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第七章 謀叛
二
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浅井屋敷の奥座敷には、乳母に抱かれるお初の姿があった。その横には、母お市とお手玉などをして遊ぶお茶々がいた。
奥座敷に面した庭では、長政の長男の万福丸が小姓を相手に木刀の稽古をしていた。この万福丸は、お市が産んだ子ではなく側室八重の方が産んだ庶子である。
お市は夫長政の険しい表情を見て、お付きの侍女やお初を抱く乳母に目顔でこの部屋から離れるように告げた。
「さあ、参りましょうか姫君」
侍女が、まだ遊び足らなさそうにしているお茶々に声を掛けた。
「お父上」
とお茶々は長政の許へ行こうとしたが、それを侍女が引き留め連れ出した。
木刀の稽古をしていた万福丸も、お付きの小姓らとともにその場を離れた。
長政は妻お市と二人きりになったことを確かめ、静かに腰を下ろした。
無言のまま何も語らない。
「如何なされました殿」
お市が長政に問う。
長政は低い声で唸ると、
「そなたも知っての通り、義兄上が我らとの約定を破り越前に攻め入った」
「約定を破る?」
お市は訝しげに眉根を寄せた。
「兄は殿に越前朝倉殿を攻めると事前に申し上げた筈、約定を破ってはおりませぬっ」
お市は目を吊り上げ、毅然とした態度で言った。
長政は妻の顔を凝視出来ず視線を逸らした。
「されど、我が父下野守他、重臣(おとな)どもは皆そうは思っておらん」
長政は低い声で憮然と言った。
「殿は如何なさるご所存か」
お市が尋ねると、長政は瞼を閉じ、腕を組んだ。
「分からぬ。まだ決めておらぬ」
長政は当初、義兄織田信長に援軍を送るつもりでいた。自ら将兵を率い、越前に攻め込む気だった。しかし、最前の評定で状況は一変した。遠藤直経を除く重臣は皆、長政の思いとは違い、朝倉を援けるという久政の意見に同調した。
戦国時代は合議制を用いている大名家が多い。この浅井家も他の戦国大名と同じだった。
彼の義兄織田信長のような独裁者の方が例外に近いのだ。
戦国最強と謳われた甲斐の武田信玄、軍神越後の上杉謙信ですら、家臣団の意見を無視し、行軍することなど不可能だった。
ましてや此度の越前攻めは、浅井にとって何一つ得するものがなく、それよりも何よりも仁義に悖る。
「俺は義兄上を慕っておる。故に、我が諱も賢政の賢の字を捨て、義兄上の長の文字を頂いた」
「はい、その話は存じております」
「されど、我が父浅井下野守や重臣(おとな)ども逆らい兵を動かすことは出来ぬ」
長政は妻お市の前で自分の意見を口にした。
「つまり殿は我が兄織田信長を裏切るということですか」
お市は真顔で夫長政に問うた。
長政は答えようとはしない。ただ黙って口を噤むだけだった。
「私は織田信長の妹である前に、浅井長政殿の妻でございます」
「お、お市っ」
長政は涙ぐむ愛妻を抱き締めた。
義弟浅井長政が謀叛の決意を固めた頃、越前朝倉領に侵攻した織田信長は、二十五日には天筒山城の攻略を開始した。
この城を守る城将は寺田采女正である。
三万もの織田・徳川連合軍を相手に千五百の城兵だけで戦い、猛将鬼柴田権六の攻撃を受け、天筒山城は落城した。この時討ち取られた朝倉方の将兵は千三百人余りというからほぼ全滅の状態であった。
その日の夕刻。
「浅井殿の後詰めはまだのようですな」
織田木瓜の紋が入った陣幕に覆われた信長本陣で、床机に腰掛けた重臣(おとな)の柴田勝家が徐に呟いた。
「この分ですと、浅井殿の後詰めは要りませぬな」
同じく重臣(おとな)の丹羽長秀が言った。
「否、彼奴めに出張ってもらわねば困る」
信長は低い声で言うと、その酷薄な唇の端に薄い笑みを浮かべた。
長年朝倉と誼を通じ深い信頼関係を築いた江北浅井氏が、今回の越前攻めに織田方として参陣し、朝倉を裏切ることによって初めて意味を成すのである。
「次は金ヶ崎じゃ」
信長は煌々と焚かれた篝火の後方にある金ヶ崎城を見やった。
金ヶ崎城は手筒山城と稜線伝いに繋がっており、元々手筒山城は金ヶ崎城の支城であった。
金ヶ崎城に籠る武将は、敦賀郡の郡司で、一門衆筆頭の朝倉中務大輔景恒だ。
「夜明けとともに攻める」
信長は本陣に詰める重臣(おとな)たちに下知した。
「御意っ」
勝家を筆頭に、織田の重臣(おとな)たちは皆一応に声を揃えた。
翌二十六日、織田方の諸将は、金ヶ崎城を取り囲んだ。
金ヶ崎城に籠る朝倉方の城兵は、三千という寡兵だ。三万の織田勢に城を取り囲まれた羽太刀打ち出来ず、その日の夜に織田方の降伏勧告を受け、城将景恒は城を明け渡した。
織田に降った景恒はその後、朝倉一門から、
「朝倉名字の恥辱なり」
「不甲斐なし」
「天下の嘲りを塞ぐに拠なし」
などと誹りを受け、永平寺に遁世した。同年九月二十八日に死去する。
金ヶ崎を攻略した織田・徳川連合軍は、その勢いのまま木ノ芽峠を越え、二十九日には朝倉義景の居城がある一乗谷へ迫ろうとした。
隊列を組んで木ノ芽峠を越える織田・徳川連合の松明だけが夜陰を照らしていた。
静かな夜だった。
初夏の生温かい風が吹いた。
その時、
「どうも可笑しい」
と首を傾げたのは、朝倉と浅井の動きを探っていた明智光秀だった。
奥座敷に面した庭では、長政の長男の万福丸が小姓を相手に木刀の稽古をしていた。この万福丸は、お市が産んだ子ではなく側室八重の方が産んだ庶子である。
お市は夫長政の険しい表情を見て、お付きの侍女やお初を抱く乳母に目顔でこの部屋から離れるように告げた。
「さあ、参りましょうか姫君」
侍女が、まだ遊び足らなさそうにしているお茶々に声を掛けた。
「お父上」
とお茶々は長政の許へ行こうとしたが、それを侍女が引き留め連れ出した。
木刀の稽古をしていた万福丸も、お付きの小姓らとともにその場を離れた。
長政は妻お市と二人きりになったことを確かめ、静かに腰を下ろした。
無言のまま何も語らない。
「如何なされました殿」
お市が長政に問う。
長政は低い声で唸ると、
「そなたも知っての通り、義兄上が我らとの約定を破り越前に攻め入った」
「約定を破る?」
お市は訝しげに眉根を寄せた。
「兄は殿に越前朝倉殿を攻めると事前に申し上げた筈、約定を破ってはおりませぬっ」
お市は目を吊り上げ、毅然とした態度で言った。
長政は妻の顔を凝視出来ず視線を逸らした。
「されど、我が父下野守他、重臣(おとな)どもは皆そうは思っておらん」
長政は低い声で憮然と言った。
「殿は如何なさるご所存か」
お市が尋ねると、長政は瞼を閉じ、腕を組んだ。
「分からぬ。まだ決めておらぬ」
長政は当初、義兄織田信長に援軍を送るつもりでいた。自ら将兵を率い、越前に攻め込む気だった。しかし、最前の評定で状況は一変した。遠藤直経を除く重臣は皆、長政の思いとは違い、朝倉を援けるという久政の意見に同調した。
戦国時代は合議制を用いている大名家が多い。この浅井家も他の戦国大名と同じだった。
彼の義兄織田信長のような独裁者の方が例外に近いのだ。
戦国最強と謳われた甲斐の武田信玄、軍神越後の上杉謙信ですら、家臣団の意見を無視し、行軍することなど不可能だった。
ましてや此度の越前攻めは、浅井にとって何一つ得するものがなく、それよりも何よりも仁義に悖る。
「俺は義兄上を慕っておる。故に、我が諱も賢政の賢の字を捨て、義兄上の長の文字を頂いた」
「はい、その話は存じております」
「されど、我が父浅井下野守や重臣(おとな)ども逆らい兵を動かすことは出来ぬ」
長政は妻お市の前で自分の意見を口にした。
「つまり殿は我が兄織田信長を裏切るということですか」
お市は真顔で夫長政に問うた。
長政は答えようとはしない。ただ黙って口を噤むだけだった。
「私は織田信長の妹である前に、浅井長政殿の妻でございます」
「お、お市っ」
長政は涙ぐむ愛妻を抱き締めた。
義弟浅井長政が謀叛の決意を固めた頃、越前朝倉領に侵攻した織田信長は、二十五日には天筒山城の攻略を開始した。
この城を守る城将は寺田采女正である。
三万もの織田・徳川連合軍を相手に千五百の城兵だけで戦い、猛将鬼柴田権六の攻撃を受け、天筒山城は落城した。この時討ち取られた朝倉方の将兵は千三百人余りというからほぼ全滅の状態であった。
その日の夕刻。
「浅井殿の後詰めはまだのようですな」
織田木瓜の紋が入った陣幕に覆われた信長本陣で、床机に腰掛けた重臣(おとな)の柴田勝家が徐に呟いた。
「この分ですと、浅井殿の後詰めは要りませぬな」
同じく重臣(おとな)の丹羽長秀が言った。
「否、彼奴めに出張ってもらわねば困る」
信長は低い声で言うと、その酷薄な唇の端に薄い笑みを浮かべた。
長年朝倉と誼を通じ深い信頼関係を築いた江北浅井氏が、今回の越前攻めに織田方として参陣し、朝倉を裏切ることによって初めて意味を成すのである。
「次は金ヶ崎じゃ」
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「夜明けとともに攻める」
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「御意っ」
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