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啓春花
第四話
しおりを挟む第四話
反転した結界がもう一度反転し、世界が元の姿を取り戻す。次の瞬間、秋霖の姿が再び廃屋に現れた。
「顧先輩……!」
「あの深鬼は?!討たれたのですね?!」
沈奕と荘涛が駆け寄り、安堵の色を浮かべる。その背後、百骨盃酒は姿を隠したまま、秋霖の背後に潜んでいた。二人はその存在に気づかない。
秋霖は懐に手を当て、鬼魂の温もりを確かめるように一瞬だけ指先を触れさせたあと、周囲の様子に目を向けた。
「二人とも無事ですか。……怨鬼は?」
「先輩、呪詛はほぼ除去しました。ただ、強い未練が残っているようで、鎮魂が難航しています」
沈奕が指さす方、陣を張った中心にはひとりの女の亡霊が静かに座り込んでいた。顔を伏せ、動くこともなく、ただそこに在る。
彼女がこの怨鬼の核、深い未練の本体だった。
「……なるほど」
秋霖は歩み寄り、陣の中央に立つ。亡霊の上にそっと手をかざすと、瞬く間に強烈な怨念が流れ込み、過去の記憶が視界に広がった。
――廃屋がかつて于家の美しい屋敷だった時代。
成功した商家であった于家は、ある官僚と繋がりを持っていた。だがその官僚が罪を暴かれると、于家は口封じのため“盗賊”から襲撃を受けた。
幼い子どもも、使用人も、皆殺された。女の亡霊は、その家の母親であり、深い愛と哀しみを抱え、なお地に縛られた魂。
本来ならば仇が滅び、成仏するはずだった彼女の魂は、薬幽堂の者たちによって呪詛の核にされ、再び怨念の炎を灯されたのだ。
「……夫人よ」
秋霖は静かに語りかける。
「貴女の子たちは、すでに天に還り、また新たな命として歩みを始めています。それなのに、貴女がここにとどまれば、彼らも貴女もまことの安らぎを得ることはできない」
かざしていた手をゆるやかに握りしめ、それから開く。霜曜槍の霊力を帯びた霜花が、光とともにふわりと舞い、亡霊を優しく包み込む。
天吏は、天と人をつなぐ者。たとえその相手が、迷える魂であろうとも。
女の亡霊は身を縮め、嗚咽を漏らすような仕草をした。だが、その声は届かない。ただ、静かに、涙のような霊気が舞い散り、やがてその姿は霜花に包まれて、消えていった。
魂はようやく安らぎを得たのだ。
美しい霜花の光景にしばし見とれていた沈奕と荘涛は、はっと我に返ると秋霖のもとへ駆け寄った。
「ありがとうございます、顧先輩。あの方の魂は、きっと救われました」
「先輩……! この荘涛、心より感服いたしました!」
はしゃぐような荘涛の言葉に、秋霖は思わず目を瞬かせる。
「ふ、二人こそ……よくやってくれました」
「顧先輩!先輩こそ命の恩人です!そのような堅苦しい態度はやめて、ぜひ我々を導いてください!」
先ほどまでの緊張と警戒心はすっかり消えていたようで、きらきらとまっすぐな若者のまなざしに、秋霖は少したじろぎながらも苦笑した。
「薬幽堂の道士が鬼だった以上、祓魔剣の捜索は今以上に大きな危険を伴うだろう……一度霄嶺山へ戻り、君たちの師尊に報告したほうが良い」
「そうさせていただきます」
沈奕が答え、二人は顔を見合わせてから頷いた。秋霖は言い聞かせるように続ける。
「それと……私のことはあまり話さないでくれ。隠遁中の身なのだが、下山していることが知れれば、余計な波が立つかもしれない」
「……先輩、もちろんです。俺に任せてください!」
力強く返事をした沈奕と荘涛は、秋霖に礼をして廃屋を後にし、闇夜の中へと姿を消した。
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