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啓春花
第四話(二)
しおりを挟む彼らの気配が完全に遠ざかったのを確認すると、秋霖もその場を離れ、静かに歩き出す。
向かうのは、かつてより馴染みのある場所――洛璃の都から少し離れた山間、楓台山だ。楓台山の中腹には朱華寺がある。
その近くを流れる清らかな川は、やがて洛璃河へと注ぐ。上流には紅葉の名所があり、秋には楓が燃えるように色づき、川面を朱に染めることから人々はその水辺を「朱川」と呼んでいた。
そこは秋霖にとって、人界でひそやかに心と体を癒せる場所だった。神聖な霊域は天吏の霊力を高め、穢れを祓ってくれる。
「……へぇ、美しい場所だな。このまま浄化されて消えてしまいそうだ」
秋霖の背後、ひっそりと姿を現した百骨盃酒が、流れる川と楓の木々を見渡すように言った。その声に秋霖は振り返らず、静かに目を閉じたまま、朱川の音に耳を澄ませていた。
「お前が于家の屋敷にいたのは、夫人の亡霊を気にかけていたからか」
秋霖の問いに、百骨盃酒は鼻で笑った。
「この俺様が、あんな亡霊に情けをかけるとでも?」
そう言いながらも、その声音にはどこか含みがあった。
「あの猛鬼が気に食わなかった。それだけさ。……だが、あの夫人にとって薬幽堂の連中が恨めしい相手だったのは間違いないだろうよ。仇を討つことになったのはただの成り行きだ」
そして鬼はぽつりと呟いた。
「怨念は復讐でしか祓えない」
秋霖はゆっくりと目を開き、静かに鬼の方へと向き直る。
「……薬幽堂の者たちは、土地に残るわずかな亡霊にまで強力な呪詛を与え、怨鬼を生み出し、それを祓魔剣の封印に利用していたのだろう。
おそらく、薬幽堂を中心に剣の力を封じる魔封陣を張り、祓魔の力と怨鬼の怨念をぶつけるようにして、四つの地点を順に移動しながら封印を施した。
霊気ではなく人の生気を陣に使い、使い終えた死体を呪で処理すれば、痕跡はほとんど残らない……」
ひと息置き、秋霖は低く呟く。
「……むごいことをする」
人に害をなす鬼は天吏として祓わなければならない。百骨盃酒は、秋霖の気迫に肩をすくめるように言った。
「……なるほど。だが、結局のところあんたたちが探してる祓魔剣の行方はまだ掴めてないんだな」
この鬼はどうやら、沈奕達が祓魔剣の捜索をしていた時から屋敷の近くにいたようだ。
秋霖は無言のまま、懐に手を入れ、ぬくもりの残る鬼魂をそっと握る。
「……私がお前をここへ連れてきたのは、お前に“利用価値”があるかどうかを見極めるためだ」
「おいおい、そんな怖い顔するなよ。天吏様」
百骨盃酒は両腕を組み、傍らの楓の幹にもたれかかる。
「…そもそもあんたが俺の結界に望んで入ってきたときから、何か訊きたいことがあるんだろうと気づいてたさ。だって用がなけりゃ、最初から本気を出して早々に俺を片付けていただろう」
どこか軽薄に見えて、落ち着いた声色で続ける。
「俺が自分から負けを認めたのはな、拷問されるよりかは素直に従った方が得策だと判断したからだ。別に脅さなくたって、言うことくらい聞いてやる」
そして、面越しに秋霖を見やる。
「……あんたは、“鬼の協力者”が欲しかったんだろう?」
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