偽装サレ妻は、ガラスの天井を突き破る

第七章 黒幕の抹殺

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　ややあって、柳内は低く呟いた。
『なぜそんなことを尋ねる？』
「そちらに質問の権利はありません」
　私は、びしりと答えた。
「答えられないのなら、それで結構。予定通り、高坂さんを応援し……」
『おい、ちょっと待て！』
　柳内が、慌てた声を上げる。二、三秒の後、彼が息を呑んだ気配がした。
『まさか……。小田切先生には、俊明より少し上の娘さんがいらっしゃったが……。そう、名前は……』
　電話口の向こうからは、柳内の混乱が伝わってくるようだった。
『だが、先生の死後、娘さんは……、華奈さんは、奥様の実家へ引き取られたはず。確か名字は、安藤だったぞ』
　安藤家から三好家に養女に入ったことを、柳内は知らなかったのだろう。だから、私の正体に気付けなかった。
『まあいい、調べればわかることだ。君は、小田切華奈さんなんだな？　ああそうか、それで逆恨みで、私たちに復讐しようっていうのか』
　逆恨み、というフレーズに、私は眉を吊り上げた。もちろん一筋縄ではいかないとわかっていたが、徹底的にとぼける気か。
「逆恨み、でしょうかね。殺人の証拠があると申し上げたら？」
『ハッタリも、いい加減に……』
「小田切英彦は、佐久間、進藤、そしてあなたの三人に命を狙われていることに気付いていたのです。親しいある人に宛てて、彼は手紙を遺していました。もし自分が妙な死に方をしたら、それはあなた方によるものだと、ハッキリ書き遺しています」
　それこそ、ハッタリだが。柳内が怯むのがわかった。そこで私は、一転優しい口調に切り替えた。
「でも、雅明先生。私、雅明先生のことは、恨んでいないのですよ？　だって、手紙に書いてありましたもの。先生は佐久間先生に指示されて、仕方なく動いているだけだと。やむを得ない事情があったのですよね？　……まあ、ここでは申しませんが」
　言わないのではなく、言えないのだ。私にも、その辺の経緯はわからないから。だが私の作戦に乗った柳内は、猫なで声になった。
『そうなんだよ、華奈さん。身内に危害を加えると、それは恐ろしい剣幕で脅されてねえ。佐久間先生は、小田切先生をひどく邪魔に思っていらしたから。単に農水大臣の座を奪われた、というだけでなく、小田切先生は秘密を握ってしまわれたからね』
「秘密って？」
　切り込むと、柳内は黙り込んだ。私は、再び語調を強めた。
「雅明先生。証拠の手紙を私が握っていると、もうお忘れですか？  正直に打ち明けてくださるなら、先生のことを公にはいたしません。だって、私が憎んでいるのは、佐久間先生ですもの。彼が、全ての元凶でしょう？」
『……不正献金』
　柳内は、短く答えた。
『地元の農業関係の団体やら、企業やらから……。農水族なら、皆やっていたことだけどね。佐久間先生のそれは、規模が違った。小田切先生は、そういう悪習を断ち切ろうとされていたんだ。だから目障りになった。殺しは、私の知る限りあれっきりだったと思うけれど、以来佐久間先生は、改革派が出て来るたびに潰された。議員だけでなく、農水省の方も』
　だから今の次官・大坪を推しているのだろう。彼は保守派で、佐久間の言いなりだから。
「わかりました。話していただき、ありがとうございます」
　怒りを押し殺して、私は言った。
「しつこいようですが、私は雅明先生を恨んではいません。ですから手紙のことは伏せておきますし、次の知事選ではあなたが推薦されるよう、事を運びましょう。でも、今の打ち明け話だけでは、さすがに私の得るものは少なすぎますよね？　もう一つ、私の頼みを聞いていただきたいのですけど」
『……何だ？』
　柳内の声が低くなった。
「違法献金といえば、今佐久間先生は、Ｚ輸送からも受け取っているとか。そのネタについて調べて、私に教えていただきたいのですけど」
　私は、けろりと告げた。私欲のために、大切な農産物の品質を落としたこの企業もまた、私は恨んでいたのだ。
『いや、しかし……。それは危険な……。佐久間先生にバレたら、どんな目に遭わされるか』
　柳内の声には、本気の恐怖がにじんでいた。赤西を半殺しの目に遭わせたことといい、佐久間のやり口は知っているのだろう。
「殺人の証拠を暴露されるのと、どちらがマシです？　それに、俊明さんを未来の愛媛県知事になさりたいのでしょう？　先ほど、何でもすると仰ったじゃありませんか」
　しばらくの沈黙の後、柳内は「わかった」と告げたのだった。