33 / 39
第七章 謀叛
三
しおりを挟む
「義に悖る織田信長を討つっ!」
小谷城本丸御殿の評定の間で、浅井長政は主だった家臣を前にして、毅然とした態度で宣言した。既に長政は甲冑に身を固めている。居並ぶ浅井の諸将も甲冑を纏っていた。
「よくぞ申されたお屋形様っ」
浅井家の重臣(おとな)の一人である海北綱親が歓喜の声を上げた。
「此度の織田殿仕打ち、あまりと言えばあまり」
同じく重臣(おとな)の赤尾清綱も、綱親に同調する。
「義は我らにありっ!」
磯野員昌が拳を突き上げ唸った。
評定の間での軍議を終え、越前朝倉へ援軍を送ると決めた浅井長政は、二十六日夜、小谷城を発った。
評定を始める前、長政は奥座敷に足を運び、愛妻お市に会っていた。
「これより家中の主だった者を集め、評定を執り行う。その前にお市お前に伝えたいことがある故申す」
甲冑を纏い目の前に現れた夫長政を見て、
「殿、ご出陣遊ばすのですね」
「俺は義兄上に叛くことにした」
夫長政の決意を知ったお市は、静かに頷くと、
「あの兄は、織田信長という男は恐ろしい男です。自らに害をなす者はたとえ身内であって容赦なく討ち滅ぼします。我が兄勘十郎信勝がそうであったように……」
お市は、嘗て兄信長に逆らった信勝のこと長政に話した。
信勝は、お市にとって信長と同じように同じ母親か土田御前から生まれた同母兄だった。信長はその信勝を、実母土田御前の目の前で家臣に命じて殺害したのだ。
「此度の戦で必ずや兄信長を討たねば、浅井家に禍を齎すことになります」
「相分かった、必ずや信長殿を討つと誓おうっ」
「ご武運、お祈り申し上げます」
お市は長政野の前で恭しく額ずくのであった。
義兄織田信長を欺き、その退路を断って討つという長政の計画が露見したのは、織田本隊が木ノ芽峠を越えた辺りだった。
二十九日深夜。
最初に異変を感じたのは、朝倉と浅井の不穏な動きに備え警戒していた明智光秀だった。
小谷城下に忍ばせておいた細作(忍者)が、足利義昭の名代として朝倉攻めに随行していた光秀の許に現れた。身なりはみの傘を被った農夫のようであった。
桔梗の紋が入った旗指物を靡かせ行軍する明智勢の指揮を執る光秀の眼前で、その細作(忍者)は片膝をつき言上した。
「小谷城にて異変あり。恐らくは浅井備前別心した模様」
「んっ!?」
光秀はカッと目を見開いた。
「浅井勢は既に小谷城を発ち、こちらに向けて進軍しております」
「……相分かった」
光秀は短く言うと、
「弥平次っ」
と三宅弥平次秀満を呼ばった。
甲冑を身に纏った騎馬武者が、光秀に馬を寄せた。
「儂はこれより織田殿の許へ参る。あとのことそちに任せる」
「はっ、心得ました」
弥平次が頷くのを確認すると、光秀は馬の腹を蹴った。
馬の尻に鞭を入れ、森閑の中を疾駆する。
暫く進むと、光秀の眼前に織田木瓜の幟と永楽銭の旗印が見えた。
「明智十兵衛にござる。火急の用にあって織田様にお目通り願いたいっ!」
夜のしじまを掻き消すように光秀は咆哮した。
一人の騎馬武者が光秀の許に近付いた。信長の供廻り衆池田恒興だ。
「何用でござるか明智殿っ」
恒興が血相を変え尋ねる。
「某が近江に放っておいた細作(忍者)によりますれば、小谷城主浅井備前、別心した模様」
「……はぁ? 浅井殿が……斯様なことありえぬ」
「浅井の兵は既にこちらに向かってござるっ」
「……実でござるか?」
恒興は訝しく思い、小首を傾げた。
「相分かり申した。暫しお待ちを」
と言い残し、恒興は光秀の許を去った。信長のところへ向かうのだ。
待っていると、光秀の目の前に煌びやかな南蛮具足を身に着けた信長本人が現れた。
「十兵衛っ、浅井備前が別心とは実かっ?」
問われ、光秀は直ちに下馬すると、片膝をつき言上した。
「謹んで申し上げまする。我が手の者によりますれば、紛れもなき事実にござる」
「……俄かには信じ難し、虚説たるべき。これは我らを欺くために朝倉方が流した虚報じゃ。下がりおれ、下郎がぁっ」
信長は光秀を一蹴し、取り合わなかった。
「されど織田様っ、浅井勢は既に目と鼻の先に迫っておりまする。このままでは退路を断たれまする」
光秀は臆することなく意見を述べた。
すると忽ち、氷のような信長の瞳がギラリと光り、桶狭間の合戦でかの今川義元を討ち取った折奪い取った宗三左文字(義元左文字)の業物に手を掛けた。
小谷城本丸御殿の評定の間で、浅井長政は主だった家臣を前にして、毅然とした態度で宣言した。既に長政は甲冑に身を固めている。居並ぶ浅井の諸将も甲冑を纏っていた。
「よくぞ申されたお屋形様っ」
浅井家の重臣(おとな)の一人である海北綱親が歓喜の声を上げた。
「此度の織田殿仕打ち、あまりと言えばあまり」
同じく重臣(おとな)の赤尾清綱も、綱親に同調する。
「義は我らにありっ!」
磯野員昌が拳を突き上げ唸った。
評定の間での軍議を終え、越前朝倉へ援軍を送ると決めた浅井長政は、二十六日夜、小谷城を発った。
評定を始める前、長政は奥座敷に足を運び、愛妻お市に会っていた。
「これより家中の主だった者を集め、評定を執り行う。その前にお市お前に伝えたいことがある故申す」
甲冑を纏い目の前に現れた夫長政を見て、
「殿、ご出陣遊ばすのですね」
「俺は義兄上に叛くことにした」
夫長政の決意を知ったお市は、静かに頷くと、
「あの兄は、織田信長という男は恐ろしい男です。自らに害をなす者はたとえ身内であって容赦なく討ち滅ぼします。我が兄勘十郎信勝がそうであったように……」
お市は、嘗て兄信長に逆らった信勝のこと長政に話した。
信勝は、お市にとって信長と同じように同じ母親か土田御前から生まれた同母兄だった。信長はその信勝を、実母土田御前の目の前で家臣に命じて殺害したのだ。
「此度の戦で必ずや兄信長を討たねば、浅井家に禍を齎すことになります」
「相分かった、必ずや信長殿を討つと誓おうっ」
「ご武運、お祈り申し上げます」
お市は長政野の前で恭しく額ずくのであった。
義兄織田信長を欺き、その退路を断って討つという長政の計画が露見したのは、織田本隊が木ノ芽峠を越えた辺りだった。
二十九日深夜。
最初に異変を感じたのは、朝倉と浅井の不穏な動きに備え警戒していた明智光秀だった。
小谷城下に忍ばせておいた細作(忍者)が、足利義昭の名代として朝倉攻めに随行していた光秀の許に現れた。身なりはみの傘を被った農夫のようであった。
桔梗の紋が入った旗指物を靡かせ行軍する明智勢の指揮を執る光秀の眼前で、その細作(忍者)は片膝をつき言上した。
「小谷城にて異変あり。恐らくは浅井備前別心した模様」
「んっ!?」
光秀はカッと目を見開いた。
「浅井勢は既に小谷城を発ち、こちらに向けて進軍しております」
「……相分かった」
光秀は短く言うと、
「弥平次っ」
と三宅弥平次秀満を呼ばった。
甲冑を身に纏った騎馬武者が、光秀に馬を寄せた。
「儂はこれより織田殿の許へ参る。あとのことそちに任せる」
「はっ、心得ました」
弥平次が頷くのを確認すると、光秀は馬の腹を蹴った。
馬の尻に鞭を入れ、森閑の中を疾駆する。
暫く進むと、光秀の眼前に織田木瓜の幟と永楽銭の旗印が見えた。
「明智十兵衛にござる。火急の用にあって織田様にお目通り願いたいっ!」
夜のしじまを掻き消すように光秀は咆哮した。
一人の騎馬武者が光秀の許に近付いた。信長の供廻り衆池田恒興だ。
「何用でござるか明智殿っ」
恒興が血相を変え尋ねる。
「某が近江に放っておいた細作(忍者)によりますれば、小谷城主浅井備前、別心した模様」
「……はぁ? 浅井殿が……斯様なことありえぬ」
「浅井の兵は既にこちらに向かってござるっ」
「……実でござるか?」
恒興は訝しく思い、小首を傾げた。
「相分かり申した。暫しお待ちを」
と言い残し、恒興は光秀の許を去った。信長のところへ向かうのだ。
待っていると、光秀の目の前に煌びやかな南蛮具足を身に着けた信長本人が現れた。
「十兵衛っ、浅井備前が別心とは実かっ?」
問われ、光秀は直ちに下馬すると、片膝をつき言上した。
「謹んで申し上げまする。我が手の者によりますれば、紛れもなき事実にござる」
「……俄かには信じ難し、虚説たるべき。これは我らを欺くために朝倉方が流した虚報じゃ。下がりおれ、下郎がぁっ」
信長は光秀を一蹴し、取り合わなかった。
「されど織田様っ、浅井勢は既に目と鼻の先に迫っておりまする。このままでは退路を断たれまする」
光秀は臆することなく意見を述べた。
すると忽ち、氷のような信長の瞳がギラリと光り、桶狭間の合戦でかの今川義元を討ち取った折奪い取った宗三左文字(義元左文字)の業物に手を掛けた。
10
あなたにおすすめの小説
【アラウコの叫び 】第1巻/16世紀の南米史
ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎日07:20投稿】 1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。
マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、
スペイン勢力内部での覇権争い、
そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。
※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、
フィクションも混在しています。
また動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。
HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。
公式HP:アラウコの叫び
youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス
insta:herohero_agency
tiktok:herohero_agency
【戦国時代小説】 甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助
蔵屋
歴史・時代
わたしは、以前、甲斐国を観光旅行したことがある。
何故、甲斐国なのか?
それは、日本を象徴する富士山があるからだ。
さて、今回のわたしが小説の題材にした『甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助』はこの甲斐国で殆どの戦国乱世の時代を生き抜いた。そして越後の雄•上杉謙信との死闘は武田信玄、山本勘助にとっては人生そのものであったことだろう。
そんな彼らにわたしはスポットライトを当て読者の皆さんに彼らの素顔を知って頂く為に物語として執筆したものである。
なお、この小説の執筆に当たり『甲陽軍鑑』を参考にしていることを申し述べておく。
それでは、わたしが執筆した小説を最後までお楽しみ下さい。
読者の皆さんの人生において、お役に立てれば幸いです。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
影武者の天下盗り
井上シオ
歴史・時代
「影武者が、本物を超えてしまった——」
百姓の男が“信長”を演じ続けた。
やがて彼は、歴史さえ書き換える“もう一人の信長”になる。
貧しい百姓・十兵衛は、織田信長の影武者として拾われた。
戦場で命を賭け、演じ続けた先に待っていたのは――本能寺の変。
炎の中、信長は死に、十兵衛だけが生き残った。
家臣たちは彼を“信長”と信じ、十兵衛もまた“信長として生きる”ことを選ぶ。
偽物だった男が、やがて本物を凌ぐ采配で天下を動かしていく。
「俺が、信長だ」
虚構と真実が交差するとき、“天下を盗る”のは誰か。
時は戦国。
貧しい百姓の青年・十兵衛は、戦火に焼かれた村で家も家族も失い、彷徨っていた。
そんな彼を拾ったのは、天下人・織田信長の家臣団だった。
その驚くべき理由は——「あまりにも、信長様に似ている」から。
歴史そのものを塗り替える——“影武者が本物を超える”成り上がり戦国譚。
(このドラマは史実を基にしたフィクションです)
【アラウコの叫び 】第2巻/16世紀の南米史
ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎日07:20投稿】 動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。
1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。
マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、
スペイン勢力内部での覇権争い、
そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。
※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、
フィクションも混在しています。
HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。
公式HP:アラウコの叫び
youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス
insta:herohero_agency
tiktok:herohero_agency
【アラウコの叫び 】第3巻/16世紀の南米史
ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎週月曜07:20投稿】
3巻からは戦争編になります。
戦物語に関心のある方は、ここから読み始めるのも良いかもしれません。
※1、2巻は序章的な物語、伝承、風土や生活等事を扱っています。
1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。
マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、
スペイン勢力内部での覇権争い、
そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。
※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、
フィクションも混在しています。
動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。
HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。
公式HP:アラウコの叫び
youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス
insta:herohero_agency
tiktok:herohero_agency
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる