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序章
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「……も、燃える。燃えてしまう。於市様が、儂の於市様が……小六、何とか致せ。お前ゃさあは、美濃川並衆蜂須賀党の頭であろう。そうじゃ又左殿、槍の又左と謳われた其方に頼みがござる。ご、後生でござる。どうかこの猿めの願いをお聞き下され。何卒於市様のお命を……」
羽柴筑前守秀吉は、漆黒の闇の中紅蓮の炎に包まれた越前北ノ庄城を茫然と見詰めたまま、人目も憚らず号泣した。
轟音とともに北ノ庄城の天守閣が崩れ落ちた。この瞬間、秀吉は名実ともに信長亡きあとの織田家の第一人者となった。しかし、彼の心は決して晴れることはなかった。
秀吉は漆黒の闇を焦がす劫火に向かって咆哮し続けた。
「お、於市様が、儂の於市様が……燃えてしまう。あぁぁ……於市様ぁーっ!!」
秀吉は床机から転げ落ち、涙と鼻水と涎を垂らしながら、六本の指で土を掻き、地蟲の如く地面を這いながら嗚咽した。
「於市様が……儂の於市様が……」
伏見城本丸御殿の寝所の寝台の上で熱に魘された秀吉は、譫言のように何度も何度のその女性の名を口にした。
「殿下。お気を確かに」
側室の一人が、秀吉の皺だらけの六本の指を握った。
秀吉の身体からは、生きながらにして既に死臭が漂っていた。
「於市様。於市様ぁーっ!!」
「殿下、お気を確かに、妾はお母上ではありませぬ、茶々でございまする」
「茶々? おう、そうじゃ、此方はお茶々殿じゃ。儂はのう、儂は恐ろしい夢を見たのじゃ、越前北ノ庄城が燃える夢を……」
秀吉は寝言のように口走ったあと、再び悪夢の中へ引き摺り込まれていった。
「猿っ! その方、よくも家来の分際で儂の倅どもを殺めてくれたのぉ! 手討ちにしてくれようぞっ!」
「お、お屋形様……。お許し下されまし。何卒、この猿めを、お許し下されまし」
突如、飛び上がるようにして、寝台の上で身を起こした秀吉は、諸大名が見守る最中にも拘らず、まるで目の前に主君織田信長が居るかの如くその場で恭しく平伏した。
「お屋形様、猿めを、この藤吉郎秀吉めをお許し下さいっ!」
熱で魘された秀吉は、全身をぶるぶると震わせながら、目の前に立つ信長の亡霊に命乞いを始めた。
「殿下、お気を確かに。信長公は、伯父上は既に亡くなっておられます」
淀の方は、凛とした表情を崩すことなく明瞭な言葉で告げた。
「……お屋形様は、死んだ? おう、そうであった。憎き惟任日州めの手によって京本能寺に於いてご生涯遊ばせたのじゃった。儂はお屋形様の仇を討ち、天下人となったのじゃ。おう、そうであったそうであった」
「殿下、お身体に障りまする。ささ、横におなり遊ばせ」
淀の方は、秀吉の身体を支えながら寝台の上に寝かしつけた。
「世話を掛ける、済まぬのう、お茶々……」
秀吉は満面の笑みを作り、何度も何度も淀の方に詫びた。
すると、天女か菩薩かと見紛うような淀の方の美しいその顔が、突如般若の如き恐ろしい貌に豹変した。
「猿。早う死ね……」
淀の方は、秀吉の耳元でまるで呪文でも唱えるかのように囁いた。
「茶々……」
目の前で自分の皺くちゃの六本の指を握る愛妾の顔に、その母親の顔が重なった瞬間、太閤豊臣秀吉は我が身が呪われていることに漸く気がついた。
羽柴筑前守秀吉は、漆黒の闇の中紅蓮の炎に包まれた越前北ノ庄城を茫然と見詰めたまま、人目も憚らず号泣した。
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秀吉は漆黒の闇を焦がす劫火に向かって咆哮し続けた。
「お、於市様が、儂の於市様が……燃えてしまう。あぁぁ……於市様ぁーっ!!」
秀吉は床机から転げ落ち、涙と鼻水と涎を垂らしながら、六本の指で土を掻き、地蟲の如く地面を這いながら嗚咽した。
「於市様が……儂の於市様が……」
伏見城本丸御殿の寝所の寝台の上で熱に魘された秀吉は、譫言のように何度も何度のその女性の名を口にした。
「殿下。お気を確かに」
側室の一人が、秀吉の皺だらけの六本の指を握った。
秀吉の身体からは、生きながらにして既に死臭が漂っていた。
「於市様。於市様ぁーっ!!」
「殿下、お気を確かに、妾はお母上ではありませぬ、茶々でございまする」
「茶々? おう、そうじゃ、此方はお茶々殿じゃ。儂はのう、儂は恐ろしい夢を見たのじゃ、越前北ノ庄城が燃える夢を……」
秀吉は寝言のように口走ったあと、再び悪夢の中へ引き摺り込まれていった。
「猿っ! その方、よくも家来の分際で儂の倅どもを殺めてくれたのぉ! 手討ちにしてくれようぞっ!」
「お、お屋形様……。お許し下されまし。何卒、この猿めを、お許し下されまし」
突如、飛び上がるようにして、寝台の上で身を起こした秀吉は、諸大名が見守る最中にも拘らず、まるで目の前に主君織田信長が居るかの如くその場で恭しく平伏した。
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熱で魘された秀吉は、全身をぶるぶると震わせながら、目の前に立つ信長の亡霊に命乞いを始めた。
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