俺のお嬢様はおとめげーむ?の『悪役令嬢』らしいです

杏音-an-

文字の大きさ
40 / 41
第三章 俺とおとめげーむの攻略対象達

38 シェフとの関係 ①

しおりを挟む




「っ!?な、なに?喧嘩なの?」

「お嬢様、シッ!……っ!あれは……」

 まさかの光景だった。すぐそこで尻もちをついていたのは、あのマードゥン様だったからだ。

 一体何が起きているんだ?


 俺達がまさかの光景に呆気にとられていると、何やら厳つい男性が腕を組んで厨房から出てきた。

「ぃ……っ……何するんですか。シェフ」

 マードゥン様は痛そうにお尻をさすりながら、立ち上がりその男性を睨み付けた。

「ハッ、何度言っても聞かねぇからさ。ここはおめぇさんが入っていい場所なんかじゃねぇよ。食ったらなら、とっとと帰りな」

 腕を組んだ厳つい男性はそう言い放って、マードゥン様に冷たい視線を向けた。すると、マードゥン様はグッと何かを堪えるように口をつぐみ、俯いた。

「…………っだ……」

 マードゥン様は俯きながら、何かを呟いているようだ。

「あ?何だ、言いたい事があるなら言ってみな」

 厳つい男性がそう言うと、俯いていたマードゥン様はバッと顔を上げて、再び男性を睨み付けた。

「……っ、何なんだよ!アンタは!!昔はそんな事言わなかったでしょ!?むしろ、にあんなに……くそ、なんだよ。なんで……」

 マードゥン様は目の前の男性に噛み付くように訴えかけた。いつものマードゥン様とは、まるで別人のようだ。そんなマードゥン様に対して厳つい男性は、ハァと溜め息を漏らしマードゥン様に背を向けた。

「……なんでも糞もあるか。サッサと帰んな。ボンが」

 男性はそう言い残し、そのまま厨房の扉を閉めた。マードゥン様は「くそっ」と呟いて、苛ついたように右手で自身の綺麗な金髪をクシャクシャとさせた。

「マードゥン様……」

「……お嬢様、先に戻っていましょう。ここはそっとしておいてさしあげた方がよろしいかと」

「そうね。じゃあ、先に戻りましょう」

 レイラ様はそう言って、しゃがんだ状態から立ち上がろうとした。しかし、しゃがんだ状態だったせいか足が痺れていたんだろう。身体のバランスを崩して、そのまま床に倒れそうになった。

「きゃ」

「っ、お嬢様!」

 俺は咄嗟に腕を伸ばして、レイラ様の身体を支える事に成功した。自分の反射神経を褒めてやりたい。しかし、それと同時に大きな声も出してしまった為、マードゥン様と目が合ってしまった。

「「あ」」

 俺とレイラ様は、仲良く声を揃えてから数秒の間沈黙した。そしてその沈黙を破るように、レイラ様は「ハハハハハハ」とわざとらしく顔を引きつりながら笑った。

「え、えーと……その、ちょっとお花を摘みに行ってまして……ね、ね!?ノア!?」

「え、あ、はい。そうですね。ハイ」

 俺も動揺していたせいか、咄嗟に気の利いた言い訳は出てこなかった。マードゥン様からの反応は無い。レイラ様の引きつった笑い声だけが響き渡っている。

「……は……かっこわる……」

 マードゥン様は乾いた声で、ボソッとそう呟いた。
 そんな様子にレイラ様はマードゥン様に対して声を掛けようとしたが、突然後ろからバタバタバタバタと足音が聴こえてきて口をつぐんだ。

「どうかなさいやしたか!?さっきの声って……っと、坊っちゃん?」

 後ろを振り返ると、慌てた様子でこちらへ駆け寄ってきたリースがマードゥン様に声を掛けた。すると、マードゥン様はパッと表情を変えていつも通りの笑顔に戻り口を開いた。

「なんでもないよ、リース。もちょっとお花を摘みに行ってきますね。おふたりは先に戻っていて下さい」

 マードゥン様はそう言って、その場を後にした。

「えー……えっと、何かあったん、スかね?」

 リースは何かを感じ取ったのか、少し気不味そうにしながら俺達に訊ねてきた。

 俺とレイラ様は顔を見合わせてから、コクリと頷き合い、先程起こった事についてリースに話し始めた。



 *******


 俺達が話終えると、リースは両手で自分の頭をガシガシと掻きむしった。


「っくぁ~~~!!!!それ、かんっぜんに俺のせいっスよねぇ!?俺が顔見せてやってくだせぇなんて言わなければ~~~~!あー後で、坊っちゃんに謝らないと……なんだか、お騒がせして申し訳ありやせん」

 リースはそう言って、申し訳なさそうに深く頭を下げた。

「いえ!そんな、大丈夫ですわ。頭を上げて下さい」

 レイラ様は慌てて、リースにそう声を掛けた。

「……その、リースさん」

「ハイ、なんでしょう。ノア様」

「先程厨房から出てきたと思われる男性は……その、どなたか分かりますか?」

「えっと……そうですね。恐らく、先程聴こえてきた怒鳴り声とお話を聞くに……シェフ……このお店の料理長ですわ」

 リースは俺の質問に対し、少し気不味そうな表情を浮かべながら答えた。そういえば、マードゥン様もシェフと言っていたような。俺はそんな事をぼんやりと思い出した。

「おふたりは、その……仲がよろしくないのでしょうか」

「あー……ハイ……や!その、昔はそんな事なかったんですわ!むしろ仲が良くて!!……実は、坊っちゃんが幼い頃はよくこのお店に遊びに来ては、お店を手伝ってくれてたんです。接客も手伝ってくれやしたが、坊っちゃんは手先が器用で厨房の仕事もよく手伝っておりやした。坊っちゃん自身も貴族の坊っちゃんなのに、料理がお好きみたいで……将来はこのお店の料理人になる!なんて、仰っておりやした。そんな坊っちゃんを、シェフも自分の息子のように接しておりやしたし。けど……」

「けど?」

 途中で口ごもるリースに対して、レイラ様が訊ねた。

「その……ある日を境にシェフは坊っちゃんに対して、冷たい態度を取るようになったんですわ。理由は……詳しくは分かりやせん。ただ『あのボンと俺達じゃあ、所詮、住む世界が違い過ぎるんだ』と、仰っておりやした。それから、おふたりは距離を取るようになったんです。坊っちゃんも忙しくなってあまり店には顔を出さなくなりやした。けど!今日久しぶりにおみえになったんで、折角ですし久しぶりに会えば和解出来るんじゃないかって……また、昔のおふたりに戻るんじゃないかって思っていたんですが……失敗しやした」

 リースはそう言って「ハハ」と苦笑いをした。

 マードゥン様にそんな過去があったとは……
 『おとめげーむ』での『マードゥン様』も、そんな設定があったんだろうか。

「……ありがとうございます、リースさん。込み入った話を不躾に聞いてしまい、申し訳ありません」

「リースさん、ごめんなさい」

 俺とレイラ様はそう言って、リースに対して頭を下げた。すると、リースは先程のレイラ様のように、慌てた様子で口を開いた。

「いやいやいや!頭を上げて下さいよぉ!!元はと言えば俺が悪いんですから!!ただ……その、坊っちゃんですが、あぁ見えてきっと繊細なんですわ。いつも周りばかり見てニコニコしておりますが……シェフにとても懐いてみえたんで、多分傷ついているかと思うんです」

 リースはそう言うと、俺達に深々と頭を下げた。

「俺が言うのもなんだと思うんですが、どうか坊っちゃんの事、よろしくお願い致します」

 リースはそう告げると、「では、仕事がありますんでこの辺で失礼致しやす」と言ってその場を後にした。

 俺とレイラ様はリースの後ろ姿を見送ると再び、顔を見合わせて、コクリと頷き合った。

「とりあえず、一旦戻りましょう」

「そうね。アリスともちょっと、話さないといけないわね」

 そうして俺達は元の部屋へと戻って行った。


 一方、その頃。

 厨房の扉の向こう側では、シェフがひそかにと外の様子を伺っていた。

「……チッ……リースの奴、ペチャクチャと喋りやがって……声がでけぇんだよ、ったく……」

 シェフはブツブツと文句を言いながら、ふと、先程のリオ・マードゥンの顔を思い出した。

「……チッ、やってらんねぇな」

 シェフは独り言のようにそう呟くと、そのまま厨房の外へと出て行った。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

わんこ系婚約者の大誤算

甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。 そんなある日… 「婚約破棄して他の男と婚約!?」 そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。 その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。 小型犬から猛犬へ矯正完了!?

うっかり結婚を承諾したら……。

翠月るるな
恋愛
「結婚しようよ」 なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。 相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。 白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。 実際は思った感じではなくて──?

女避けの為の婚約なので卒業したら穏やかに婚約破棄される予定です

くじら
恋愛
「俺の…婚約者のフリをしてくれないか」 身分や肩書きだけで何人もの男性に声を掛ける留学生から逃れる為、彼は私に恋人のふりをしてほしいと言う。 期間は卒業まで。 彼のことが気になっていたので快諾したものの、別れの時は近づいて…。

悪役令嬢は皇帝の溺愛を受けて宮入りする~夜も放さないなんて言わないで~

sweetheart
恋愛
公爵令嬢のリラ・スフィンクスは、婚約者である第一王子セトから婚約破棄を言い渡される。 ショックを受けたリラだったが、彼女はある夜会に出席した際、皇帝陛下である、に見初められてしまう。 そのまま後宮へと入ることになったリラは、皇帝の寵愛を受けるようになるが……。

お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして

みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。 きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。 私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。 だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。 なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて? 全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです! ※「小説家になろう」様にも掲載しています。

処理中です...