元亀戦記 江北の虎

西村重紀

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第三章 美濃攻め

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 浅井長政が家督を継いだこの時期、南近江の六角氏が、それまで敵対していた美濃の斎藤氏と突如和議を結んでしまった。その理由は、互いの利害関係が一致したからだ。父道三を長良川の合戦で討ち破った義龍は、北近江浅井領を侵攻しようと企んでいたのだ。
 また、近江国は美濃国と国境を接していたため、以前から美濃の内訌に干渉していた。
 美濃守護職土岐美濃守政房の次男頼芸は、家督を巡って兄頼武と対立関係にあった。永正十四年(一五一七)、両者は遂に争うことになり、頼芸は美濃小守護代長井長弘とその家臣長井新左衛門尉(斎藤道三の父)を味方につけ、一方兄の頼武は守護代斎藤利良を味方に引き入れ戦った。初戦は頼武側に敗れた頼芸側であったが、翌永正十五年(一五一八)に、前守護代斎藤彦四郎を味方につけると、合戦に勝利して守護の座を奪い取り、兄頼武を越前に追放した。
 ところがその翌永正十六年(一五一九)に、妻の実家朝倉氏の援助を受けた頼武は巻き返しを図り、美濃に帰国すると再び守護の座に返り咲いた訳だ。兄頼武側に敗れた頼芸は、大永五年(一五二五)に再び挙兵して、美濃守護所の福光館を占拠する。この時、隣国美濃国の内訌に介入しようとした小谷城の浅井亮政を牽制すべく、観音寺城の六角定頼が動いた。亮政の救援依頼を受けた朝倉孝景は、一門衆の教景(宗滴)を小谷城に派遣することにした。これを機に浅井氏と朝倉氏は固い絆で結ばれることになった訳だ。
 享禄三年(一五三〇)、再び兄頼武を越前に追放すると、頼芸は長井規秀(後の斎藤道三)を重臣として取り立て、政権維持を試みたのだ。
 その後、天文四年(一五三五)、朝倉氏と南近江の六角氏の加勢を得ることに成功した甥の頼純(頼武の子)が美濃に侵攻すると、戦火は美濃全土に広がってしまった。一計を案じた頼芸は、定頼の娘を娶り和議を結ぶことにした。
 天文二十一年(一五五二)、頼芸は美濃を掌握した梟雄蝮の道三こと斎藤利政に追放さてしまい、結局妻の実家六角氏を頼り近江に寄寓する破目になってしまった訳だ。その後は、常陸国、上総国、甲斐国を転々とすることになった。
 余談であるが、亮政は娘(一説では久政の養女)を道三の嫡男義龍に娶らせている。斎藤家に嫁いだ娘は、近江の局と呼ばれ、義龍の嫡男龍興を産んでいる。
 家督を継いだ長政は、姻戚関係にあった美濃斎藤氏と完全に手を切り、美濃へ出兵することを決断した。先に戦を仕掛けて来たのは、斎藤勢の方だった。
 永禄四年(一五六一)二月、六角義弼の要請を受けた義龍は、配下の武将竹中遠江守重元を江北に派兵した。斎藤勢を率いる重元は、美濃国大野郡大御堂城主である。因みにこの男の息子が、天才軍師竹中半兵衛重治なのだ。義弼の要請に応え、近江に乱入した重元は六角氏から感状を受けている。 

 三月、桜の花が色つき始めた頃だ。
 浅井家の主だった家臣が、小谷城本丸主殿評定の間に集まった。これから軍評定を執り行うのだ。例の如く居並ぶ諸将の顔触れは、赤尾清綱、海北綱親、雨森清貞ら浅井三人衆を初め、遠藤直経、磯野員昌といった面々だ。
「これ以上、斎藤の好きにさせる訳にはゆかぬ」
 長政は眉を吊り上げた険しい表情で言った。
 目の前に広げた地図に視線を落とす。地図の上に記された斎藤氏の居城稲葉山城の文字を凝視する。
「左様でござる、お屋形様」
 清綱が頷く。
「されど、我らが小谷を離れる隙を衝き、観音寺城の六角が動くやも知れませぬ」
 綱親が怪訝そうな眼差しを長政に注いだ。
「佐和山の百々内蔵助に、六角への備え怠るな、と伝えよ」
「承知仕った」
「して、お屋形様。先陣は、誰にお命じになられまするか?」
 清貞が上目遣いで尋ねた。
「磯野にやらせようと思うておる」
 言いながら長政は、向かって左側の末席に座る員昌の顔を見た。
「仰せの儀、心得ました。某、戦場にて必ずや武功を立てまする」
「期待しておるぞ、磯野」
「ははっ」
「第二陣は三田村……三陣は堀、四陣は大野木、五陣は不肖ながらこの長政が率いる。そして後陣が赤尾、その方に任せる」
 長政は居並ぶ諸将の顔を見ながら言い、最後に右側の最前列に座る清綱を凝視した。
「分かり申したっ」
 清綱は頷いた。
「陣触じゃっ!」
 長政は叫んだ。
「おうっ!」
 諸将が大声を出して応えた。
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