道誉が征く

西村重紀

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第四章

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 上洛した幕府軍は、船上山で蜂起した後醍醐天皇方を討つため進軍を開始した。ところが久我畷の合戦にて、総大将の名越高家が佐用城主の佐用範家に眉間を射抜かれ討死すると事態が急変した。それまで戦に消極的だった幕府軍の足利高氏が、後醍醐天皇方に寝返ったのだ。
 高氏は丹波国の篠村八幡宮で、倒幕のため挙兵する。
 この間の道誉の行動について記載された一次歴史資料が殆ど残されていない。『太平記』によれば、高氏は播磨の赤松則村(円心)、近江の佐々木道誉らの軍勢を吸収し、六波羅探題に攻め込んだとされている。
 高氏の裏切りによって六波羅探題が陥とされると、戦局は一気に後醍醐天皇方に傾いた。
 東国では、五月八日に新田義貞が挙兵し、利根川を渡り武蔵国に侵入する。ここで鎌倉脱した足利高氏の嫡男、千寿王(のちの足利義詮)と合流した。そして勢い付いた反幕府勢力は、二十日深夜から翌未明に掛けて干潮を利用し稲村ヶ崎の突破に成功すると、鎌倉の街に雪崩れ込んだ。
 文治元年(一一八五)から一四八年間続いた鎌倉幕府は、滅亡の時を迎えることになったのだ。
 北条得宗家当主高時をはじめとした北条一門は、その菩提寺である東勝寺にて自刃して果てた。その中には、得宗家の内管領長崎円喜と息子の高資もいた。
 この頃、美濃、近江国境を固めていた佐々木家家宰の吉田厳覚から、
「蓮華寺にて普恩寺弾正小弼殿、御生涯遊ばせました」
 と六波羅探題北方の仲時が自刃して果てたという報せが入った。
 道誉は、足利方に加わる前に、領内に住む野盗、野伏を金銭で雇い、東山道を固めていた。その結果、番場宿で網に掛かった仲時一行を襲撃し、結果的に自刃させる。
 これには思わぬ付録を手に入れることに繋がった。仲時は鎌倉へ逃げる際、光厳天皇、後伏見上皇、花園上皇らを伴っていたのだ。
「三種の神器と帝が我が手に入った」
 道誉は厳覚からの報せを聞いた途端、思わず破顏してしまった。笑わずにはいられないほど、道誉にとって好都合だった。
 今後のことに付いて高氏と交渉する際、切り札になる。
 道誉は嘉兵衛を伴って六波羅に陣取る高氏の許に向かった。
 二引き両の家紋が入った陣幕で覆われている。嘗て北条の京に於ける行政の中枢だった六波羅は完全に足利の勢力下にあった。
 道誉は陣幕の中に入った。
 大鎧を身に着けた高氏が床机に腰掛けている。その傍らには彼の実弟高国改め直義と、足利家家宰の高師直、師泰兄弟の姿もあった。
 道誉は兜を外し、総髪姿で高氏の前に出た。足利家に仕える家人が用意した床机に腰かける。
「聞きましたぞ、佐渡殿」
 と先ず、声を掛けて来たのは師直だった。
 じろりと師直の横顔を見やってから、道誉は口を開いた。
「何を聞いたと申されるのじゃ、高殿」
「領国の番場にて、先の帝のお命をお救い致されたと」
「まあな」
 素っ気なく言い捨てると、道誉は高氏の反応を窺った。
「三種の神器を賊の手から保護されたそうじゃな佐渡殿」
「ああ」
 小さく頷いてから道誉は付け加える。
「そこで相談じゃが、六角を許して頂けぬか」
「六角?」
 怪訝そうに高氏は顔を顰めた。
 六角、つまり南近江を治める佐々木一族所領の六角時信のことだ。
 時信は、同じ佐々木一門の道誉とは違って、最後まで北条家に忠義を貫き、反幕府勢力と戦った。
 敗戦後、時信は道誉を通じて高氏に降伏して来たのだ。
「許すも許さないのも、それは身共が決めることではない。全て帝がお決めになられること」
「何を申される足利殿、お手前が頼めば主上も必ずや許される筈、何しろお手前は主上の覚えもめでたき故」
 道誉は意味のありげな含み笑いを浮かべた。
「喰えぬ男よ」
 高氏は顰め面で言った。
「それはお互い様じゃ。最後まで進退を表さなかったくせに。先日、我が柏原の館で申されたことは嘘か、確かあの折、お手前はこの道誉に『御辺も早う去就を明かされよ。手遅れになっては元も子もござらん』と申された。にも拘らず、なかなか起たれなかった。俺は肝が縮まったぞ」
 柏原で高氏と密会した日の翌日、道誉は反幕府の狼煙を上げ挙兵したのだ。この時点で高氏率いる足利勢はまだ幕府方として行軍していた。
「……もしかしてあの場でもまだ二股を掛けていたのか」
 確かめるべく道誉が高氏に尋ねる。
「佐渡殿、御辺も二股を掛けてござったであろうが、違うか」
「俺は既に腹を括っておった。お手前のように名越尾張殿が討死してから寝返ったのとは訳が違うっ!」
 遂興奮して道誉は声を荒げてしまった。
「兎も角、六波羅も落ち、鎌倉も滅びた。先ずはこれで宜しかろう」
 師直が口を挟んだ。
「で、佐渡殿」
 高氏が道誉を凝視する。
「何じゃ、改まって」
 道誉は怪訝気味に尋ねる。
「三種の神器は如何なさる」
「然様じゃな、迷うておる」
「迷う?」
 高氏は、道誉が言った言葉の真意が理解出来ず首を傾げた。
「正直なところ、どちらの主上にお返し致せばよいか迷うておる」
「なっ何と!? 御辺は我らを脅す気と見たっ」
「脅すとは人聞きが悪い」
 涼しい顔で道誉は平然と惚ける。
「何が条件でござる」
 師直が道誉に問い掛けた。
 道誉は師直を一瞥し、
「六角殿の件、宜しくお頼み申す」
「御辺は佐々木一族の惣領の座を狙っておられるのか」
 それまで黙って話を聞いていた直義が目の色を変え、勢い余って床机から立ち上がり、道誉に問い質した。
 この男は愚鈍な兄高氏と違い、清廉潔白な性格の許主であった。そのため、道誉や足利家家宰の高兄弟とは馬が合わないことが多々あった。
「まま御舎弟様、落ち着いて下され」
 師直が直義を宥めるように言った。
「ふん」
 直義は不服そうに鼻を鳴らした。
 視線を直義から主君高氏に移す。
「身共は構わぬが、帝がどのような処分を下されるのか分からぬ」
「ふん、お手前も話の通じぬお方よの。ことが旨く運ぶようにと、お口添えを頼んでおるのじゃ」
「まあ、一応頼んではみよう」
 高氏は関心なさそうに言い捨てる。
「それでこの先如何致す」
 道誉は話題を変えた。
「この先とは」
「つまりじゃ、身共としてはお手前に征夷大将軍になってもらい、幕府を開いて頂きたいと思うておる」
「征夷大将軍に、身共が」
 高氏は訝しげに眉を顰めた。
 目の前の床机に腰掛ける清和源氏の棟梁たる足利高氏のこの表情から読み取って、彼が鎌倉幕府に取って代わり引き続き武家政権を維持する気がないと知り、道誉は暗澹たる気分になった。
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