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第三章 龍馬暗殺
十三
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参政後藤象二郎の働きによって、土佐藩を牛耳る山内容堂は、将軍徳川慶喜に大政奉還を念頭に置いた建白書をしたためた。建白書は、老中板倉勝静を通じて慶喜に渡された。
慶応三年(一八六七)十月十三日、慶喜は在京諸侯四十藩の重臣約五十名を二条城大広間に召し出した。
「予は、長年武家が預かっていた政を帝に返上奉ろうと思う」
慶喜が公言すると、忽ち諸侯の間に動揺が走った。
中には当然反対の意見を口にする者もいた。
「あいや、いま一度、お考え下されまし」
しかし、土佐藩の後藤象二郎は、
「上様のご英断、まことに素晴らしきことかと存じ上げ奉る」
と平伏しまま意見を述べた。
これと並行する形で、秘密裏に薩摩・長州両藩に倒幕の密勅が下されていた。
慶喜は、その情報を事前に入手しており、山内容堂から提出された大政奉還建白書を逆手にとって先手を打ったのだ。
このことによって、薩長両藩に下された密勅は効力と名目を完全に失った。
「どねーなことだ大久保君、こりゃあ一体、誰がこねーなんを企てたっ!?」
小松帯刀の京屋敷(御花畑屋敷)に居た桂小五郎こと木戸孝允は、顔を紅潮させ、怒り心頭となって唸り声を発した。
「分かりもはん。おいにもないがないか全く分かりもはん」
一蔵は面目なさげにかぶりを振った。
「あん男じゃ。あん男しか考えられん」
吉之助は今まで一度も一蔵に見せたことないような恐ろしい表情で言った。
「あん男とは誰じゃ吉之助さぁ」
「西郷君っ!?」
一蔵と孝允は吉之助を凝視する。
「土佐ん坂本龍馬じゃ……」
「坂本龍馬じゃと、吉之助さぁ……」
「まさか」
「んにゃ、坂本龍馬以外には思い浮かばん。あん男は前々から大政奉還を口にしちょった」
「どうする西郷君」
孝允は真顔で訊ねる。
「これ以上あん男に邪魔されては……」
一蔵は呟くように言った。
「消えてもらうしかなか」
吉之助は恐ろしく低い声で言った。
大政奉還ののち、十月二十四日龍馬は盟友後藤象二郎の依頼で、山内容堂の書状を持参し、越前藩へ赴いた。松平春嶽の上京を促すため、三岡八郎と会談するのが目的だった。
帰京後、龍馬は間借りしていた河原町の蛸薬師通の近江屋新助宅母屋の二階にいた。
数日前より風邪を拗らせており、火鉢に手を当て背中を丸めていた龍馬を、中岡慎太郎が訪ねて来た。
「軍鶏でも喰うて精を付けてはどうじゃ」
慎太郎が龍馬に軍鶏鍋を勧めた。
「軍鶏か、それもええな」
龍馬は近江屋の手代の峰吉に軍鶏を買いに遣らせた。
戌の下刻(午後九時頃)、十津川郷士を名乗る数名が、近江屋を訪れた。
「坂本先生はご在宅か」
「一体何のご用で」
応対に現れたのは、山田藤吉だった。
すると男は突然、刀を抜き打ち、藤吉を斬った。
「うぎゃぁぁぁぁーーーーっ!!」
断末魔の藤吉の絶叫が二階の龍馬の耳にも届いた。
「ほたえなっ!」
龍馬は騒ぐなと注意する。
階段を上がる足音がした。
「ん?」
龍馬と慎太郎は、怪訝気味にお互いの顔を見合わせ頷き合った。
突然、慎太郎の背後の襖障子が開いた。
抜刀した男が四人飛び込んで来た。
「はっ!?」
以前、伏見の寺田屋で幕府の役人に急襲された龍馬は、直ぐに暗殺者の襲来だと悟った。しかし、一歩遅かった。前頭部に痛みが走った。
龍馬は背後の刀を取ろうと背中を向けた。背中に太刀を浴びた。振り返った瞬間、暗殺者の剣が、龍馬の前頭部を斬った。意識が遠退いた。
襲撃の時、その場に居合わせた慎太郎も暗殺者の剣を全身に浴びた。
数分後、龍馬は蘇生した。斬られた前頭部を手のひらで摩ると、鮮血とともに脳漿と脳細胞の一部が手についた。
「わしゃ、脳をやられたもういかん……残念じゃ残念残念じゃ……石川(中岡慎太郎の偽名)、おんし手は利くか……」
龍馬はこの期に及んでも気を使い、偽名で慎太郎に呼び掛けた。
「ああ利く」
慎太郎は答えた。
「わしはもう駄目じゃ……」
龍馬は前のめりに昏倒すると、絶命した。
享年三十三。
奇しくも誕生日のその日に暗殺された。
慶応三年(一八六七)十月十三日、慶喜は在京諸侯四十藩の重臣約五十名を二条城大広間に召し出した。
「予は、長年武家が預かっていた政を帝に返上奉ろうと思う」
慶喜が公言すると、忽ち諸侯の間に動揺が走った。
中には当然反対の意見を口にする者もいた。
「あいや、いま一度、お考え下されまし」
しかし、土佐藩の後藤象二郎は、
「上様のご英断、まことに素晴らしきことかと存じ上げ奉る」
と平伏しまま意見を述べた。
これと並行する形で、秘密裏に薩摩・長州両藩に倒幕の密勅が下されていた。
慶喜は、その情報を事前に入手しており、山内容堂から提出された大政奉還建白書を逆手にとって先手を打ったのだ。
このことによって、薩長両藩に下された密勅は効力と名目を完全に失った。
「どねーなことだ大久保君、こりゃあ一体、誰がこねーなんを企てたっ!?」
小松帯刀の京屋敷(御花畑屋敷)に居た桂小五郎こと木戸孝允は、顔を紅潮させ、怒り心頭となって唸り声を発した。
「分かりもはん。おいにもないがないか全く分かりもはん」
一蔵は面目なさげにかぶりを振った。
「あん男じゃ。あん男しか考えられん」
吉之助は今まで一度も一蔵に見せたことないような恐ろしい表情で言った。
「あん男とは誰じゃ吉之助さぁ」
「西郷君っ!?」
一蔵と孝允は吉之助を凝視する。
「土佐ん坂本龍馬じゃ……」
「坂本龍馬じゃと、吉之助さぁ……」
「まさか」
「んにゃ、坂本龍馬以外には思い浮かばん。あん男は前々から大政奉還を口にしちょった」
「どうする西郷君」
孝允は真顔で訊ねる。
「これ以上あん男に邪魔されては……」
一蔵は呟くように言った。
「消えてもらうしかなか」
吉之助は恐ろしく低い声で言った。
大政奉還ののち、十月二十四日龍馬は盟友後藤象二郎の依頼で、山内容堂の書状を持参し、越前藩へ赴いた。松平春嶽の上京を促すため、三岡八郎と会談するのが目的だった。
帰京後、龍馬は間借りしていた河原町の蛸薬師通の近江屋新助宅母屋の二階にいた。
数日前より風邪を拗らせており、火鉢に手を当て背中を丸めていた龍馬を、中岡慎太郎が訪ねて来た。
「軍鶏でも喰うて精を付けてはどうじゃ」
慎太郎が龍馬に軍鶏鍋を勧めた。
「軍鶏か、それもええな」
龍馬は近江屋の手代の峰吉に軍鶏を買いに遣らせた。
戌の下刻(午後九時頃)、十津川郷士を名乗る数名が、近江屋を訪れた。
「坂本先生はご在宅か」
「一体何のご用で」
応対に現れたのは、山田藤吉だった。
すると男は突然、刀を抜き打ち、藤吉を斬った。
「うぎゃぁぁぁぁーーーーっ!!」
断末魔の藤吉の絶叫が二階の龍馬の耳にも届いた。
「ほたえなっ!」
龍馬は騒ぐなと注意する。
階段を上がる足音がした。
「ん?」
龍馬と慎太郎は、怪訝気味にお互いの顔を見合わせ頷き合った。
突然、慎太郎の背後の襖障子が開いた。
抜刀した男が四人飛び込んで来た。
「はっ!?」
以前、伏見の寺田屋で幕府の役人に急襲された龍馬は、直ぐに暗殺者の襲来だと悟った。しかし、一歩遅かった。前頭部に痛みが走った。
龍馬は背後の刀を取ろうと背中を向けた。背中に太刀を浴びた。振り返った瞬間、暗殺者の剣が、龍馬の前頭部を斬った。意識が遠退いた。
襲撃の時、その場に居合わせた慎太郎も暗殺者の剣を全身に浴びた。
数分後、龍馬は蘇生した。斬られた前頭部を手のひらで摩ると、鮮血とともに脳漿と脳細胞の一部が手についた。
「わしゃ、脳をやられたもういかん……残念じゃ残念残念じゃ……石川(中岡慎太郎の偽名)、おんし手は利くか……」
龍馬はこの期に及んでも気を使い、偽名で慎太郎に呼び掛けた。
「ああ利く」
慎太郎は答えた。
「わしはもう駄目じゃ……」
龍馬は前のめりに昏倒すると、絶命した。
享年三十三。
奇しくも誕生日のその日に暗殺された。
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