15 / 41
第一章 俺とお嬢様
14 ララの日常 ~ララside story~②
しおりを挟む私がお屋敷にきてメイドの仕事をし始めたのは9歳、お嬢様は4歳だった。
お嬢様は出会った頃から、とても4歳とは思えないような大人びた女の子だった。かと思えば、天然なのかたまに抜けているところもあったり、子供らしく可愛らしい一面を見せる女の子でもあった。
私は旦那様や奥様にそうお伝えすると、ついこの間までは普通の4歳ぐらいの普通の子供だったそうだが、何故か最近になって文字の読み書きもスラスラできるようになったり、言動も急に大人びたのだそうだ。
私は不思議に感じてはいたが、特には気にしていなかった。何故ならお嬢様はまだ環境にも慣れず満足に仕事もこなせない私に対し、いつも気を遣って優しく接して下さってくれる御方だったからだ。私はそんなお優しいお嬢様にだんだんと惹かれていった。
そんなある日、お嬢様は旦那様、奥様と一緒に何人かの護衛と従者を連れて街へ買い物に出掛けた。勿論、私も一緒にお供させて頂いた。
そうして色々なお店を見て回っていると、突然お嬢様は旦那様と奥様の目を盗み何処かへ向かって走りだした。
「っ!?お、お嬢様!?どうされたのですか」
私と護衛の数人が慌てて追い掛けお嬢様の元へ辿り着くと、路地裏に入る道の前で子供が倒れていた。よく見ると服はボロボロの雑巾のような服で頭もボサボサ、スラムの子供のような身なりだった。うっ……なんだか少し臭う。きっと何日も水浴びも身体を拭くことさえもできていないのだろう。
「恐らくスラムの子でしょう。この路地裏の向こうには確かスラム街があるので……腹を空かせて倒れているのかもしれません」
護衛の1人がそう言うとお嬢様は男の子の前にしゃがみこみ、身体をゆさゆさと揺らした。
「ねぇ、貴方大丈夫?」
「お、お嬢様!お召し物が汚れてしまいます!」
「大丈夫よ、これくらい」
お嬢様がそう答えると男の子は「うぅ……」と微かにうめき声を上げて目を覚ました。しかし、私は男の子が顔を上げた瞬間驚いた。何故なら彼の瞳はとても深く漆黒の瞳をしていたからだ。
「……っ……だ、れ?」
男の子は少しだけ顔を上げてか細い声でそう訊ねた。お嬢様はそんな男の子の顔をじっと見つめ「貴方、もしかして……」と呟いた。
「私はレイラよ。お腹が空いているの?これ、さっき買った焼きたてのパンよ。食べる?」
お嬢様はそう言って先ほど人気と噂のパン屋で買ったパンの紙袋を出してみせた。
「っ!?お嬢様!」
私は慌ててお嬢様の腕を掴んだ。私がこんなにも取り乱しているのは、この男の子の瞳にまつわる言い伝えのせいだった。
この国の言い伝えに『漆黒の瞳を持って生まれた子は非常に強い魔力を持っているが、神に嫌われて呪われた子の証。その強い魔力でその子の周りを不幸に陥れるだろう』そんな言い伝えがあった。まだ子供だった私はそんな信憑性のない言い伝えを信じていた。それによく見たら髪も真っ黒だ。黒髪というのも周りではあまり見ない髪色のため私はより不気味に感じていた。
お嬢様はそんな私に対し「大丈夫よ」と言って微笑んだ。そして鞄に入っていたご自身のお水も出して「あ、あとね私の持ってきたお水もつけるわ」と男の子に差し出した。
男の子は少し警戒しながらも、よほど空腹だったのだろう。お嬢様からパンの紙袋とお水を奪い取るようにとってガツガツと食べ始めた。そんな姿をお嬢様はニコニコしながら見つめていた。
「……ねぇ、貴方公爵邸に来ない?」
「お、お嬢様!?な、何を!!?」
「だってこの子の漆黒の瞳、とても強い魔力を持っている証なのよ?この間、本で見たの。そんなに強い魔力を持っている子なら私の従者にしちゃおうかな!って思って」
お嬢様がそう言うと、男の子はお嬢様を睨み付けた。
「……気持ち悪く、ないの?」
「え?」
「……気持ち悪いって……かぁちゃも……ほかの人も……」
「ん?かぁちゃ?お母様の事かしら。ううん、そんな事ないわ」
お嬢様はグッと男の子の顔に自分の顔を近づけてじっと瞳を見つめながら口を開いた。
「貴方の瞳は綺麗よ。その黒髪もね。私、黒髪イケメンが好きなの」
「くろか、み……いけ?」
「あ~えっと、貴方の瞳と髪が好きって事よ」
お嬢様はにこっと微笑みながらそう言った。すると、男の子は目をまんまるくさせながら驚いた。そして、その黒い瞳からポロポロと涙が溢れてきた。
「っ……う……うぅ……っく…………う」
「え、えぇ!?ど、どうしたの?何処か痛いの?お腹?え、パンのせい?」
お嬢様はそう言いながらあたふたと慌て始めた。私は思わずため息混じりの笑いを漏らし、口を開いた。
「お嬢様、多分違うと思います。彼は恐らくですけど、嬉しかったんだと思いますよ」
「へ」
お嬢様は一瞬きょとんとしていたが、とりあえずポロポロと涙を流す男の子が落ち着くまで心配そうに背中を擦り続けた。しばらくすると男の子は落ち着いてきたようだった。
「大丈夫?」
お嬢様がそう訊ねると男の子は、こくんと頷いた。そして顔を上げてゆっくりと口を開いた。
「きみは、おひめさま?」
「え?えっと……公爵令嬢よ。貴族のお嬢様」
「おじょうさま……ぼくをつれててってくれませんか」
男の子がそう言うとお嬢様は笑って「勿論よ」と答えた。
それからお嬢様は旦那様に掛け合って、保護をされることとなった。彼は漆黒の瞳を持つ強力な魔力保持者の可能性が高い子供だ。その為この国の魔道師が集い、魔法界を統治する機関『スルス館』で一時的に保護してもらい魔力があるかどうか調べてもらった。
その結果やはり、男の子は膨大な魔力を持っている事が判明。すると館の長を勤める『オリバー・シモン』侯爵が是非この子をうちの養子にと提案があった。が、男の子はそれを断った。
「ぼくは……おじょうさまのじゅうしゃになりたい、です」
とのことだった。シモン侯爵と旦那様は仕方なくなるべく男の子の意思を尊重し、スルス館で魔力を上手く操れるように学びながら、グロブナー家で執事見習い兼お嬢様の従者として雇う事となった。
「ノ、ノアです。これからよろしくお願いします」
****************
「……さん……ララさん?」
私は突然名前を呼ばれて思わずビクッと身体を弾ませ後ろを振り向いた。後ろを振り向くと成長したノアが不思議そうな顔をしてこちらの顔を覗き込んでいた。
「……ノアが大きくなった」
「ん?ララさん?大丈夫ですか?あ、これ新しい茶葉が入ったので淹れてみたんです。ララさん疲れてるんですよ、きっと。これでも飲んで元気出してください」
「あ、ありがと」
私は、そう言って紅茶の入ったカップを受け取った。淹れたてでまだ温かかった。
「……美味しい」
「お、そうでしょう?俺も紅茶淹れるの上手くなりましたよね」
ノアはそう言って私にニコッと笑顔を向けた。ノアはお嬢様や旦那様達の前では自分の事を「私」、それ以外では「俺」と言うようになった。字の読み書きさえも出来なかった男の子が公爵家で働いていく為に必至に読み書きや仕事を覚え、公爵家のお嬢様の隣に立てるように必至に努力して高位魔道師の地位に登り詰めたことも私はこれまでずっと見てきた。
「ほんとに……頑張ったわね」
私がそう言うとノアは少し驚いた表情を浮かべてから照れくさそうに笑った。
「ははっ、なんかララさんが誉めてくれるなんて珍しいですね。じゃあ、俺はお嬢様のところに向かいますね」
ノアはそう言って私に背を向け、歩き出した。
ノアの想いが少しでも報われますように、私にとって大切な2人がどうか幸せになりますように。
そう思いながら私はその後ろ姿を見送った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
わんこ系婚約者の大誤算
甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。
そんなある日…
「婚約破棄して他の男と婚約!?」
そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。
その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。
小型犬から猛犬へ矯正完了!?
うっかり結婚を承諾したら……。
翠月るるな
恋愛
「結婚しようよ」
なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。
相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。
白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。
実際は思った感じではなくて──?
女避けの為の婚約なので卒業したら穏やかに婚約破棄される予定です
くじら
恋愛
「俺の…婚約者のフリをしてくれないか」
身分や肩書きだけで何人もの男性に声を掛ける留学生から逃れる為、彼は私に恋人のふりをしてほしいと言う。
期間は卒業まで。
彼のことが気になっていたので快諾したものの、別れの時は近づいて…。
悪役令嬢は皇帝の溺愛を受けて宮入りする~夜も放さないなんて言わないで~
sweetheart
恋愛
公爵令嬢のリラ・スフィンクスは、婚約者である第一王子セトから婚約破棄を言い渡される。
ショックを受けたリラだったが、彼女はある夜会に出席した際、皇帝陛下である、に見初められてしまう。
そのまま後宮へと入ることになったリラは、皇帝の寵愛を受けるようになるが……。
お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして
みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。
きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。
私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。
だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。
なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて?
全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです!
※「小説家になろう」様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる