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第一章
十一
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その頃、那古屋城本丸主殿の奥書院では、信光が近習たちと密談していた。
「孫八郎の様子は如何じゃ」
「これと言って特に変わった様子は」
「然様か……」
「やはり直に会って、彼奴に問い質すしか他に術はないであろう」
「某らは如何致しましょうか」
「抜刀したまま次の間で控えておれ。儂の合図があり次第、彼奴めを成敗致せ」
「ははぁっ」
腕に覚えのある近習たちは信光の厳命を受け、仰々しく頭を下げた。そしてすぐさま行動に移した。
近習たちが去ったあと、
「して……我が室は、今何処じゃ」
信光は訝し気に眉根を寄せると、傍に侍る小姓の一人に訊ねる。
「昼前にお出掛けになられたきり、未だお戻りにはなられておりませぬ」
「亡き義父の御霊を弔うため、経を上げると申して出掛けたそうじゃが……」
最初、信光は妻が坂井孫八郎と密会する目的で城を抜け出したと思っていたのだが、その密通相手である当人の孫八郎は、今現在登城し謁見の間で待機している。しかも彼是半刻(約一時間)近く待っている。にも拘らず北の方は、城に戻った気配もなく、そればかりか行方すら分からないのだ。
これには些か信光も困惑していた。
「さて、いつまでもこうしておっても何も始まらぬ。孫八郎の詮議を致すとするか」
独り言のように口にすると、信光は腰を上げた。
小姓が障子を開ける。
信光は廊下へ出て、書院から謁見の間へ足を運んだ。
孫八郎が待つ謁見の間に入ると、彼は床板に頭を垂れ額ずいていた。
「待たせたな孫八郎……」
額ずく孫八郎の背中を見やり、低い声で告げると、信光は上座に着いた。
「面を上げよ」
「ははっ」
孫八郎はゆっくりと顔を上げた。訝し気に主君信光の双眸を見やる。
「火急に登城致せとは、殿、一体某に何用がござるのか」
「まあ、そう硬くなるな……」
信光は唇の端に薄い笑いを作り告げた。
「本日、その方を召し出したるは儂の儀にあらずっ」
信光は扇子で孫八郎を差しながら語気を荒げる。
すると忽ち孫八郎は狼狽え、困惑したように首を傾げる。
「と、殿……、某に一体どのような落ち度が……」
「噂は既に我が身に入っておる。孫八郎、その方家来の分際で我が室と通じておるそうじゃのぉっ!?」
既に激昂している信光は、両肩を震わせつつ一歩前に身を乗り出し、大音声を発して問い詰めた。
「はぁっ……!? 某がお方様と……? 殿、世迷言を申されまするな」
孫八郎は顏を紅潮させ、素早くかぶりを振って否定する。
「その方が我が室と密会しているところを、この目で見たと申し出た者もおるっ」
「……ぬ、濡れ衣でござる。この孫八郎、神仏に誓って不義密通などと大それたことしておりませぬっ」
憤慨した孫八郎は怒りにませ、大声を張り上げた。
「孫八郎っ、その方主君である儂に楯突く所存かぁっ!?」
信光の咆哮とともに、別室に待機していた家臣が雪崩れ込んで来た。彼らは既に抜刀した状態だった。
「くくく……、殿は端から某を斬るおつもりでござったか……」
皆まで言わないうちにこの状況を理解した孫八郎は脇差を抜いた。自分よりも身分の高い者に会う場、帯刀してはいけないので、孫八郎はこの場に太刀を持参していない。
それに比べ討手方四人は皆、太刀を正眼に構え、孫八郎を取り囲んでいる。少し不利な状態ではあるが、これも仕方がない。
「不届き者坂井孫八郎を成敗致せっ」
信光の厳命を受けた家臣が斬り掛かった。
しかし、腕に些か覚えのあった孫八郎は、一人めの攻撃を躱し、逆にその男を返り討ちにした。倒した男の手から太刀を奪い取り、孫八郎は次々と討手を斬り捨てた。
最初、簡単に始末がつくと思っていた信光も、目の前で追手が討たれる様を目撃し、俄かに焦り出した。
「ま、待て……孫八郎……。お、落ち着けぇぇ……」
腰を抜かした信光は、恐怖で顔を歪ませ、後退った。背中が壁に当たり、もうこれ以上後ろに下がることが出来ない。
「殿、某、決してお方様と不義密通など致しませぬ。信じて頂けぬとは無念でござる。お覚悟召されませ」
「ま、待てぇっ。は、早まるなぁぁ……孫八郎ぉぉ……」
信光は己の非を認めるかのように命乞いをしたが、孫八郎は聞く耳を持たなかった。
白刃が頭上に光った。
享年四十。
織田信光は不慮の死を遂げた。
「孫八郎の様子は如何じゃ」
「これと言って特に変わった様子は」
「然様か……」
「やはり直に会って、彼奴に問い質すしか他に術はないであろう」
「某らは如何致しましょうか」
「抜刀したまま次の間で控えておれ。儂の合図があり次第、彼奴めを成敗致せ」
「ははぁっ」
腕に覚えのある近習たちは信光の厳命を受け、仰々しく頭を下げた。そしてすぐさま行動に移した。
近習たちが去ったあと、
「して……我が室は、今何処じゃ」
信光は訝し気に眉根を寄せると、傍に侍る小姓の一人に訊ねる。
「昼前にお出掛けになられたきり、未だお戻りにはなられておりませぬ」
「亡き義父の御霊を弔うため、経を上げると申して出掛けたそうじゃが……」
最初、信光は妻が坂井孫八郎と密会する目的で城を抜け出したと思っていたのだが、その密通相手である当人の孫八郎は、今現在登城し謁見の間で待機している。しかも彼是半刻(約一時間)近く待っている。にも拘らず北の方は、城に戻った気配もなく、そればかりか行方すら分からないのだ。
これには些か信光も困惑していた。
「さて、いつまでもこうしておっても何も始まらぬ。孫八郎の詮議を致すとするか」
独り言のように口にすると、信光は腰を上げた。
小姓が障子を開ける。
信光は廊下へ出て、書院から謁見の間へ足を運んだ。
孫八郎が待つ謁見の間に入ると、彼は床板に頭を垂れ額ずいていた。
「待たせたな孫八郎……」
額ずく孫八郎の背中を見やり、低い声で告げると、信光は上座に着いた。
「面を上げよ」
「ははっ」
孫八郎はゆっくりと顔を上げた。訝し気に主君信光の双眸を見やる。
「火急に登城致せとは、殿、一体某に何用がござるのか」
「まあ、そう硬くなるな……」
信光は唇の端に薄い笑いを作り告げた。
「本日、その方を召し出したるは儂の儀にあらずっ」
信光は扇子で孫八郎を差しながら語気を荒げる。
すると忽ち孫八郎は狼狽え、困惑したように首を傾げる。
「と、殿……、某に一体どのような落ち度が……」
「噂は既に我が身に入っておる。孫八郎、その方家来の分際で我が室と通じておるそうじゃのぉっ!?」
既に激昂している信光は、両肩を震わせつつ一歩前に身を乗り出し、大音声を発して問い詰めた。
「はぁっ……!? 某がお方様と……? 殿、世迷言を申されまするな」
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「……ぬ、濡れ衣でござる。この孫八郎、神仏に誓って不義密通などと大それたことしておりませぬっ」
憤慨した孫八郎は怒りにませ、大声を張り上げた。
「孫八郎っ、その方主君である儂に楯突く所存かぁっ!?」
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「くくく……、殿は端から某を斬るおつもりでござったか……」
皆まで言わないうちにこの状況を理解した孫八郎は脇差を抜いた。自分よりも身分の高い者に会う場、帯刀してはいけないので、孫八郎はこの場に太刀を持参していない。
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