猛獣使いの幸せ探し

獅月 クロ

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月上がりが枝の隙間から差し込んだ森は、足元を照らすほどに明るかった
光る花がそこら中にあって、神秘的でここがもう死後の世界でもいいと思えるぐらい綺麗だった

夜行性のウサギや鹿は此方を伺う様に見つめ
浮遊する虫達は、淡く光を放ち
まるでホタルのような光だと思う
優しくて、それにて力強く生きてる物の光

私には眩し過ぎれる程に美しいものだ

どのぐらい歩いたか分からないが、痛みと共に空腹で足が止まる

「 嫌だな……。こんな時でも、お腹すくなんて…… 」

3日前にツナマヨおにぎりを一つ食べたぐらい
その後は食欲が無くて食べる気が無いまま家の中で引き篭もって自害を企みていた
残った所持金を使い果たしてタクシーを乗ってあそこまで来たから、お金は無い

歩いてて分かったけど、食べるような物は分からないしコンビニが近くにあるような山にも思えない
寧ろ山から登ったり降ったりするはずなのに、ここはずっと平たな森が続く
だから足が疲れたと言うより、
ただ単に…空腹って事になる

胃もたれをしたように胃が気持ち悪いぐらい、腹の虫すら鳴らず空腹だと身体が訴え掛けていた
でも頭は否定したくて、死にたいと願い、
足は鉛のように重く動かせない

言う事の聞かない自分の身体に嫌気がした時には、脚は勝手に木に凭れ膝を折るように座り込んだ

「 あぁ……。餓死で死ぬのは…避けたかったな…… 」

一番苦しむのがながそうな餓死は避けたいと思う甘えがあった
でも、結局は飛び降り自殺も失敗したんだから、これしか方法が無いのかもしれないと思うと、其れでもいい気がする

こんな山奥なら、死んだ後はきっと獣の餌になる
あの獣の嘴だって肉を切り裂いて食えそうな程に尖っていた
だから、最後は何かの役に立つなら…生きていた意味もあるんじゃないか

「 うん……きっと、そう…… 」

だから何も苦しくはない、眠ってる間に死んでしまうのもいい
納得して、空腹と誘われる眠気に瞼が重くなってくれば薄暗い森の方から、草を踏みつけゆっくりと歩いて来る足音が聞こえてきた

「 死んだら…貴方が、食べるといいよ…… 」

何となく着いて来てる気配がしてたから分かっていた
そこまで敏感じゃないはずなのに、
人の気配やら動作を必死に見てたから、獣相手にも通用するんだと思う

影から出てきた獣は、月明かりを浴びれば尚更、ダイヤモンドを散りばめたように美しく羽根が光っていた
金色の目が、距離感を保ったまま見詰めてくる

「 余り、肉は無いけど……。腹の足しにはなる、かな……( 私はもう死にたいんだ… )」

誰かに見られて死ぬ気は無かった
そんな人も、ペットもいなかったのもあるけど
こんな私を見られたくも無い

だからじっと見る獣の瞳に、何故か涙は頬を伝い流れていた

「 可笑しいな……死にたいのに、望んでたのに……。液体が出る…… 」

こんな泣くような私では無かったはずなのに、意味が分からなかった
怪我をした手を上げ頬を一度拭いていれば、立ち止まっていた獣はゆっくりと近付いてきた

怒る事も、食う様な気配もなく、
ただ…理由が分からないと言うように、慰める野良猫みたいに
僅かに温かみのある嘴の先端を頬へと当てた

「 ん……なに…同情はして欲しくない…慰めもいらない…… 」

言葉と共に、獣は顔を離し見詰めれば私はその見透かすような瞳から逃れるように顔を下げた

「 ……私は、幸せが、生きる意味が分からない……。だから…死のうとしてる…… 」

獣だから言えるのか、それは分からないけど
口は滑り誰にも言ったことのない事を口にしてしまった

「 なのに…何度、自殺しようとも…失敗するんだよ……。何度も苦しい思いをするのに…死なせてはくれない……。だから、貴方が喰い殺してくれたらいいのに…… 」

その嘴はなんの為にあるの?
貴方がいなければ…あのまま落ちて死ねたかも知れないのに
向ける必要のない相手に、何故か苛立ちを向けて顔を上げて、嘴へと指先を触れれば
獣の瞳は僅かに揺らぎ、そのまま手へと押し当ててきた

「 ……慰めはいらないんだよ…シテルロワ…… 」

「 !! 」

きっとこの獣の名前に違いない
なんで分かるのか分からないけど、獣の目が見開いた事で察する

獣もまた何故、名を知ってるのか分からない様子だが諦めたように前脚を動かし身体を倒した
まるで犬が伏せをするように、私の前で伏せをした獣は顔を見合わせてから、自らの腹へと顔を埋めた

「 えっ…ここで寝るの?…全く意味分からないんだけど… 」

羽を折りたたんでる様子やら、尻尾を腹側に向けてるのを見て寝るんだと察するけど 
目の前で?理解出来なくて驚くも、寝始めた獣を見てると忘れ去っていた睡魔は訪れ、次第に寝てしまっていた

獣の事は分からないけど…唯一、分かったことは……

私は自殺に失敗したって事と、この獣は食う気は無いと態度で示したって事は理解した

食べる気はないから知らん、とばかりにそっぽ向かれた気がしたのは強ち間違いではない様子

「 ……なにこれ 」

太陽が上り、日の光が眩しくて目を覚ました時には
手元に転がる桃のような柔らかさがあり、見た目は柑橘系の果実が3つ転がっていた

そして、姿の無かった獣は空から降りて来て
羽をたたみ、嘴に挟んだ小枝にぶら下がる、同じ果実を器用に取って嘴で転がしてくる

なるほど、取って来たから食べろ…って言う視線を向けてくるけど、食べる気はない

「 夜の聞いてた!?私は死にたいから、こんなの食べないって……! 」

獣に言っても仕方無いと分かってるのに、声を張って言えば
それに反するように、腹の虫は盛大になった

「 うっ…… 」

見たことの無い果実だが、柔らかそうで美味しそうな外見をしてる
眉を寄せて腹を押さえ、我慢してる私に獣は見せ付けるようにもう一つの果実を咥え、口の中へと入れた

「 いや、丸呑みじゃん…… 」

手の平ほどは有りそうなオレンジサイズの果物を丸呑みしたことで、美味しいのかも分からなくなる
大体、獣と同じ物を食べるなんて…と思うけど美味しそう……

果物なんて高級で食べた記憶なんて、学校の給食ぐらいと思う

食べたい…でも、死にたいやつが腹を満たすのも…
考えて、さほど周らない思考のまま最後の食事ぐらいのまともなのを食っていてもいいんじゃない?って言う天使のような悪魔の囁きによって、果実を掴んでいた

「 うぅ……最後の食事にしよう……。いただきます…… 」

寝てる間に取って来てくれたなら、食べてもいいはず
好きにはなれそうにない獣だが、嫌う理由も無いために果実を口へと含んだ

「 んっ…!ンフッ……! 」

じゅわっと溢れ出す水気と甘い蜜に驚きながら、片手で雫を防ぎ咥内に入った果実を咀嚼すれば頬は緩み、美味しさに感動すらする

「 甘い!桃みたいで、おいしい! 」

香りも桃のようで、見た目が柑橘系ってだけでまさに食べ頃の桃だった

空腹もあるが、美味しい果実に夢中で口へと入れて行く

美味しいのに、結局は空腹になって餓死は出来ない事に悔しくなり、鼻先は痛み涙を薄っすらと滲ませる
頬に伝う雫を拭くことなく、口へと果実を詰めては食べていく

「 美味しかったよ……。今まで食べた、どんな食べ物より……… 」

4つあった果実は全て平らげて終い
膨れた胃は満足そうで、立ち上がることも嫌がってた脚は立つことが出来た

「 でも、手がベトベト……流石に服で拭くのは…… 」

見窄らしい無地の黒シャツで軽く拭くも、手に違和感があると眉を寄せれば、横たわっていた獣は歩き出した

どこに行くのかと思うけど、こちらを振り返って脚を止める辺り着いてこいって言ってるように思えて
着いていくことにした

「 どこに行くの? 」

この獣は一体何がしたんだろうか?
生かしたいのかは分からないけど、私の頭の位置より高い頭を見上げても、此方を見ることはない

腰の部分が私の肩の位置って、相当大きいなと改めて思っていれば、開けた場所に出て驚いた

「 わっ…… 」

広くはないが、コバルトブルーの泉が目の前に現れた
太陽の光によって底まで見えそうな程に澄み切った泉は美しいと言う言葉では足りないぐらい、綺麗だ

獣は泉に近付き、嘴を水に当て顔を瞬時に上げて喉へと流し込む
顔だけ見たら鳥の水飲みと似てると思う

手を洗って汚すのが勿体無いぐらい綺麗な水だと、眺めていれば油断した

「 なっ……えっ!? 」

バサッと広げた獣の翼が当たり、重い物がぶつかってきたよう意外にあった衝撃で泉の中へと落ちていた

沈むような身体は暴れる気もなく、身を委ねれるほど気持ちよかった

やっぱり水の中は好きだなと、改めて思い水面に身体が浮かび上がり
空を見れば、青空が見える

「 なんか……。夢の中みたい…… 」

死んだ後に、こんな夜は幻想的な森やら綺麗な泉を見たら素敵だと思う
全てが夢に見えると思い、目を閉じて感じていれば背を押すような水圧に驚く

「 なにごと、って…うわっ……! 」

泉から出ろってばかりに陸へと放り出され、濡れた身体や服が重くて、四つん這いで倒れていれば獣は羽を動かし羽ばたかせた

「 っ……そんな、風で乾くわけ……えっ…… 」

目を閉じて、風から顔を背けていれば数回で髪の毛を含めて服も乾いていた

「 やっぱり…夢……でしょ…… 」

私は泉に落ちた、そして無理矢理押し出されたと思ったら風で乾いた?

あ、やっぱり夢だろう…と目線を外しゆっくりと立てば獣は此方を見詰めていた

「 …何?そんな見つめられるほど容姿は良くないけど 」

平均ぐらいの容姿だとは自覚してるけど、そんな綺麗な外見ではないはず
寧ろ、顔色は悪いはずだと改めて泉を覗き混んだ

「 ………えっ? 」

どういうこと?
さっきまで、ボサボサの黒髪だったし
目が死んだような黒目だったはずなのに

泉に映るのは、ピンクアッシュの髪色はストレートで腰ほどあり、瞳はライトグリーン色をしていた

「 …可愛い?寧ろ、美人? 」

小顔だがハッキリとした顔立ちは外国人っぽい雰囲気がある
日本人顔ではない事に自分の顔か疑いたくなるほど
泉を見ながら頬を抓ってみたりするが、やっぱり私の顔で間違いはない

「 ……やっぱり夢だ、こんな勝組みたいな顔なわけ…… 」

隈のあった私がありえないと思い、ハッとして獣の方を見れば
獣の目は人を疑うようなジト目を向けていた
この獣、意外に…表情が豊かなんだが

「 そんな顔をしなくても……。私だって驚いてるんだよ?黒髪が、こんなヘアカラーしたなんて…… 」

この泉にそんな成分があるのか?
落としたら金の斧になった、みたいな効果があるのか分からないが…
夢だと思って気にするのはやめた、
どうせ…直ぐにこの容姿とはおさらばするはずだから

獣はジト目をした後に僅かに首を捻ってから、視線を辺りへと動かした
まるでこれから、どうするのんだ?とばかりに思える

「 容姿のことは一旦、置いといて。なんか…崖に行くのも飽きたし…取り敢えず落ち着けるとこ…って言っても所持金無いからなぁ…… 」

無一文だし、歩きながらポケットとか探ってみたけど何もない
あるのはラフなシャツとジーンズ程度
何と言うか…もう少しまともな服を着れば良かったと思う程に、場違いな感じがある

こんな幻想的な森の中で、シャツとジーンズ?それに裸足だし
有り得ない、マジで無いわーと改めて思い肩を落とす

お金もない、服装も最悪、死にもできない、最悪の3拍子が揃ってる事にげんなりしていれば、獣は歩き始めた

ここに来た時のように着いてこいとばかりに、此方を振り返るのは変わらない

「 羽があるなら飛べばいいのに…なんで、私に構うの? 」

少しだけ駆け足でついていき、隣へと歩いて問いながら羽を見る
どこも悪い様子はないし、飛んでたのはこの目で見た
怪我をしてる様子も無いのに、何故構うのだろうかと問えば獣は脚を止めた此方を向いた

その目には動揺がある

「 えっ、そんな目を向けられても全く意味が分からないからね?私は自殺しようと飛び降りたら、偶々貴方とぶつかって転けただけなんだから… 」

私の言葉に益々、獣の目は見開いた
知らなかったのか?と言うような目に首と同時に手も左右に振れば、獣は溜息を吐いた

溜息を吐いた??

「 なるほど…通りで、他人行儀なのか…… 」

「 しゃ……喋った!!? 」

僅かに低い男性の声は、他の誰でもないこの獣から発しられたものだ
驚いて一歩後ろへと下れば、獣は言葉を続けた

「 そう驚く事も無いだろ。猛獣なら…ある程度の階級のやつは言葉も魔法も巧みに操る事は可能だ 」

「 魔法って…。全く理解出来ません…… 」

「 は?魔法も知らないのか?御前は、猛獣使いだろ? 」

獣に御前と言われ、猛獣使い?と言う謎の単語を決め付けられた
情報量の多さにこんがらがって、キョトンとしていれば獣はもう一度目を見開いた

「 嘘だろ……。この俺が、無知な猛獣使いに……使役されたのか…? 」

使役、してる気はないのだけど…
だからこの獣は食べ物を運んで、泉まで連れてきてくれたのか

と言うかやっぱり″ 猛獣使い ″と決めつけられてるんだけど
どんな職だろうか?

そんな、サーカスの調教師みたいな職じゃないんだけど……

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