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第四章
四
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伯耆の船上山から後醍醐天皇が凱旋したのは、弘元三年(一三三三)六月五日だった。現在の暦でいうと七月十七日に当たり、夏の盛りであった。
後醍醐天皇は富小路坂の里内裏に入り、即日光厳天皇を廃位した。
高氏は、嘗て六波羅探題が置かれた地に奉行所を構え、ここで勝手に武士へ軍忠状を出していた。
道誉は六波羅の足利高氏の許を訪れた。
「何故、征夷大将軍を望まぬ。お手前は倒幕の第一功労者、それは主上もお認めになっておられる」
広縁に腰を下ろし夏の午後の陽が差す庭を見詰める高氏に近寄り、道誉は背後から声を掛けた。
「おう佐渡殿か……」
高氏は首だけで振り向き、道誉を上目遣いで見やった。実に時化た面をしている。まるで弔辞のそれだ。
「おう佐渡殿かはないだろう。お手前の様子を見に来てやったと申すのに」
「近頃の殿は気鬱の病が」
高氏の隣には、師直が座っていた。道誉と並び称される婆沙羅な師直は、海老色の地に、青々とした竹を描いた直垂を纏っていた。道誉もそれに負けぬくらいド派手な直垂を着ている。胡粉色の地に、朱と黒で染めた揚羽蝶を模した直垂だ。それに比べると高氏はいつになく地味な褐色の直垂姿だ。
「気鬱じゃと、足利殿が」
怪訝気味に道誉は上擦った声を発し、まじまじと高氏の陰気な顏を見詰めた。
「確かにしょげた面をしておいでじゃの、足利殿は」
「もう一人、駄々を捏ねておられる御仁がおられますぞ」
師直が口許に悪戯な笑みを浮かべる。
「信貴山の頂に陣取り、未だ下りて来ぬあの御仁か」
道誉は振り向き、大和国信貴山の方角に顎を向けながら言った。
つられるように、高氏と師直も信貴山の方角を見やった。
「大塔宮様にも困ったものよ」
道誉は渋面を作って言った。
「ご存知でござるか佐渡殿」
「何をでござる」
道誉は訝しげに眉根を寄せ、師直を見た。
「かのお方が、征夷大将軍の職を望んでおられるということを」
「知っておる。して、その話であるが、まことのことでござるか、高殿」
「はい」
頷いてから師直は、
「あのお方は、ご自分が征夷大将軍になれば、我ら武家を抑えられると本気で考えている節がござる」
「呆れたものじゃ。我ら武家のことを全く知らぬようじゃ」
「帝は信貴山に勅使を使われた」
高氏は呟くようにぽつりと言った。
「それがお手前の気鬱の原因でござるか」
道誉が問うと、高氏に代わり師直が答えた。
「まあ、そう言ったところでござる」
「身共は困るぞ。是が非でも足利殿に征夷大将軍になってもらい、武家の頂点に立ち幕府を開いてもらわねば」
道誉は真顔で言った。
師直はうんうんと同意するように頷いた。しかし、当の本人の高氏と来たらまるで他人事のように構え、視線を苔が生えた庭石に向けた。
「大塔宮様が征夷大将軍になり武家の頂点に立って頂ければよいではないか。おおうっ、そうじゃ、いっそ、幕府も開いて頂こう」
「お手前は本気でそんな寝言を言っておるのかぁっ!?」
道誉は思わず興奮して声を荒げてしまった。
「よいか足利殿。其処許は存ぜぬと思うが、主上を取り巻く公家共は性根が腐っておる。鎌倉におられた得宗殿よりも酷い。まだ長崎円喜殿の方がましだった」
「それがどうした」
と、高氏は嘆息を吐いた。
道誉はこの煮え切らない高氏の態度を見て、腸が煮え繰り返りそうだった。グッと奥歯を噛み締め、懸命に怒りを抑えようと試みた。
六月十三日、信貴山の毘沙門堂に陣を構える大塔宮護良親王の許に勅使が遣わされた。
征夷大将軍、兵部卿に任ぜられ、大塔宮は信貴山を下りた。
信貴山を下った大塔宮は、二十三日に凱旋した。
上洛の軍勢は、総勢二十万七千騎であった。
都大路には、それをひと目見ようと集まった人で溢れ返っていた。
その夜、京極高辻の館を足利家家宰の高師直が訪ねた。道誉は師直をハレの場である東対の奥書院に通した。
道誉は侍女に命じ、夜分の珍客のために膳を運ばせ持て成した。
燭台の火が、師直の顔を映し出していた。
「大鎧に身を固めた大塔宮様は、それはそれは意気揚々としてござったな」
海老色の地に、勝色に染め上げた蝙蝠を模した直垂姿の師直は、杯を手に取りながら言った。
「まるでご自分が帝にでもなったかのように」
と付け加え、師直は一気に酒を飲み干した。
「先が思いやられる」
憮然と言い捨て、道誉も杯を口に運んだ。
今宵の道誉も師直に負けぬくらいド派手な直垂を纏っている。婆沙羅と呼ばれるのに相応しく、胡粉色の地に、朱色の蜘蛛を模した直垂だ。
「聞きましたぞ佐渡殿、ひと暴れなさったそうじゃな」
悪戯な笑みを溢しながら師直が尋ねる。
「ああ、腐れ公家共に喝を入れてやった」
悪びれもせず言うと、道誉は鼻の頭を掻いた。
「この時期に、あまり派手な動きは控えた方が宜しいのではござらぬか」
師直は上目遣いで道誉を見やった。
「なぁに、構うものか」
「されど、大塔宮様とその取り巻き共は、こちら側に何か落ち度がないかと、常に目を光らせてござる故」
「勝手にやらせおけばよいのでござる。所詮彼奴らは寄せ集めの烏合の衆、恐れるに足らん。それよりも御辺の主君はどうにかならぬのか」
道誉は眉を顰めつつ師直に尋ねた。
「何が気に入らぬのか、我が殿はご機嫌斜めでござる」
「分かっておるくせに、高殿も意地が悪い」
「して、佐渡殿は、我が殿と大塔宮様どちらにお味方致されるご所存か、ご返答頂きとうござるっ」
師直は道誉の真意を確かめるべく尋ねた。
「決まっておろう、この道誉も武士の端くれ、と申したのもやまやまなれど、吾を高く買ってくれる御仁に付くつもりじゃ」
「またもや二又でござるか」
師直は怪訝そうな眼差しを道誉に向けた。
「ふん」
鼻を鳴らしてから、道誉は、
「安心致されい高殿。いざとなれば我ら近江源氏所縁の者は皆、武門の棟梁である足利殿にお味方致す」
「否、信用出来ませぬな」
「ふふふ、これは手厳しいことを申される」
道誉は自嘲気味に笑った。
「まあ何れにせよ、我らとしては我が殿に征夷大将軍になってもらわねばなりませぬな……」
「ああ、高殿が申されることご尤もでござる」
道誉はうんうんと何度も頷いて見せた。
後醍醐天皇は富小路坂の里内裏に入り、即日光厳天皇を廃位した。
高氏は、嘗て六波羅探題が置かれた地に奉行所を構え、ここで勝手に武士へ軍忠状を出していた。
道誉は六波羅の足利高氏の許を訪れた。
「何故、征夷大将軍を望まぬ。お手前は倒幕の第一功労者、それは主上もお認めになっておられる」
広縁に腰を下ろし夏の午後の陽が差す庭を見詰める高氏に近寄り、道誉は背後から声を掛けた。
「おう佐渡殿か……」
高氏は首だけで振り向き、道誉を上目遣いで見やった。実に時化た面をしている。まるで弔辞のそれだ。
「おう佐渡殿かはないだろう。お手前の様子を見に来てやったと申すのに」
「近頃の殿は気鬱の病が」
高氏の隣には、師直が座っていた。道誉と並び称される婆沙羅な師直は、海老色の地に、青々とした竹を描いた直垂を纏っていた。道誉もそれに負けぬくらいド派手な直垂を着ている。胡粉色の地に、朱と黒で染めた揚羽蝶を模した直垂だ。それに比べると高氏はいつになく地味な褐色の直垂姿だ。
「気鬱じゃと、足利殿が」
怪訝気味に道誉は上擦った声を発し、まじまじと高氏の陰気な顏を見詰めた。
「確かにしょげた面をしておいでじゃの、足利殿は」
「もう一人、駄々を捏ねておられる御仁がおられますぞ」
師直が口許に悪戯な笑みを浮かべる。
「信貴山の頂に陣取り、未だ下りて来ぬあの御仁か」
道誉は振り向き、大和国信貴山の方角に顎を向けながら言った。
つられるように、高氏と師直も信貴山の方角を見やった。
「大塔宮様にも困ったものよ」
道誉は渋面を作って言った。
「ご存知でござるか佐渡殿」
「何をでござる」
道誉は訝しげに眉根を寄せ、師直を見た。
「かのお方が、征夷大将軍の職を望んでおられるということを」
「知っておる。して、その話であるが、まことのことでござるか、高殿」
「はい」
頷いてから師直は、
「あのお方は、ご自分が征夷大将軍になれば、我ら武家を抑えられると本気で考えている節がござる」
「呆れたものじゃ。我ら武家のことを全く知らぬようじゃ」
「帝は信貴山に勅使を使われた」
高氏は呟くようにぽつりと言った。
「それがお手前の気鬱の原因でござるか」
道誉が問うと、高氏に代わり師直が答えた。
「まあ、そう言ったところでござる」
「身共は困るぞ。是が非でも足利殿に征夷大将軍になってもらい、武家の頂点に立ち幕府を開いてもらわねば」
道誉は真顔で言った。
師直はうんうんと同意するように頷いた。しかし、当の本人の高氏と来たらまるで他人事のように構え、視線を苔が生えた庭石に向けた。
「大塔宮様が征夷大将軍になり武家の頂点に立って頂ければよいではないか。おおうっ、そうじゃ、いっそ、幕府も開いて頂こう」
「お手前は本気でそんな寝言を言っておるのかぁっ!?」
道誉は思わず興奮して声を荒げてしまった。
「よいか足利殿。其処許は存ぜぬと思うが、主上を取り巻く公家共は性根が腐っておる。鎌倉におられた得宗殿よりも酷い。まだ長崎円喜殿の方がましだった」
「それがどうした」
と、高氏は嘆息を吐いた。
道誉はこの煮え切らない高氏の態度を見て、腸が煮え繰り返りそうだった。グッと奥歯を噛み締め、懸命に怒りを抑えようと試みた。
六月十三日、信貴山の毘沙門堂に陣を構える大塔宮護良親王の許に勅使が遣わされた。
征夷大将軍、兵部卿に任ぜられ、大塔宮は信貴山を下りた。
信貴山を下った大塔宮は、二十三日に凱旋した。
上洛の軍勢は、総勢二十万七千騎であった。
都大路には、それをひと目見ようと集まった人で溢れ返っていた。
その夜、京極高辻の館を足利家家宰の高師直が訪ねた。道誉は師直をハレの場である東対の奥書院に通した。
道誉は侍女に命じ、夜分の珍客のために膳を運ばせ持て成した。
燭台の火が、師直の顔を映し出していた。
「大鎧に身を固めた大塔宮様は、それはそれは意気揚々としてござったな」
海老色の地に、勝色に染め上げた蝙蝠を模した直垂姿の師直は、杯を手に取りながら言った。
「まるでご自分が帝にでもなったかのように」
と付け加え、師直は一気に酒を飲み干した。
「先が思いやられる」
憮然と言い捨て、道誉も杯を口に運んだ。
今宵の道誉も師直に負けぬくらいド派手な直垂を纏っている。婆沙羅と呼ばれるのに相応しく、胡粉色の地に、朱色の蜘蛛を模した直垂だ。
「聞きましたぞ佐渡殿、ひと暴れなさったそうじゃな」
悪戯な笑みを溢しながら師直が尋ねる。
「ああ、腐れ公家共に喝を入れてやった」
悪びれもせず言うと、道誉は鼻の頭を掻いた。
「この時期に、あまり派手な動きは控えた方が宜しいのではござらぬか」
師直は上目遣いで道誉を見やった。
「なぁに、構うものか」
「されど、大塔宮様とその取り巻き共は、こちら側に何か落ち度がないかと、常に目を光らせてござる故」
「勝手にやらせおけばよいのでござる。所詮彼奴らは寄せ集めの烏合の衆、恐れるに足らん。それよりも御辺の主君はどうにかならぬのか」
道誉は眉を顰めつつ師直に尋ねた。
「何が気に入らぬのか、我が殿はご機嫌斜めでござる」
「分かっておるくせに、高殿も意地が悪い」
「して、佐渡殿は、我が殿と大塔宮様どちらにお味方致されるご所存か、ご返答頂きとうござるっ」
師直は道誉の真意を確かめるべく尋ねた。
「決まっておろう、この道誉も武士の端くれ、と申したのもやまやまなれど、吾を高く買ってくれる御仁に付くつもりじゃ」
「またもや二又でござるか」
師直は怪訝そうな眼差しを道誉に向けた。
「ふん」
鼻を鳴らしてから、道誉は、
「安心致されい高殿。いざとなれば我ら近江源氏所縁の者は皆、武門の棟梁である足利殿にお味方致す」
「否、信用出来ませぬな」
「ふふふ、これは手厳しいことを申される」
道誉は自嘲気味に笑った。
「まあ何れにせよ、我らとしては我が殿に征夷大将軍になってもらわねばなりませぬな……」
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