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第二章
二
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官兵衛の目論見通り鳥取城に潜入した間者は、山名豊国の妻女を拉致することに成功した。
「矢文を放ちましょう」
鳥取城を取り囲む羽柴勢の本陣で、床机に腰を下ろす官兵衛は秀吉に言った。
秀吉は官兵衛を見て、
「文面は」
短く訊ねる。
「城を明け渡し降伏致せば、お命は助けよう。従わぬ時は奥方のお命はないものと心得られよ。で如何でござるか殿」
「うんそうじゃのう……」
秀吉は床机に腰掛けたまま、腕を組んで瞼を閉じた。
「あまりよい気がせぬな。やはり野武士、山賊、野盗の行いに等しい」
鳥取城攻略戦に参陣していた秀長が、苦々しい面持ちで異を唱えた。
官兵衛は涼しい表情を作り、顰め面をする秀長を横目で見詰めた。
「手を汚さず、きれいごとだけで戦に勝てますかな」
「されど官兵衛っ」
秀長は忽ち険しい顔付きになった。眉間に幾筋のも皺が刻まれている。
「小一郎、官兵衛の申す通りじゃ。きれいごとだけでは戦には勝てぬ。直ぐに矢文をしたためよっ」
秀吉は参陣する祐筆に顎をしゃくって命じた。
豊国は、中村春続、森下吉途(道誉)ら徹底抗戦を主張する重臣(おとな)を押し切って、秀吉の本陣へ赴いた。
「羽柴殿に降りまする故、どうか我が妻女の命だけはお助け下さい」
豊国は、秀吉やその配下の武将の前で降伏する旨を告げた。
(此奴、あの荒木摂津守と同じように、命欲しさに家来共を見捨て、己一人だけ城を抜け出たか……)
豊国の取った行動に不快感を露わにした官兵衛は、嘆息を吐いた。
「話が違うぞっ、どうするのじゃ官兵衛。何とか致せっ」
秀吉は焦っていた。
信長から、早々に鳥取城を落とし、毛利の牙城へ迫れ、と目には見えない圧力を掛けられていたのである。
「山名殿、ご貴殿と奥方や娘御のお命は助けましょう。その代わりに、ご貴殿にも城攻めに加わって頂くことになる」
官兵衛は狼狽える豊国を前にして、にべもなく言い捨てた。
「官兵衛、何を勝手なことを申すか」
「殿、山名殿は鳥取城の内情を熟知してござる。我が軍門に加えて損はないかと存じ上げ奉る」
官兵衛は視線を秀吉か平伏する豊国に移しながら存念を口した。
「相分かった。其方がそこまで申すのなら、これなる山名中務の参陣を認めようではないか」
「ありがたき幸せ……」
豊国は咽び泣きながら、秀吉と官兵衛に何度も頭を下げた。
一方、城主不在となった鳥取城には、中村春続、森下吉途ら反織田方の諸将の働きによって、毛利方から吉川経家が城将として入ることになった。その折、経家は死を覚悟した上で、首桶を持参して入城した。
その直後、秀吉に召し出され、官兵衛は姫路城に赴いた。
「何とか致せ官兵衛。勇猛果敢な吉川式部(経家の官名)が城に入った所為で、敵方は俄かに活気づいたぞ」
寒風吹き荒ぶ中、秀吉は背中を丸め火鉢に当たっていた。
「殿、先年三木城を落としたように兵糧攻めなどは如何でござろうか」
不自由な左足を伸ばした状態で官兵衛は着座した。
「兵糧攻めか……また手間と時と金が掛かるのぉ」
官兵衛はにやりと笑った。
「はい。米を買い漁りましょう」
「米など買い漁って如何するつもりじゃ」
「若狭の商人を通じて、鳥取城内の米蔵の兵糧を買い漁るのでござる」
「米蔵の兵糧か」
「然様、そのための布石は既に打っておりまする。昨年の凶作に加え、この地の百姓共に米を徴収し、更には刈田狼藉働きまで行いました故、あの城の米蔵は空っぽに近い筈」
昨年来より実行した作戦を、官兵衛は指を折りながら秀吉に説明した。
「鬼じゃの、官兵衛その方は……敵でなくてよかったわい」
秀吉は半ば呆れ半ば感心したような口調で言った。
「吉川小太郎(経家の通称)は、雪が降れば我ら織田勢は兵を退くと考えておる節がござる。某が見積もったところによりますれば、あの城は雪が降るまで持ちますまい」
「雪が降る前に勝負がつくと申すのか、官兵衛」
秀吉の問い掛けに、官兵衛は首肯した。
「必ずや落としてみせましょう」
官兵衛は体温の低い声で言った。
三木の干し殺しに続く鳥取の渇え殺しのはじまりだった。
「矢文を放ちましょう」
鳥取城を取り囲む羽柴勢の本陣で、床机に腰を下ろす官兵衛は秀吉に言った。
秀吉は官兵衛を見て、
「文面は」
短く訊ねる。
「城を明け渡し降伏致せば、お命は助けよう。従わぬ時は奥方のお命はないものと心得られよ。で如何でござるか殿」
「うんそうじゃのう……」
秀吉は床机に腰掛けたまま、腕を組んで瞼を閉じた。
「あまりよい気がせぬな。やはり野武士、山賊、野盗の行いに等しい」
鳥取城攻略戦に参陣していた秀長が、苦々しい面持ちで異を唱えた。
官兵衛は涼しい表情を作り、顰め面をする秀長を横目で見詰めた。
「手を汚さず、きれいごとだけで戦に勝てますかな」
「されど官兵衛っ」
秀長は忽ち険しい顔付きになった。眉間に幾筋のも皺が刻まれている。
「小一郎、官兵衛の申す通りじゃ。きれいごとだけでは戦には勝てぬ。直ぐに矢文をしたためよっ」
秀吉は参陣する祐筆に顎をしゃくって命じた。
豊国は、中村春続、森下吉途(道誉)ら徹底抗戦を主張する重臣(おとな)を押し切って、秀吉の本陣へ赴いた。
「羽柴殿に降りまする故、どうか我が妻女の命だけはお助け下さい」
豊国は、秀吉やその配下の武将の前で降伏する旨を告げた。
(此奴、あの荒木摂津守と同じように、命欲しさに家来共を見捨て、己一人だけ城を抜け出たか……)
豊国の取った行動に不快感を露わにした官兵衛は、嘆息を吐いた。
「話が違うぞっ、どうするのじゃ官兵衛。何とか致せっ」
秀吉は焦っていた。
信長から、早々に鳥取城を落とし、毛利の牙城へ迫れ、と目には見えない圧力を掛けられていたのである。
「山名殿、ご貴殿と奥方や娘御のお命は助けましょう。その代わりに、ご貴殿にも城攻めに加わって頂くことになる」
官兵衛は狼狽える豊国を前にして、にべもなく言い捨てた。
「官兵衛、何を勝手なことを申すか」
「殿、山名殿は鳥取城の内情を熟知してござる。我が軍門に加えて損はないかと存じ上げ奉る」
官兵衛は視線を秀吉か平伏する豊国に移しながら存念を口した。
「相分かった。其方がそこまで申すのなら、これなる山名中務の参陣を認めようではないか」
「ありがたき幸せ……」
豊国は咽び泣きながら、秀吉と官兵衛に何度も頭を下げた。
一方、城主不在となった鳥取城には、中村春続、森下吉途ら反織田方の諸将の働きによって、毛利方から吉川経家が城将として入ることになった。その折、経家は死を覚悟した上で、首桶を持参して入城した。
その直後、秀吉に召し出され、官兵衛は姫路城に赴いた。
「何とか致せ官兵衛。勇猛果敢な吉川式部(経家の官名)が城に入った所為で、敵方は俄かに活気づいたぞ」
寒風吹き荒ぶ中、秀吉は背中を丸め火鉢に当たっていた。
「殿、先年三木城を落としたように兵糧攻めなどは如何でござろうか」
不自由な左足を伸ばした状態で官兵衛は着座した。
「兵糧攻めか……また手間と時と金が掛かるのぉ」
官兵衛はにやりと笑った。
「はい。米を買い漁りましょう」
「米など買い漁って如何するつもりじゃ」
「若狭の商人を通じて、鳥取城内の米蔵の兵糧を買い漁るのでござる」
「米蔵の兵糧か」
「然様、そのための布石は既に打っておりまする。昨年の凶作に加え、この地の百姓共に米を徴収し、更には刈田狼藉働きまで行いました故、あの城の米蔵は空っぽに近い筈」
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「鬼じゃの、官兵衛その方は……敵でなくてよかったわい」
秀吉は半ば呆れ半ば感心したような口調で言った。
「吉川小太郎(経家の通称)は、雪が降れば我ら織田勢は兵を退くと考えておる節がござる。某が見積もったところによりますれば、あの城は雪が降るまで持ちますまい」
「雪が降る前に勝負がつくと申すのか、官兵衛」
秀吉の問い掛けに、官兵衛は首肯した。
「必ずや落としてみせましょう」
官兵衛は体温の低い声で言った。
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