道誉が征く

西村重紀

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第五章

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 建武元年(一三三四)、この年、道誉の計略によって、大塔宮が密かに帝位を狙っているという噂が広がり、彼の立場が危うくなった。
 道誉は京極高辻の館の広縁に立ち、庭先で片膝をつく善助の報告を受ける。
「間もなく北条方の残党共が南紀にて蜂起致します」
「相分かった。その鎮圧に楠木左衛門尉を遣わすよう、阿野簾子様を通じで主上に進言致そう」
 道誉は、大塔宮派の有力者である楠木正成を都から遠ざけ、その隙を狙い大塔宮を阿野簾子の息の掛かった者たちを使い失脚させるつもりだった。
「それはそうと、善助よ、以前、その方に申し付けておいた、あの一件はどうなった」
 先年、六波羅の足利館から帰途に就いた道誉主従を襲撃し、小弥太の命を奪った賊の探索を善助に命じていたのだ。
 目の前で片膝をついて畏まる雑色の男は、徐にかぶりを振った。
「分かりませぬ」
「そうか、善助ほどの腕を持つ者でも分からぬか……」
「殿、もしやすると大塔宮様の息の掛かった者の仕業かも知れませぬ」
「やはりその方もそう思ったか。実は俺もそう考えておった」
「殿もでございますか」
 上目遣いで善助は道誉を見やった。
「引き続き俺を襲った者共を探索致せ」
「はっ」
 善助は恭しく一礼すると、道誉の眼前から忽然と姿を消した。

 道誉の進言によって、阿野廉子は紀伊国飯山で起こった反乱を鎮圧させるため、楠木正成を派遣することを後醍醐天皇に提案した。
 正成が京を離れた隙を衝き、帝位を簒奪しようと企んだ罪で、大塔宮が検非違使結城親光らによって捕縛され、即刻、征夷大将軍を解任された。
 その夜だった。
 赤松円心が、京極高辻の館を訪ねた。
「御辺も意地が悪い」
 円心は開口一番、道誉に苦言を呈した。
「意地が悪いとは片腹痛い」
 道誉は素知らぬ顔ですっ呆ける。
「身共を使い、大塔宮様のお耳に足利殿の良からぬ噂を伝え、その上で楠木殿を我らから遠ざけるように仕向けた」
「いやいや、それは赤松殿の誤解でござる」
 道誉は真顔を作りかぶりを振った。
「自らが表立って動くことなく、また佐々木一門の宗家である六角殿も動かさず、同じ検非違使の結城殿を使うとは、少々手が込んでおるような気が致す」
「……赤松殿、其処許は如何致される」
 と、道誉は円心を凝視した。
 足利派に付くかそれともこれまで通り大塔宮派のままか、円心に二択を迫った。
「御辺はこの赤松円心を脅す所存かぁっ!?」
「脅す? 人聞きの悪い。身共は赤松殿に救いの手を差し伸べておるのでござるぞ」
 道誉は円心に迫った。
 すると円心は、不安気な表情になり、
「大塔宮様はどうなる」
 と尋ねた。
 道誉は僅かに口許を弛め、薄い冷笑を浮かべてから、首を撥ねる真似をして見せた。
「斬首……、畏れ多くも帝のお子が……」
 円心の顔には狼狽の色が出ていた。
「打ち首とまでは行かぬが、何れお命は奪われるであろうな」
「佐々木佐渡っ、その方一体何を企んでおるっ!?」
 鬼の形相になり円心が噛み付いた。
「知れたことよ、足利尊氏という御仁に、新たな鎌倉殿になって頂きたいまでのこと」
 道誉は悪びれることなく涼しい顔で平然と言った。
「新たな鎌倉殿? つまり北条に取って代わり、征夷大将軍になり鎌倉に幕府を開くということか」
「まあ、幕府を開くのは鎌倉とは限らん、どこでも良い。兎も角、あの男に一日も早よう征夷大将軍になってもらい、幕府を開いて欲しいのじゃ」
「何故、御辺はそのような大それたことを企んだのじゃ」
「鎌倉も腐っておった。故に、御家人共に見放された。我と同じように御家人共は主上にお味方致した。しかしじゃ、主上を取り巻く公家共はもっと腐っておった。彼奴らは武士の何たるかを知らぬ」
「当たり前じゃ、あの者たちは我ら武士とは違う、公家じゃから」
「それ故、これ以上公家の世が続くことに耐えられず、我は足利に味方することに決めたのじゃ」
 道誉は円心に私見を伝えた。
「勝手なことを……帝は、帝は如何にお考えなのじゃ」
 円心が尋ねると、道誉は腕を組んで低い声で唸った。
「恐らく足利殿が幕府を開くことをお許しにはならんであろう」
「ふむっ!? すると何れは帝と袂を分かつ日が来ると申すのか、佐渡殿……?」
「ああ」
 道誉は小さく頷いた。
「朝敵の汚名を着ることになるぞっ、佐渡殿」
「知れたことっ、我が先祖佐々木四郎左衛門尉信綱公は、去る承久の乱の折、北条得宗家二代義時公に従い後鳥羽院と戦った。我もまた官軍相手に一戦交えることに何の躊躇いもないっ!」
 道誉はカッと目を見開き、腹の底から声を発した。
「相分かった。御辺のお覚悟、この円心、確と承った」
「ならば赤松殿も我らと共に立ち上がるご所存か」
「…………」
 円心は首を縦に振ることも横に振ることもなかった。
 つまりこの時点ではまだ心が定まっていないのだ。
「赤松殿っ」
 道誉は円心に迫った。
「安心致されよ、佐渡殿。本日、ここで身共が聞いたことは全て忘れよう」
 円心の言葉を聞き、道誉は黙って頭を下げた。
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