「くいなくんって、ほんと優しいよね~」
「字もかわいいし、手紙とか書いてくれそう~」
「えっへへ~照れるなぁ~、でも書くの好きだよー!」

 ――なに、あれ。

 夕凪は、本を閉じた。
 胸の奥が、もやもやする。
 喉の奥が、なんだか詰まる。

「……別に、オレには関係ないし……」

 そう思ったのに。
 なのに。

 水鶏の方を、また見ていた。

 声が聞こえるたび、笑い声が重なるたび、
 夕凪の眉が知らず知らずに寄っていた。

 やがて水鶏が、ふとこちらを見た。

「――あっ!」

 ぱっと顔を明るくして、すぐに駆け寄ってくる。
 それを見ていた女子たちが、「あ~やっぱり夕凪くんか~」なんて言ってるのも聞こえた。

「ねぇねぇ! 夕凪くん、今日もいっしょに食べよっ!」

「……なんで、わざわざあっちで喋ってんのに、こっち来んだよ」

「え? だって夕凪くんのとこが本命だもん!」

「……は?」

「えへへ、こっちの方が居心地いいもん。夕凪くん、静かにしてくれるし」

「……別に、歓迎してねぇし」

「え~!? 嘘だーっ! 今日のくっつきポイント探してたのにぃ~!」

「くっつくな。触んな。しゃべるな」

「えぇっ!? 三段攻撃!? ツンデレの本気感じたよ今!」

「…………」

 水鶏はそれでも、笑っていた。
 机を挟んでぴったり正面に座り、膝をちょんちょんとつついてくる。

「……なに」

「夕凪くん、もしかして……やきもち?」

「……は?」

「さっきの女子たちに。僕が笑ってたから、気になっちゃったの?」

「……ち、ちがっ……そ、そんなわけないだろ……っ!」

「うわ~♡ それはもう、完全に嫉妬でしょ~!?」

「う、うっさい……っ!!////」

 机に顔を伏せて、ぐっと腕を抱え込んだ。
 なのに、水鶏は反対側からくるんと回ってきて、夕凪の肩をとんとんと叩いた。

「ありがとう。……夕凪くんに、そういうふうに思ってもらえるの、めちゃくちゃ嬉しい」

「……そ、そんなこと、言ってねぇし……」

「でも、顔真っ赤だよ?」

「っっ……見んな!!」

 水鶏はくすくす笑いながら、夕凪の顔のそばまで身を寄せた。
 距離、めっちゃ近い。
 夕凪の心臓が、どくん、どくんと跳ねる。

「じゃあ、お礼に――今日だけ、手、握っていい?」

「はぁ!? なんでお礼が……っ」

「いやじゃなかったら、ね?」

「…………」

 ――いや、じゃない。

 でも。

「……10秒だけ」

「ほんと!? 夕凪くん、好き……っ!!」

「ちょっ、言うな……バカ……!」

 水鶏は、そっと手を重ねてきた。
 ちいさくて、あたたかくて、指先がふるふる震えていた。

「あ……」

「……な、なに」

「夕凪くんが……笑ってる……」

「っ、笑ってねぇしっ!!」

「笑ってる! 史上初の……夕凪スマイル!!」

「う、うっさいうっさいうっさいっ!!////」

「可愛い~~~~っっっ♡」

 水鶏は興奮して、机の下で足をぱたぱたさせていた。
 その姿に、思わず夕凪もくすっと、小さく、笑ってしまった。

 気づいた時には、
 その笑みは、もう止まらなかった。

 初めてだった。

 誰かの前で、自分がこんなふうに
「自分」を見せたこと。

 * * *

 その日の帰り道。

 二人は、校門の前で少し立ち止まった。

「なぁ……」

「うん?」

「……さっきの……その、手……」

「うん、手?」

「……ああいうの、調子に乗んなよ」

「えっ!? な、なんで!?」

「……でも、次は……10秒じゃなくても……いい、かも……」

「――っ!!」

「そ、そのかわり! まわりに言うなよ! お前だけだかんな!!」

「……うん。うんっ!! 夕凪くん、ほんとに……ほんとに、だいすき!!」

「……っ、し、知るか……バカ……!」

 それでも、うつむいた夕凪の口元には、
 ふわりと、小さな笑みが浮かんでいた。

 そしてその笑顔は、
 水鶏の心を、一瞬で溶かすような魔法だった。
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