元亀戦記 江北の虎

西村重紀

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第二章 家督

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 翌朝、賢政は、安養寺氏秀の息子氏種と赤尾清綱の息子清冬ら両名と、数人の近習を伴って遠駆けに出掛けた。
 馬を連ね、小谷城を発ったのは、辰の上刻(午前七時)を少し過ぎた頃だ。賢政主従が向かった先は、小谷城の南、つまり琵琶湖の方角ではなく、坂田郡の方だった。
「若殿、何処に向かわれるおつもりか?」
 賢政に一馬身距離をとって馬を走らせる氏種が、寄せながら尋ねた。
 すると、賢政は振り向きもせず手綱を握ったまま答えた。
「横山じゃ」
「横山でござるか……」
 氏種は併走しながら、意味あり気に頷いた。
 浅井郡と坂田郡とを分ける姉川の南岸の山は横山と呼ばれ、別称を臥龍山という。山腹には城郭が築かれていた。横山城という。
 賢政の祖父亮政は、永正十四年(一五一七)にこの城を攻めている。当時の城主は京極氏だ。
 暫く走ると、姉川が見えて来た。その奥には臥龍山こと横山の峰が連なっていた。
 賢政は、河川敷に折り、葦毛に跨ったまま姉川を渡った。向こう岸まで行くと、馬から降りた。家臣も賢政の後に続き馬から降りた。 馬は自分勝手に川岸まで行き、水を飲み始めた。その様子を見ながら賢政は口を開いた。
「三郎左衛門、この城を改修しようと俺は考えている」
 真顔で言うと賢政は振り向き、視線を葦毛から横山の山腹に築かれた城郭に向けた。
「横山城でござるか……」
 氏種は怪訝そうに呟く。
「ああ」
 と頷き、賢政は話を続けた。
「六角に備える。更に、隣国美濃への楔にもなる」
「なるほど」
 氏種は感心したように頷いた。
「新兵衛尉、其方はどう思う? 存念なく申せ」
 賢政は視線を清冬に向けながら尋ねた。
「それはまことに良きお考えかと」
「改修が成った暁には、城番として大叔父御を入れようと思う。どうじゃ?」
「大叔父御? 弥太郎(井演)殿でござるか……」
 清冬は些か怪訝そうに答えた。
 賢政の大叔父浅井井演は、直種の息子で亮政の実弟に当たる。また、井演の息子弥太郎井伴は今浜菅浦の代官を務めていた。
「浮かぬ顔をして、新兵衛尉よ、不服か」
「いいえ滅相も」
 清冬はかぶりを振った。
「ただ……」
 と清冬が言い掛けた時、氏種が横から口を挟んで来た。
「若、新兵衛尉が訝る訳は、弥太郎殿よりも武勇に長けた者が宜しかろうということです」
「よしんば……?」
 と賢政は、城代に相応しい候補の名を求めた。
「磯野殿など……」
 氏種が答える。
「磯野丹波か……あの者には別の城を与えようと思っている」
「左様でござるか」
 氏種はうんうんと頷いた。
「あの……?」
 と清冬が何か物欲し気な眼差しを賢政に向けた。
「何じゃ新兵衛尉。構わぬ申してみよ」
「ははぁ。恐れながら申し上げます。此度の野良田の戦での若殿のご采配、家中の者皆一同腹の底から感服致しておる次第にて……」
「何じゃ、今更改まって……何やら首筋辺りがこそばゆい」
「若、潮時でござる。浅井のお家のため立って頂けませぬか?」
 氏種がここぞとばかりに家督のことを口にした。
 一瞬、賢政は顔を強張らせた。
「……昨日、伊香の雨森の屋敷に主だった者が集ったそうだな」
「ご承知でしたか」
「ああ」
「ならば話は早い。中老(おとな)どもは皆、若に立って頂きたいと願っております。何卒我らの意を酌んでお立ち遊ばせ下され」
 氏種の言葉のあと、清冬や遠駆けに同行した近習たちは賢政に平伏した。
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