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目覚めは最悪だった。
何にしろ、夢見が悪い。
先ほどまで見ていた夢を、久は鮮明に覚えていた。
これは夢というより、むしろ【過去の出来事】と言ったほうが正しいのかもしれない。もちろん夢なのだから脚色はされているかもしれないが……。
「ああ、……きっと、そうだ……」と、久は確信を以ってぽつりとつぶやく。
紛れもなく今日見たあの夢は、大学の卒業時の事だった。
忘れるはずもない出来事だったはずなのに、今の今まで蓋をされていたようなあの記憶。思い出すなといわんばかりに、自分からその夢に蓋をした過去。ーーー本当は忘れたくない記憶だったはずなのに。
久は寝たまま頭を抱え、寝返りを打つ。
頭が左右に振れる度にぼーっとする感覚にあわせて、こめかみの辺りもズキンと痛む。でもなにより、全身がすこぶるだるい。
夢の代償とはよく言ったものだが、こうなってしまったのにはある程度の察しはついている。
おおむね、昨晩が原因だろう。
小雨が降る中、駆け足で駅まで向かい終電車に飛び乗った。そこまでは久も鮮明に覚えている。が、そこから先の記憶は終始あいまいだった。
自宅の駅を降りたところで、小雨から土砂降りに変わっていたことはなんとなく記憶にある。
今、自宅のベッドで寝ているということは、ちゃんと家に帰ってきたということではあるのだが。見た通り、俺としては珍しく風呂に入った形跡がない。上半身は昨夜着ていたワイシャツのままで下はパンツ一枚、髪の毛は爆発したようにボサボサな状態でベッドに横たわっているのだった。
体のだるさはどう考えても、この雨が原因だろうな。
でも頭の痛みはというと……、雨に打たれた原因ももちろんあるだろうが、多分それだけではないな。
昨晩の情景が、目を瞑ると自然とまぶたの裏に浮かび上がってくる。
力也と女性が話している、あの情景。
ずっと、脳裏から離れてはくれないのだ。昨夜から一時も……。
咄嗟に見た二人を不覚にもお似合いだと思ってしまった。二人が並んでいる姿に何の違和感も、疑問も浮かばなかった。
そして奇しくも、羨ましいとさえ思ってしまったのだ。
(羨ましいってなんだよ)
握った手をおでこに当て、昨日の自分の行いを反芻する。
俺はあの場でどんな態度をとったら良かったのか。どう振る舞えば良かったのか。いくら考えたところで、答えなど見つかるはずもなかった。
おでこにあてた自身の手から、かろうじて熱はないようだと悟る。
時刻はとうに10時を回っていた。
今日は午後から外部での講習会の予定が入っている。支度を始めなければ。
とりあえず、まずはトイレと風呂だ。
久は重い体を起こし、トイレへと向かった。
生理現象から来る下腹部の昂りを無理やり押し下げて用を足す。そのままの足で脱衣所へ行き、服を脱ぎ風呂へ入った。頭からおもいっきりシャワーをかけ、すべてを洗い流すかのように熱い湯を全身に浴びた。
そのおかげで、先ほどよりは少しだけ冷静な気持ちになった気がする。でもだからこそ、一番の根本にある気持ちの一部分が浮き彫りになってくるのだ。
昨日あの場を去ってしまったときの感情。それはまさしく、先ほど見た夢の終わりと同じ感情を抱いていたのだということが……。
もう自覚せざるを得ないのか。
15年前のあの時。久の心に一輪の花が咲いた。
でも、俺はそれに気付かぬふりをした。
あの時は恋ということすらわかってなかったのかもしれない。むしろ、この気持ちを表す意味すらもわかっていなかったのだろう。
ましてやあの時は、大学生活最後の日だったのだ。
このままなんの約束もしなければ会わなくなる。だから、いっそうそれが良かったのだ。結果的には。
でも今はどうだ。あいつには彼女がいて、それを羨ましいと思って……。俺はいったい何様だ。
「す……、き……」
その、たった二文字を口にするだけで、ぞっと背筋に悪寒が走る。
「あいつのことなんか……、好きになるんじゃなかった」
だって叶わないものを追い求めたって仕方がないだろう。40歳にもなる大人が聞いてあきれる。
「ほんと、何やってんだよ!」
久は拳を握り、風呂の壁にドンと打ち付けた。
プラスチック製のユニットバスの壁は、衝撃で今にもヒビでも入ってしまいそうなほどの音をたてたが、幸いにもヒビは入っていなさそうだった。
頭から被るシャワーの水滴に混ざって、久の頬に涙が伝う。
「15年前から、俺……何も変わってないんだな……」
思うところがあるが、力也からは一旦距離を置こう。
久はそう決意したのだった。
何にしろ、夢見が悪い。
先ほどまで見ていた夢を、久は鮮明に覚えていた。
これは夢というより、むしろ【過去の出来事】と言ったほうが正しいのかもしれない。もちろん夢なのだから脚色はされているかもしれないが……。
「ああ、……きっと、そうだ……」と、久は確信を以ってぽつりとつぶやく。
紛れもなく今日見たあの夢は、大学の卒業時の事だった。
忘れるはずもない出来事だったはずなのに、今の今まで蓋をされていたようなあの記憶。思い出すなといわんばかりに、自分からその夢に蓋をした過去。ーーー本当は忘れたくない記憶だったはずなのに。
久は寝たまま頭を抱え、寝返りを打つ。
頭が左右に振れる度にぼーっとする感覚にあわせて、こめかみの辺りもズキンと痛む。でもなにより、全身がすこぶるだるい。
夢の代償とはよく言ったものだが、こうなってしまったのにはある程度の察しはついている。
おおむね、昨晩が原因だろう。
小雨が降る中、駆け足で駅まで向かい終電車に飛び乗った。そこまでは久も鮮明に覚えている。が、そこから先の記憶は終始あいまいだった。
自宅の駅を降りたところで、小雨から土砂降りに変わっていたことはなんとなく記憶にある。
今、自宅のベッドで寝ているということは、ちゃんと家に帰ってきたということではあるのだが。見た通り、俺としては珍しく風呂に入った形跡がない。上半身は昨夜着ていたワイシャツのままで下はパンツ一枚、髪の毛は爆発したようにボサボサな状態でベッドに横たわっているのだった。
体のだるさはどう考えても、この雨が原因だろうな。
でも頭の痛みはというと……、雨に打たれた原因ももちろんあるだろうが、多分それだけではないな。
昨晩の情景が、目を瞑ると自然とまぶたの裏に浮かび上がってくる。
力也と女性が話している、あの情景。
ずっと、脳裏から離れてはくれないのだ。昨夜から一時も……。
咄嗟に見た二人を不覚にもお似合いだと思ってしまった。二人が並んでいる姿に何の違和感も、疑問も浮かばなかった。
そして奇しくも、羨ましいとさえ思ってしまったのだ。
(羨ましいってなんだよ)
握った手をおでこに当て、昨日の自分の行いを反芻する。
俺はあの場でどんな態度をとったら良かったのか。どう振る舞えば良かったのか。いくら考えたところで、答えなど見つかるはずもなかった。
おでこにあてた自身の手から、かろうじて熱はないようだと悟る。
時刻はとうに10時を回っていた。
今日は午後から外部での講習会の予定が入っている。支度を始めなければ。
とりあえず、まずはトイレと風呂だ。
久は重い体を起こし、トイレへと向かった。
生理現象から来る下腹部の昂りを無理やり押し下げて用を足す。そのままの足で脱衣所へ行き、服を脱ぎ風呂へ入った。頭からおもいっきりシャワーをかけ、すべてを洗い流すかのように熱い湯を全身に浴びた。
そのおかげで、先ほどよりは少しだけ冷静な気持ちになった気がする。でもだからこそ、一番の根本にある気持ちの一部分が浮き彫りになってくるのだ。
昨日あの場を去ってしまったときの感情。それはまさしく、先ほど見た夢の終わりと同じ感情を抱いていたのだということが……。
もう自覚せざるを得ないのか。
15年前のあの時。久の心に一輪の花が咲いた。
でも、俺はそれに気付かぬふりをした。
あの時は恋ということすらわかってなかったのかもしれない。むしろ、この気持ちを表す意味すらもわかっていなかったのだろう。
ましてやあの時は、大学生活最後の日だったのだ。
このままなんの約束もしなければ会わなくなる。だから、いっそうそれが良かったのだ。結果的には。
でも今はどうだ。あいつには彼女がいて、それを羨ましいと思って……。俺はいったい何様だ。
「す……、き……」
その、たった二文字を口にするだけで、ぞっと背筋に悪寒が走る。
「あいつのことなんか……、好きになるんじゃなかった」
だって叶わないものを追い求めたって仕方がないだろう。40歳にもなる大人が聞いてあきれる。
「ほんと、何やってんだよ!」
久は拳を握り、風呂の壁にドンと打ち付けた。
プラスチック製のユニットバスの壁は、衝撃で今にもヒビでも入ってしまいそうなほどの音をたてたが、幸いにもヒビは入っていなさそうだった。
頭から被るシャワーの水滴に混ざって、久の頬に涙が伝う。
「15年前から、俺……何も変わってないんだな……」
思うところがあるが、力也からは一旦距離を置こう。
久はそう決意したのだった。
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