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第六章
四
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建武三年(一三三六)、一月三日。
敗走する新田義貞の軍勢を追って、足利尊氏率いる軍勢は近江国に入り都に迫った。
前方に、頂きに雪を抱く比叡山が見えた。
「ここは我が庭先でござる」
尊氏と軍馬と並べ進む道誉は、些か顔を綻ばせながら言った。
「瀬田の唐橋を渡り、叡山を越えれば主上のおわす京の都じゃ」
破顔する道誉に比べ、馬上の尊氏は相変わらず陰鬱な表情のまま馬の手綱を握っている。
「上様、物見を放ってござる。間もなく戻って来る頃……」
道誉に倣い、近頃では足利家家宰の師直も、尊氏のことを上様と呼んでいた。
「身共は征夷大将軍ではない」
尊氏は自嘲気味に言った。
「その手筈は既に整っておりまする」
師直は、後醍醐天皇に廃位された先帝光厳上皇を通じ、叛乱の正統性を得る工作を行っていた。
「我らも錦の御旗を賜ると致しましょう」
師直は後醍醐天皇に対抗すべく、光厳上皇の権威を利用することを提案した。
「新田も官軍、我らも官軍か……これは面白い。流石は当代きっての婆沙羅者と謳われた高殿じゃ」
馬の手綱を握ったまま、道誉は甲高い笑い声を発した。
「いやいや、我らなど佐渡殿には敵いませぬ」
師直は愛想笑いを浮かべた。
そこへ物見に遣っていた斥候が帰って来た。
馬上のまま、
「敵方新田勢は、瀬田の唐橋を背に陣取っておりまする。その数、凡そ一万八千っ」
と言上した。
「相分かった」
斥候の報告を受け、師直は振り返り主君尊氏の采配を確かめる。
「上様、如何致しましょうか」
「数の上では三万を越す我が勝っておる。だが油断は禁物じゃ、気を引き締めて参れ」
「仰せの儀、ご尤も」
馬上の師直は畏まった。
「新田は唐橋を焼き払いますかな」
道誉が尋ねると、尊氏は何喰わぬ表情のまま、
「あの男は何よりも武士としての体面を気にする。天竜川の時と同じように、橋を焼き払うことはないであろう」
と意見を口にした。
先の箱根・竹之下の戦いで敗者となった新田義貞は、足利方の追撃を躱し伊豆で軍勢を建て直すと京へ向かった。その途中、天竜川に差し掛かった折、急遽、川に橋を架け渡った。全軍が渡り終えると、部下の一人が、
「足利方が渡れぬように橋を切り落としましょう」
と進言したが、義貞という男は、
「橋を切り落とすのは軍略の一つであるが、敵方に焦っているから橋を切り落とし逃げたと思われることは末代までの恥辱。また、遅れて来る味方のためにも橋は残しておかねばならない」
と、何よりも武士として体面を重んじた。
その折の逸話を思い出しながら道誉は含み笑いを浮かべた。
「身共に妙案がござる」
「ほう、佐々木殿に妙案がぁ? 聞こうではないか」
尊氏は興味あり気に目を大きく見開き、道誉を見やった。
「かの九郎判官義経が、旭日将軍木曽義仲を破った時と同じように、手勢を二手に分けては如何でござろうか」
「ん!? つまり一隊はこのまま瀬田の唐橋を渡り京へ攻め込み、もう一隊は瀬田の川を迂回し搦め手の宇治から攻める、ということか」
「然様でござる。流石は上様、武門の棟梁だけのことはある」
「佐々木殿、御辺に褒められても嬉しゅうもないわっ」
尊氏は大きく口を開けて白い歯を見せながら笑い出した。
つられ、道誉や師直たちも笑い声を上げた。
「して、佐渡殿、誰が搦め手を攻めるのじゃ」
と、それまで無言でこの様子を窺っていた堅物の直義が訊いた。
「御舎弟相模守殿には某らと共に、このまま瀬田の唐橋を挟んで新田勢と一戦に及んで頂きとうござる」
道誉は淡々と語った。
「ならば搦め手には身共が行くっ」
尊氏が言った。
「上様御自ら……」
「不服か左衛門尉」
と、尊氏は師直を凝視した。
「いいえ、滅相も」
師直はわざとらしくかぶりを振った。
瀬田の唐橋を巡る戦いは、一進一退の攻防を繰り広げた。直義率いる足利勢に対し、官軍を指揮したのは、後醍醐天皇の信任が厚い『三木一草』の一人、名和長年である。因みに残る三人は、楠木正成、結城親光、千種忠顕だ。
道誉も直義に従い足利方の主力部隊として、名和勢と戦った。
一方迂回し、搦め手となる宇治を攻めた尊氏には、足利家家宰の高兄弟が従った。対する官軍側は、楠木正成を総大将として足利勢と戦った。激戦の末、瀬田の唐橋を担当した直義の方も、宇治を攻めた尊氏の方も辛くも官軍に勝利することが出来た。
一月十日、戦いに敗れた後醍醐天皇は、側近と共に京を離れ比叡山に逃れた。
翌十一日、足利尊氏は主のいなくなった京に入った。
馬に跨り威風堂々と隊列を組んで都大路を行く尊氏の様は見事なものであった。
瀬田の唐橋を巡る戦いに勝利した直義や道誉も京に入った。
三条大橋の遥か上空を、鳶が円を描き飛んでいた。その鳶を、突然二羽のカラスが襲った。縄張りに入った鳶を追い払おうと、カラスは嘴を使い執拗に攻撃を加える。鳶は堪らず滑空し、鴨川の河原へ逃げ込む。だが、二羽のカラスは連係し、鳶に容赦のない攻撃を加えた。
その様子を、橋の上から見ていた道誉は、
「カラスが鳶を襲うか……」
と感慨深げに言った。
「我らは鳶を襲うカラスのような者じゃ」
善観は呟くように言った。
「されば鳶が主上でござるか……」
「それを口にすればお終いじゃ。されど朝敵の汚名を着せられ賊徒となった我らには鳶ではなく本物の鷹が必要じゃ」
善観の言葉には少し毒があった。
同じ猛禽類でも、鳶と鷹とでは大違いだ。
道誉は、今上の帝である後醍醐天皇にまだ未練があるようだった。
「四郎、足利殿は鷹にはなれぬ。かの御仁は鷹匠じゃ」
「つまり鷹匠が飼う新しき鷹が必要ということでござるか、三郎の兄上」
道誉が兄善観に尋ねると、
「そういうことになるな。高左衛門尉師直殿は既に分かっておられる。策士よのう」
善観は意味ありげな含み笑いを浮かべ言った。
京を離れて以来、数ヵ月振りに道誉は京極高辻の館に戻った。
その夜だった。
道誉は、左肩に受けた矢の傷が悪化し、握り拳ほどの大きさに腫れ上がり化膿して熱を持った。
「未麻よ。暫くは動けぬようじゃ……」
道誉は看病に当たった愛妾に言った。
「追っ付け、北畠殿が奥州から駆け付けて来られるとの噂があります。さすれ京の都は戦場となりまする。ここは危のうござります故、国許の方で養生なされまし」
「斯様な時に、上様を援けることが出来ぬとは……」
道誉は憮然と言うと嘆息を吐いた。
未麻が勧める通り、北畠勢が到着する前に、道誉は京極高辻の館を出て、領国北近江柏原の館に移った。
湖北は一面、雪に覆われ銀世界だった。
敗走する新田義貞の軍勢を追って、足利尊氏率いる軍勢は近江国に入り都に迫った。
前方に、頂きに雪を抱く比叡山が見えた。
「ここは我が庭先でござる」
尊氏と軍馬と並べ進む道誉は、些か顔を綻ばせながら言った。
「瀬田の唐橋を渡り、叡山を越えれば主上のおわす京の都じゃ」
破顔する道誉に比べ、馬上の尊氏は相変わらず陰鬱な表情のまま馬の手綱を握っている。
「上様、物見を放ってござる。間もなく戻って来る頃……」
道誉に倣い、近頃では足利家家宰の師直も、尊氏のことを上様と呼んでいた。
「身共は征夷大将軍ではない」
尊氏は自嘲気味に言った。
「その手筈は既に整っておりまする」
師直は、後醍醐天皇に廃位された先帝光厳上皇を通じ、叛乱の正統性を得る工作を行っていた。
「我らも錦の御旗を賜ると致しましょう」
師直は後醍醐天皇に対抗すべく、光厳上皇の権威を利用することを提案した。
「新田も官軍、我らも官軍か……これは面白い。流石は当代きっての婆沙羅者と謳われた高殿じゃ」
馬の手綱を握ったまま、道誉は甲高い笑い声を発した。
「いやいや、我らなど佐渡殿には敵いませぬ」
師直は愛想笑いを浮かべた。
そこへ物見に遣っていた斥候が帰って来た。
馬上のまま、
「敵方新田勢は、瀬田の唐橋を背に陣取っておりまする。その数、凡そ一万八千っ」
と言上した。
「相分かった」
斥候の報告を受け、師直は振り返り主君尊氏の采配を確かめる。
「上様、如何致しましょうか」
「数の上では三万を越す我が勝っておる。だが油断は禁物じゃ、気を引き締めて参れ」
「仰せの儀、ご尤も」
馬上の師直は畏まった。
「新田は唐橋を焼き払いますかな」
道誉が尋ねると、尊氏は何喰わぬ表情のまま、
「あの男は何よりも武士としての体面を気にする。天竜川の時と同じように、橋を焼き払うことはないであろう」
と意見を口にした。
先の箱根・竹之下の戦いで敗者となった新田義貞は、足利方の追撃を躱し伊豆で軍勢を建て直すと京へ向かった。その途中、天竜川に差し掛かった折、急遽、川に橋を架け渡った。全軍が渡り終えると、部下の一人が、
「足利方が渡れぬように橋を切り落としましょう」
と進言したが、義貞という男は、
「橋を切り落とすのは軍略の一つであるが、敵方に焦っているから橋を切り落とし逃げたと思われることは末代までの恥辱。また、遅れて来る味方のためにも橋は残しておかねばならない」
と、何よりも武士として体面を重んじた。
その折の逸話を思い出しながら道誉は含み笑いを浮かべた。
「身共に妙案がござる」
「ほう、佐々木殿に妙案がぁ? 聞こうではないか」
尊氏は興味あり気に目を大きく見開き、道誉を見やった。
「かの九郎判官義経が、旭日将軍木曽義仲を破った時と同じように、手勢を二手に分けては如何でござろうか」
「ん!? つまり一隊はこのまま瀬田の唐橋を渡り京へ攻め込み、もう一隊は瀬田の川を迂回し搦め手の宇治から攻める、ということか」
「然様でござる。流石は上様、武門の棟梁だけのことはある」
「佐々木殿、御辺に褒められても嬉しゅうもないわっ」
尊氏は大きく口を開けて白い歯を見せながら笑い出した。
つられ、道誉や師直たちも笑い声を上げた。
「して、佐渡殿、誰が搦め手を攻めるのじゃ」
と、それまで無言でこの様子を窺っていた堅物の直義が訊いた。
「御舎弟相模守殿には某らと共に、このまま瀬田の唐橋を挟んで新田勢と一戦に及んで頂きとうござる」
道誉は淡々と語った。
「ならば搦め手には身共が行くっ」
尊氏が言った。
「上様御自ら……」
「不服か左衛門尉」
と、尊氏は師直を凝視した。
「いいえ、滅相も」
師直はわざとらしくかぶりを振った。
瀬田の唐橋を巡る戦いは、一進一退の攻防を繰り広げた。直義率いる足利勢に対し、官軍を指揮したのは、後醍醐天皇の信任が厚い『三木一草』の一人、名和長年である。因みに残る三人は、楠木正成、結城親光、千種忠顕だ。
道誉も直義に従い足利方の主力部隊として、名和勢と戦った。
一方迂回し、搦め手となる宇治を攻めた尊氏には、足利家家宰の高兄弟が従った。対する官軍側は、楠木正成を総大将として足利勢と戦った。激戦の末、瀬田の唐橋を担当した直義の方も、宇治を攻めた尊氏の方も辛くも官軍に勝利することが出来た。
一月十日、戦いに敗れた後醍醐天皇は、側近と共に京を離れ比叡山に逃れた。
翌十一日、足利尊氏は主のいなくなった京に入った。
馬に跨り威風堂々と隊列を組んで都大路を行く尊氏の様は見事なものであった。
瀬田の唐橋を巡る戦いに勝利した直義や道誉も京に入った。
三条大橋の遥か上空を、鳶が円を描き飛んでいた。その鳶を、突然二羽のカラスが襲った。縄張りに入った鳶を追い払おうと、カラスは嘴を使い執拗に攻撃を加える。鳶は堪らず滑空し、鴨川の河原へ逃げ込む。だが、二羽のカラスは連係し、鳶に容赦のない攻撃を加えた。
その様子を、橋の上から見ていた道誉は、
「カラスが鳶を襲うか……」
と感慨深げに言った。
「我らは鳶を襲うカラスのような者じゃ」
善観は呟くように言った。
「されば鳶が主上でござるか……」
「それを口にすればお終いじゃ。されど朝敵の汚名を着せられ賊徒となった我らには鳶ではなく本物の鷹が必要じゃ」
善観の言葉には少し毒があった。
同じ猛禽類でも、鳶と鷹とでは大違いだ。
道誉は、今上の帝である後醍醐天皇にまだ未練があるようだった。
「四郎、足利殿は鷹にはなれぬ。かの御仁は鷹匠じゃ」
「つまり鷹匠が飼う新しき鷹が必要ということでござるか、三郎の兄上」
道誉が兄善観に尋ねると、
「そういうことになるな。高左衛門尉師直殿は既に分かっておられる。策士よのう」
善観は意味ありげな含み笑いを浮かべ言った。
京を離れて以来、数ヵ月振りに道誉は京極高辻の館に戻った。
その夜だった。
道誉は、左肩に受けた矢の傷が悪化し、握り拳ほどの大きさに腫れ上がり化膿して熱を持った。
「未麻よ。暫くは動けぬようじゃ……」
道誉は看病に当たった愛妾に言った。
「追っ付け、北畠殿が奥州から駆け付けて来られるとの噂があります。さすれ京の都は戦場となりまする。ここは危のうござります故、国許の方で養生なされまし」
「斯様な時に、上様を援けることが出来ぬとは……」
道誉は憮然と言うと嘆息を吐いた。
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