君の小説が読みたい

玄武聡一郎

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1巻

1-1

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 第一幕 君と過ごす七日間の話




 君と作った物語を、今、始めよう。



  十二月二日 月曜日 【緑色】



『人の死は身近で起これば悲劇だけれど、遠くから眺める分には喜劇なのだろう』


 そこまで書いて、キーボードを打つ手を止めた。
 どこかで聞いたことのある言葉だと思って調べてみると、チャールズ・チャップリンの台詞セリフとそっくりだった。駄目だな、と口の中でつぶやいて、パソコンを閉じる。


 ふと思い立って小説を書くことにした。
 あれは中学生か、あるいは高校生の時だったか。まだ自分のパソコンなんて持っていなかった時分に、ノートに物語を書き綴っていた頃がある。
 流行はやりも何も取り入れていない、ただ自分の主張を込めただけの物語を、思うがままに、ひたすらに。
 どんな話だったか、詳しくは覚えていない。主人公が監禁されて、そこから脱出するために、個性的な仲間たちと一緒に知恵を絞る話だった気はするけれど……結局それを最後まで書き切ることはなかった。
 とにかく、二十四歳になった僕は、ふとあの頃のことを思い出して、懐かしくなって、こうしてまた筆をったわけだ。
 だけど、小さい頃に少しかじった程度の人間が、十年近いブランクをて簡単に書けるほど、物語をつむぐという行為は甘くないらしい。


 本はよく読む方だ。
 本屋に毎週通っていれば、今の流行もなんとなく分かるというもので。
 だからこそ、自分にも書けるかもしれないなんて甘い夢を見てしまったのだろう。
「病気もの」「寿命もの」「タイムリープもの」「記憶喪失もの」。大体流行っているのはこのあたりだろうか。総じてどれも、最後には号泣できる作品であることや、感動できる作品であることを帯でうたっている。
 みんな疲れてるんだろうな、と思う。
 学生も、社会人も、フリーターも、主婦も主夫も、きっとみんな漠然とした不安を抱えていて、毎日毎日少しずつ擦り切れていって、今の人生を脱却するだけの力もなくて。
 だから他人の死を見て楽しむのだろう。
 枯れる前の桜が、狂い咲き誇るように、死の間際に立たされた生物は美しいから。
 だから時間を戻したいと願うのだろう。
 自分の辿ってきた人生の、どこかが間違っていたのではないかと思うから。
 そんなことをぼやぼやと考えて、なら自分も流行に乗って書いてみるかと思い立ったはいいものの、なかなか筆は進まなかった。物事を分析することと、それを実際に活かすことでは、違った技量がいるのかもしれない。
 そもそも、人の死も、タイムリープも、記憶喪失も、二十四年間生きてきて経験したことがない。知らないことは書けない。当たり前だ。
 間に合わないかもしれないな。

「今日は月曜日、天気は晴れ、か」

 十二月に入り、寒さも一段と厳しくなった。寒くなればなるほど、なぜか空の青さは増すようで、今日はとても気持ちの良い天気だった。僕は手帳の十二月二日のらんに緑色の丸いシールを貼って、少しくたびれてきたスーツに袖を通し、玄関に向かった。
 時刻は八時半を少し過ぎたところ。いつも通りの出かける時間。向かいの家から子供たちの元気な声が聞こえてくる。
 アパートの階段を下り、駅に向かって歩を進めるとゴミ収集車が横をのんびりと通り過ぎていった。かすかに漂う生ゴミのにおいに一瞬息を止める。
 これも、いつも通り。
 そして――

「あ、きたきた」

 ポニーテールをるんとおどらせて、スーツ姿の女性が僕に近づいてくる。

「十二月二日、月曜日。午前八時三十六分。いつも通りだね、桐谷きりたに翔也しょうや君」

 僕は眉をひそめた。
 着古したスーツ。
 子供たちの笑い声。
 ゴミ収集車から漂う生ゴミのにおい。
 そんないつもと変わらない僕の日常に、非日常が紛れ込んでいた。「いつも通りだね」なんて、うそぶきながら。

「私の名前は一ノ瀬茉莉花いちのせまりか。六日後の世界から来たの。俗に言う、タイムリープってやつだね」
「……はあ」

 としか言いようがなかった。とんだ変人に絡まれてしまった。
 六日後からタイムリープ? そんなこと、現実世界で起こるわけないじゃないか。

「反応薄いなー相変わらず。あのね、翔也君。私は君を助けに来たんだよ?」
「はあ」
「だって君は、六日後に死ぬんだから」

 頭が痛くなってきて、僕は空を仰ぎ見た。
 確かに僕は、人の死も、タイムリープも、記憶喪失も、経験したことがないと言いはしたけれど――だからといってこの展開はないだろう。

「今回は必ず君を助けるから。だから一緒にがんばろうね、翔也君」

 一ノ瀬茉莉花、と名乗った彼女は、そう言って僕に手を差し出した。
 彼女の笑顔は善意に満ち溢れていて、一点のくもりもない今日の青空みたいだった。
 少なくとも悪人ではないように見える。

「えーっと、一ノ瀬さん、だっけ」
「茉莉花でいいよ?」
「一ノ瀬さん」
「あ、まだ早かったか」

 まだ、ね……。
 彼女が本当に、六日後の世界から来たのであれば。
 僕は彼女のことを下の名前で呼ぶほど、仲良くなるのだろうか?
 いや、彼女の言っていることを信じたわけでは、毛頭ないのだけれど。
 とにかく。

「そろそろ会社行っていい? このままだと遅刻しそうだから」

 良識ある社会人らしいテンプレートな言葉を口にして、その場を乗り切ることにした。


   *


 夜――駅前のカフェ「スターバンバン」に足を運んだ。
 あの後、じゃあ仕事が終わったら駅前のスタバに来て、待ってるから! と言い残して去っていった彼女を、僕は呆然と見送った。嵐みたいな人だ。
 こうして一ノ瀬さんの言う通りに、仕事終わりの疲れた体を引きずってスタバまでやってきたのは、何も彼女の話を信じたからではない。
 彼女は僕の名前も、家の住所も、なんなら生活リズムまで把握しているようだった。
 だとすれば、ここで彼女を無視したところで、明日か明後日か、近いうちに彼女はまたやってくるだろう。
 それはとても迷惑なので、早めに問題を解決しておこうと思った次第だった。

「お、来た来た。翔也君こっちこっちー!」

 買ったアイスコーヒーを持ってうろうろしていると、ポニーテールをぴょんこぴょんこと揺らしながら、一ノ瀬さんが黄色い声を飛ばしてきた。朝会った時にも思ったけれど、アイメイクが少し濃い。似合ってはいるけど、行動から見栄えから、何から何までかしましい人だ。

「逃げずに来てくれたんだね」
「逃げても無駄かなと思って」

 席に着いて、シロップを忘れたことに気付いた。社会人になってから飲むようになったコーヒーだが、ブラックは少々きつい。再び立ち上がろうとした時、手元にコロコロとガムシロップが転がってきた。

「いるでしょ?」
「……どうも」

 はじいた人差し指を満足げに振りながら、一ノ瀬さんは続けた。

「今朝の話、どれくらい信じてくれた?」
「これっぽっちも」
「えー、なんでー?」
「逆に、なんであれで信じてもらえると思ったんだ……?」

 コーヒーの中でうねうねと広がるシロップをかき混ぜながら言うと、一ノ瀬さんは「それもそっか」と笑った。適当だなこの人。

「じゃぁ聞くけどさ。どうして私が、君の名前や住所、行動パターンを知ってると思う?」
「……」

 まあ、一理ある。
 現実的、かつ常識的に。SFチックな、ファンタジックな要素を省いて思考すれば、彼女が僕のストーカーであると考えるのが妥当なところだけれど――

「それって、ものすごーく痛い考えだと思わない?」
「う、うるさいな……」

 まるで僕の心を読んだように、一ノ瀬さんはにやにやと僕を見つめていた。

「タイムリープしてるのと、君が女の子に好かれてストーカーされる確率、どっちの方が高いと思う?」
「僕が天文学的にモテないような言い方はやめてくれないかな」
「えー、そこまで言ってないのにー」

 どうにもペースが乱される。
 アイスコーヒーを少し口に含んで、再度考える。
 彼女のような、あか抜けた……可愛らしい女性が、僕のストーカーである可能性は確かに低いと思う。
 だけど、それでも。
 タイムリープなんていう非現実的な事柄が起こる確率よりは、高いはずだ。
 彼女の言い分を信じる根拠にはなり得ない。

「こういう時はさ、何か決定的な証拠を見せるのがセオリーなんじゃないの?」

 タイムリープ物の小説ではお決まりのパターンだ。
 例えば十数分後に地震が起きることを予期するとか、発表前の新元号を当ててみせるとか、そういう「未来を見てきた人間にしかあり得ない」行動を取ってくれないと、こちらとしても信じようがない。

「翔也君はさー、そのアイスコーヒー買う時、迷わなかった?」

 急になんの話だ?
 いぶかしく思って視線を送るも、一ノ瀬さんは気にせず続ける。

「アイスコーヒー絶対飲むぞー! って、即決した?」
「そんな強い意志で買ってはないけど……。アイスカフェラテにするか、ちょっと迷ったよ」
「じゃあ、なんでアイスコーヒーを選んだの?」
「別に大した理由はないよ。なんとなく、こっちにしようかなって思っただけ」
「でしょ! つまり、そういうことなんだよ」
「全然分かんないんだけど」
「もー、察しが悪いなー。要するに、確定した出来事なんてほとんど存在しないんだよ。翔也君がコーヒーを選んでも、カフェラテを選んでもおかしくなかったみたいに、世の中はそーゆーあやふやな事柄であふれてるの」
「だから未来のことは言えないっていうのか?」
「そうだよ。例えば、君の後ろを歩いてる女の人」

 振り向くと、ホットパンツを穿いた大学生くらいの女性が、トレイにカップをたくさんせて歩いていた。

「あの人は、前回のループの時は派手にこけて、君は体中コーヒーまみれになってた」
「まさか」
「ほーんと。この前はめちゃくちゃ高いヒールを履いてたからこけちゃったんだけど、今回はスニーカーだから大丈夫だったみたいだね」

 ちなみに二百三回目のループの時も君はコーヒーまみれになってたよ、とフラペチーノを吸い上げながら、一ノ瀬さんは付け足した。
 つまりあの人は、今日履く靴を決める時に、ヒールを履くかスニーカーを履くかで悩んでいて、どちらを選んでもおかしくなかったというわけか。
 ばからしい。

「どう、信じた?」
「全く。そんなの、なんとでも言えるじゃないか」
「むー、疑り深いなあ」

 これが普通の反応だと思う。
 肩あたりに下りた毛先をくるくるといじりながら、一ノ瀬さんは言う。

「しょうがない、じゃあ奥の手出しちゃおうかなー」
「奥の手?」
「うん」

 そうして、にっこりと笑って彼女が口にしたのは、


「君、小説書こうとしてるんでしょ?」
「――っ」


 僕以外、誰も知らないはずの秘密だった。
 手帳に、あるいは自宅のパソコンに、ひっそりと書き連ねられた物語の断片。
 僕はそれを誰にも見せたことはないし、しゃべったこともない。
 ただ一人を除いて。

「一ノ瀬さん、ちょっと待っててくれる?」
「ほいほーい」

 僕がそう言いだすのを分かっていたとでもいうように、一ノ瀬さんは間の抜けた声と共に、右手をひらひらと振った。
 釈然としない思いを抱えながら席を立ち、店の外で電話をかけた。
 数コールの後、目的の相手が電話に出る。

「なんだよ、翔也」
才人さいと。お前、僕が小説書いてること、誰かに言ったか? 合コンとかで」

 は? と三木谷みきたに才人は怪訝けげんそうな声をあげた。

「いやだからさ、僕が小説を書いてるってことを誰かに――」
「なあ、翔也」
「なんだよ」
「俺ってモテるだろ?」

 さらっと腹立つこと言いやがって……。

「モテる秘訣はさ、トーク力なわけよ。相手が欲しい言葉を投げかける。相手が喜ぶ反応をしてあげる。女の子の口数が少ない時は、ウィットに富んだジョークをかます。そうすりゃ女の心はホットになって、最高に熱い夜を過ごせるってわけ」
「勉強になるよ」
「特別に講義代はタダにしといてやる。つまり何が言いたいかっていうと、控えめに言っても俺の話は面白い」

 しゃくにはさわるが、否定はできない。
 こいつがいれば、どんな場であれ気まずい沈黙が流れないのは確かだ。

「だから僕のことなんて、わざわざ話題に出すわけないってことか?」
「そ。お前が小説書いてようがセンズリかいてようが、世の女は微塵みじんも興味ねーからな。怒ったか?」
「まさか」
「だよなー。用はそれだけか?」
「ああ、それだけ聞ければ十分だ。じゃあな、『君といると楽しいし、お話もとっても面白いんだけど……なんか違うんだよね。ごめんね自分勝手で』ってフラれたばっかりの才人君。あ、あと週末の飲みはキャンセルで」
「お、おいお前――」

 電話を切ると、すかさず才人からメッセが届いた。


【めちゃくちゃ怒ってんじゃねーか!】


 当たり前だ。言い方ってものを考えろ。
 怒涛どとうのごとく送られてくる謝罪のメッセが鬱陶うっとうしかったので、スマホの電源を落とす。
 気が向いたら、明日の夜くらいには反応してやるか。
 席に戻ると、一ノ瀬さんがフラペチーノにささった太めのストローを見つめながらつぶやいた。

「こういう太いストローには、フトローって名前をつけたらいいんじゃないかと思うんだけど、どう思う?」
「すごく、どうでもいいかな」
「つれないなー。で、どうだった?」

 ストローの話はそれで終わりかよ。

「唯一の心当たりが空振りに終わったよ」
「うんうん、つまり?」

 一つ、小さくため息をつく。
 この人は、僕と才人しか知らない話を知っていた。
 才人は誰にも口外していないと言っていたし、そもそもあいつは人の秘密を簡単に漏らすような奴じゃない。その点においては、信用している。
 なら、どうやって彼女は、僕が小説を書いていることを知り得たのか。
 答えは一つ。

「本当に、未来の――数日後の僕が、君に教えたのか……」
「やーっと信じてくれた!」
「半信半疑だけどね」
「半分も信じてくれたなら、それでいいよ!」

 ポジティブな人だな……。
 瓶に入っている飴玉が半分まで減った時、きっと彼女は「まだ半分も残ってるよ!」と喜ぶタイプなのだろう。僕とは正反対だ。

「ちなみに、小説の話はどこまで聞いたの?」
「んー? 小説を書こうとしてるってことだけだよ。他に何かあるの?」
「いや、別に」

 それもそうか。
 小説について話しただけでも、十二分に心を許しすぎだ。
 どれだけ一ノ瀬さんを気に入ったんだよ、未来の僕は……。
 内心で頭を抱えていると、

「あ、分かったー」

 何を勘違いしたのか、得心とくしんがいったような顔をして一ノ瀬さんはにやっと笑って言った。

「君がもうすぐ書き始める、小説のタイトルが知りたいんでしょー」
「――っ」

 思いっきり膝をテーブルの裏に打ち付けてしまった。がしゃりというけたたましい音に、周りにいた客の目線が一斉に集まる。
 注目を浴びるのは嫌いだ。だけど、そんなのは気にならないくらいに、心臓が鋭く拍動していた。呼吸が荒い。

「ちょっ、大丈夫⁉」
「書くのか」

 絞り出すように問う。

「な、何が?」
「僕は何か、小説を書くんだな」

 数拍分、間が空いた。
 一ノ瀬さんは一瞬目を見開いて――その後、すっと目を閉じて、また、開いて。
 そして、静かに言った。

「うん、書くよ」
「タイトルは?」

 周囲の雑音が、その一瞬だけ虚空こくうに消えた。


「――『きみ、まわる。ぼく、とまる。』」
「君回る……。僕止まる……」


 そっと繰り返す。
 正直なところ、この時まで、僕は一ノ瀬さんの話を完全に信じてはいなかった。
 彼女が僕のささやかな秘密を知っていたことも、何かトリックがあるんじゃないかと、どこかに見落としがあるんじゃないかと疑っていた。
 だけど今、彼女が口にしたタイトルを聞いて、僕は確信した。
 
 彼女はタイムリープしている。疑問を挟む余地もないくらいに。

「じゃあ、そろそろ本題に移ろうか」

 未だ頭の整理がつかない僕をよそに、一ノ瀬さんは飄々ひょうひょうと語り続ける。
 僕は初めて、彼女の言葉に真剣に耳を傾けた。

「君が死ぬまでの、七日間の話をしよう」

 コーヒーの中の氷が溶けて、くしゃりと鳴いた。



【メッセージ履歴】


『こんばんは』
『翔也君やっほー! 今日からよろしくね!』


【一ノ瀬茉莉花がスタンプを送信しました】


『よろしく』
『今日から、私と一緒にいなかった時にあったことは逐一ここで報告してね! どんな些細なことでも構わないから!』
『いいけど……毎日仕事終わりに会うなら、必要ないんじゃない?』
『ダメだよ! 何が君の死につながるか分からないんだから! 全部教えて!』


【一ノ瀬茉莉花がスタンプを送信しました】


『分かった』
『うんうん、素直で良い子だね!』


【一ノ瀬茉莉花がスタンプを送信しました】


『でも今日は疲れたから寝るね。特に変わったこともなかったし』
『りょうかい! おやすみ、翔也君!』


【一ノ瀬茉莉花がスタンプを送信しました】
【一ノ瀬茉莉花がスタンプを送信しました】


『おやすみ』







  十二月三日 火曜日 【黄色】



 粘っこい声で自分の名前が呼ばれて、ため息を呑み込んで返事をした。

「なんですか、課長」
「この前出してくれた企画書あったじゃん? あれさー、ちょっと書き直してくんないかなー」
「いいですけど、どの辺ですか?」
「んー、全体的に?」

 またふわっとした指示を……。
 どこがどう悪かったのか指摘してくれないと、結局全部書き直さなくちゃいけないじゃないか。いや、それを考えるのも仕事のうちか。

「なんかさー。もう少し、君の独自性みたいなの出してくれないかなー。オリジナリティーっていうかさー。ぶっちゃけあれだと、誰が書いたか分かんない、みたいな?」
「……分かりました」
「じゃ、そういうことで! よろしくぅ!」

 ぎとぎとした笑顔を残して、課長は去っていった。整髪料と加齢臭が混ざった独特のにおいが鼻についた。
 デスクに置かれたミニカレンダーを眺めながら、頭の中でスケジュールを調整する。
 水曜には打ち合わせがある。木曜は進捗しんちょく報告会。そうなると、直せるのは今日か金曜日。実験室の方にも顔を出したかったけど、後回しだな。
 とある文具メーカーで働く僕は、企画開発部門に所属している。隣接している実験室に、新しいペン先やインクなどの研究成果を聞きに行ったり、新しい製品の企画をしたりするのが主な仕事だ。
 企画書が通らないことなんて、それこそ両手の指の数では足りないくらい経験しているが……。余裕がなくなったスケジュールがずしりと重くのしかかってくるような、いつもの嫌な感覚を抱えながらパソコンに向き合う。

「……こんな時に限って」

 企画書のファイルを立ち上げようとした瞬間、画面に「ソフトウェアのアップデートが必要です。再起動してください」というメッセージがポップアップした。
 再起動にカーソルを合わせてエンターキーを叩くと、指の先から機嫌の悪い音が飛んだ。


『六日後の十二月八日、日曜日。君は死ぬ』


 ブラックアウトしたディスプレイに自分の顔が映っていた。のっぺりとした黒色に、昨日、スタバで頼んだブラックコーヒーの水面を想起して、僕は彼女とのやり取りを思い出した。


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