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第六章
三
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十二月八日、足利尊氏は八千の手勢を率いて鎌倉を発った。
鎌倉を発した尊氏の動きは迅(はや)かった。朝敵の汚名を甘んじて受ける覚悟を決めていたのだ。
尊氏が向かった先は、足柄峠の麓に広がる竹之下だ。直義は箱根に向かって進軍した。
一方、新田義貞も三島で軍勢を二手に分けた。そもそもこれが間違いだった。
義貞自ら箱根に向かい、実弟脇屋義助と上将軍尊良親王を竹之下に派遣した。
「足利殿が起たれた」
と道誉は兄善観から報告を受ける。
「然らば兄上、我らは手筈通り新田勢を背後から衝く」
十一日、竹之下での合戦は、清和源氏の棟梁たる尊氏の参戦によって勢い付いた足利勢の大勝で終わった。勢いに乗った足利勢は、箱根に向けて進軍し、新田勢との直接対決となった。
十二日、佐野山の戦いに於いて京方新田勢に加わり参戦していた大友貞載と塩冶高貞らが、突如足利勢に寝返った。
「怯むなぁーーーーっ! 押し出せぇーーーーっ!」
馬上の義貞は、不利な戦局を打破するため、自ら矢面に立ち足利勢相手に果敢に攻め立てた。
しかし、総大将の意に反し、数の上で圧倒する足利勢に気圧され、前線で戦う雑兵共は敵に背を向け始めた。
「退くなっ! 弾く奴はこの儂が斬り捨てるっ!」
鬼の形相で叫ぶ義貞は太刀を抜き、全軍に鼓舞する。
「頃合いでござるな」
新田勢の第二陣として足利勢相手に戦っていた道誉率いる佐々木勢は、突如その矛先を新田義貞本隊に向けた。
土煙が冬の箱根の地に上がった。
道誉を先頭に、江州佐々木勢が一塊になって新田勢の背後から襲い掛かった。
「佐々木判官っ謀叛っ!」
義貞の近習が叫んだ。
「しまった……してやられた。小癪な奴め……」
義貞は苦渋に満ちた表情を作り、手綱を引いて馬の腹を蹴った。
佐々木勢の裏切りによって新田勢は総崩れとなり、潰走を始めた。
「追えっ! 新田小太郎義貞を取り逃がすなっ!」
道誉は麾下の将兵たちに檄を飛ばした。
潰走する敵兵に追撃を掛ける。
道誉自ら弓を引いて、敗走する新田勢に矢を射掛ける。
一引き両の旗が戦場のあちらこちら倒れている。その代わりに、二引き両の旗が樹っていた。
尊氏率いる足利本隊も、追撃戦に加わり、潰走する新田勢に襲い掛かった。
「やはりあの御仁は戦場がよう似合うておる」
水を得た魚のような生き生きとした動きを見せる尊氏の姿を捉え、道誉は思わず笑ってしまった。
「我らも足利勢に続けっ!」
道誉の兄善観が檄を飛ばした。
「応っ」
それに呼応し、雑兵たちが新田勢に向かいって突進した。
「勝ったな……四郎」
「ええ、勝ちましたな兄上」
「これで討死した者共も浮かばれるであろう」
「…………」
先の手越河原の戦いで討死した弟の貞満のことを思い出し、道誉は涙ぐんだ。
夕刻には完全に勝敗が決した。敗れた京方新田勢は、尊良親王の近侍であった中将二条為冬を喪った。
戌の刻(午後八時頃)。
二引き両の陣幕をたくし上げ、大鎧に身を固めた道誉が足利本陣に入った。
先頃まで空席だった総大将が座る正面中央の床机には、先祖伝来の大鎧を纏った尊氏の姿がった。
「上様、戦勝、おめでとうござりまする」
道誉は尊氏に勝利の祝いの言葉を述べた。
「佐々木佐渡殿。御辺が遣わしたあの雑色、ほんに恐ろしき男であった」
「はぁ?」
師直が首を傾げる。
「左衛門尉、佐渡殿はのう、もしもこの俺が起たねば、あの者にこの首を跳ねよ、と命じていたのじゃ」
尊氏は首筋を摩りながら言った。
「それはまことの話でござるか……!?」
唖然とした表情を作り師直は道誉を見詰めた。
すると、道誉は涼しい顔で小さく頷き、
「ああ。上様の首級を持参し、主上の許に降るつもりでござった」
「この痴れ者がっ!?」
同席する足利一門の義満が激昂した。
「待て、吉良殿」
と尊氏が義満を制した。
「佐々木殿の脅しがなければ身共は今頃でも、扇ガ谷にて不貞寝を決めていた」
「さすれば我らは皆、新田勢の餌食になっておったのう」
直義がしみじみと言った。
師直は相槌を打ち、
「この命、佐々木佐渡殿に救われたようなもの」
と付け加えた。
「さりとて、もそっと早く上様がお起ち遊ばせば、命を失わずに済んだ者も多くいた筈」
「そう言えば、佐渡殿、御舎弟が手越河原の戦いにて討死なされたと聞き及んでござる。お悔やみ申し上げる」
師直は道誉の沈んだ双眸を見ながら言った。
「高殿、忝い。あれも戦場で死んだのであるから本望でござろう」
道誉は軽く頭を下げた。
「許されよ佐々木殿」
尊氏は道誉に詫びを入れた。
「この戦では多くの者が亡くなった。かの者たちが成仏出来るように、我らは速やかに京に攻め上り、鎌倉に代わる新たな武家政権を築かねばなりませんっ」
「そうじゃ、佐々木殿が申される通りじゃ。方々、斯様なところで足踏みしておる場合でござらん」
床机から立ち上がると、師直は煌々と燃え盛る篝火を背にして力強く言った。
この箱根・竹之下の戦いで大勝した足利勢は、そのままの勢いで新田勢を追って西に進軍した。
鎌倉を発した尊氏の動きは迅(はや)かった。朝敵の汚名を甘んじて受ける覚悟を決めていたのだ。
尊氏が向かった先は、足柄峠の麓に広がる竹之下だ。直義は箱根に向かって進軍した。
一方、新田義貞も三島で軍勢を二手に分けた。そもそもこれが間違いだった。
義貞自ら箱根に向かい、実弟脇屋義助と上将軍尊良親王を竹之下に派遣した。
「足利殿が起たれた」
と道誉は兄善観から報告を受ける。
「然らば兄上、我らは手筈通り新田勢を背後から衝く」
十一日、竹之下での合戦は、清和源氏の棟梁たる尊氏の参戦によって勢い付いた足利勢の大勝で終わった。勢いに乗った足利勢は、箱根に向けて進軍し、新田勢との直接対決となった。
十二日、佐野山の戦いに於いて京方新田勢に加わり参戦していた大友貞載と塩冶高貞らが、突如足利勢に寝返った。
「怯むなぁーーーーっ! 押し出せぇーーーーっ!」
馬上の義貞は、不利な戦局を打破するため、自ら矢面に立ち足利勢相手に果敢に攻め立てた。
しかし、総大将の意に反し、数の上で圧倒する足利勢に気圧され、前線で戦う雑兵共は敵に背を向け始めた。
「退くなっ! 弾く奴はこの儂が斬り捨てるっ!」
鬼の形相で叫ぶ義貞は太刀を抜き、全軍に鼓舞する。
「頃合いでござるな」
新田勢の第二陣として足利勢相手に戦っていた道誉率いる佐々木勢は、突如その矛先を新田義貞本隊に向けた。
土煙が冬の箱根の地に上がった。
道誉を先頭に、江州佐々木勢が一塊になって新田勢の背後から襲い掛かった。
「佐々木判官っ謀叛っ!」
義貞の近習が叫んだ。
「しまった……してやられた。小癪な奴め……」
義貞は苦渋に満ちた表情を作り、手綱を引いて馬の腹を蹴った。
佐々木勢の裏切りによって新田勢は総崩れとなり、潰走を始めた。
「追えっ! 新田小太郎義貞を取り逃がすなっ!」
道誉は麾下の将兵たちに檄を飛ばした。
潰走する敵兵に追撃を掛ける。
道誉自ら弓を引いて、敗走する新田勢に矢を射掛ける。
一引き両の旗が戦場のあちらこちら倒れている。その代わりに、二引き両の旗が樹っていた。
尊氏率いる足利本隊も、追撃戦に加わり、潰走する新田勢に襲い掛かった。
「やはりあの御仁は戦場がよう似合うておる」
水を得た魚のような生き生きとした動きを見せる尊氏の姿を捉え、道誉は思わず笑ってしまった。
「我らも足利勢に続けっ!」
道誉の兄善観が檄を飛ばした。
「応っ」
それに呼応し、雑兵たちが新田勢に向かいって突進した。
「勝ったな……四郎」
「ええ、勝ちましたな兄上」
「これで討死した者共も浮かばれるであろう」
「…………」
先の手越河原の戦いで討死した弟の貞満のことを思い出し、道誉は涙ぐんだ。
夕刻には完全に勝敗が決した。敗れた京方新田勢は、尊良親王の近侍であった中将二条為冬を喪った。
戌の刻(午後八時頃)。
二引き両の陣幕をたくし上げ、大鎧に身を固めた道誉が足利本陣に入った。
先頃まで空席だった総大将が座る正面中央の床机には、先祖伝来の大鎧を纏った尊氏の姿がった。
「上様、戦勝、おめでとうござりまする」
道誉は尊氏に勝利の祝いの言葉を述べた。
「佐々木佐渡殿。御辺が遣わしたあの雑色、ほんに恐ろしき男であった」
「はぁ?」
師直が首を傾げる。
「左衛門尉、佐渡殿はのう、もしもこの俺が起たねば、あの者にこの首を跳ねよ、と命じていたのじゃ」
尊氏は首筋を摩りながら言った。
「それはまことの話でござるか……!?」
唖然とした表情を作り師直は道誉を見詰めた。
すると、道誉は涼しい顔で小さく頷き、
「ああ。上様の首級を持参し、主上の許に降るつもりでござった」
「この痴れ者がっ!?」
同席する足利一門の義満が激昂した。
「待て、吉良殿」
と尊氏が義満を制した。
「佐々木殿の脅しがなければ身共は今頃でも、扇ガ谷にて不貞寝を決めていた」
「さすれば我らは皆、新田勢の餌食になっておったのう」
直義がしみじみと言った。
師直は相槌を打ち、
「この命、佐々木佐渡殿に救われたようなもの」
と付け加えた。
「さりとて、もそっと早く上様がお起ち遊ばせば、命を失わずに済んだ者も多くいた筈」
「そう言えば、佐渡殿、御舎弟が手越河原の戦いにて討死なされたと聞き及んでござる。お悔やみ申し上げる」
師直は道誉の沈んだ双眸を見ながら言った。
「高殿、忝い。あれも戦場で死んだのであるから本望でござろう」
道誉は軽く頭を下げた。
「許されよ佐々木殿」
尊氏は道誉に詫びを入れた。
「この戦では多くの者が亡くなった。かの者たちが成仏出来るように、我らは速やかに京に攻め上り、鎌倉に代わる新たな武家政権を築かねばなりませんっ」
「そうじゃ、佐々木殿が申される通りじゃ。方々、斯様なところで足踏みしておる場合でござらん」
床机から立ち上がると、師直は煌々と燃え盛る篝火を背にして力強く言った。
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