うわばみ狐神と双子の巫女 ―少女が見た未来、あるいは過去、そして連綿と続く合わせ鏡のような現在― (虚構少女 -E.G.O-)

玄武聡一郎

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巫女のお仕事

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 イナリ様は私のことを「陽だまりの娘」。そしてお姉ちゃんのことを「鷹の娘」なんて呼んで区別している。面倒くさい時は「娘」すら取って呼ぶこともある。

『なんだ、来たのか「鷹の娘」』
「ごきげんうるわしゅうクソギツネ。今日も無駄にでかいわね」
「おおおおおおお姉ちゃんなんてこと言うの⁈」

 いつものこととはいえ、両手が提子ひさげで塞がっていなかったら、思わず飛びついているところだった。

「だって無駄じゃない? 話す時に一々見上げなくちゃいけないから、肩がこるのよね……。用意するお酒もこんなに大きい容器で持ってこなくちゃいけないし。あんた神なんだから、ちょっとは気を利かして小さくなれたりしないわけ?」
「お、お姉ちゃん、やっぱりさっきのことで私に怒ってるんだよね? だから機嫌悪いんだよね! ね! イナリ様! そういうわけなのでここは一つ寛大なご対応を……」
『くきき。よいよい、許す。許すとも。やはり汝等うぬらとの会話は心地よい。余にそのような口を利く者も、もうほとんどおらぬでな』
「ありがとうございますイナリ様! ほら、お姉ちゃんもお礼言って!」
「なんで? そもそもあいつ、私の質問に答えてないし」
「うーん! よーし、お姉ちゃんストーップ! イナリ様、御神酒おみき注ぎますね!」

 暴言が止まらないお姉ちゃんを遮ろうと、私はずいっと進み出て、掲げた提子を揺らす。
 訳あってお姉ちゃんは、イナリ様のことを好きではない。
 一方のイナリ様はそんなお姉ちゃんを気に入ってるようなので、なんとか事なきを得ているけれど……。

 私の目の前にごとりと、大きな御猪口が置かれた。私は膝を折りながら提子を傾け、御神酒を注いでいく。ふわりと、上質な酒の香りが漂った。

「どうぞ」
『ふむ、良い酒じゃ。神楽鞘かぐらざやの酒蔵かの。相変わらず良い仕事をする』

 ぺろりと赤い舌で御神酒を舐め、イナリ様はご機嫌にそう言った。切れ長の瞳が、糸みたいに細くなる。

「それ飲んだらさっさと『神託』寄越しなさいよ。こっちも暇じゃないんだから」
「お姉ちゃん!」
『ふむ、それはまたおかしなことを言う。余に給仕する以外に、汝等になんの仕事があるというのか?』
「宮の掃除とか、修復とか、参拝者の相手とか、色々あるわよ!」
『くっ……かか! かかかかかか!』

 大層面白そうにイナリ様が笑った。
 黄土色の空間に、威厳のある笑い声が跳ねる。
 舞い落ちた細雪ささめゆきが、ふわり散った。

『小さい、小さいなぁ、鷹の娘! その程度の仕事、余に給仕することに比べれば、塵芥ちりあくたにも劣る矮小さであろうよ! 少なくとも、民にとってはな』
「ちっ……」

 イナリ様の言う通りだった。
 私たち巫女は、イナリ様に給仕をすることが許された唯一の存在だ。そして巫女の任には代々、私とお姉ちゃんの薊鯉一族のみが就くことが許されている。

 万能の神であるイナリ様に給仕し、その報酬として、イナリ様から神託を授かる。
 それを民に伝えるのが、私たち巫女だけにできる大切な役割なのだ。

『余は飲み足りぬ。話足りぬ。これではまだ、神託はあげられぬなぁ』
「クソギツネ……」
『あぁ……よい目じゃな、鷹の娘。……よい目じゃ。
「母さんの名前を出すな」
『くきき。これは失敬。しかし許せよ「鷹の」。良い女の名前は何度でも口にしたくなるのが、人の性というものじゃ』
「はっ。いっちょ前に人を気取ってるんじゃないわよ。あんたは神だろ。神らしくしてろよ」
『くきき、その通り。だからこそ余は小さくはならぬ。偉大なる存在は大きくなくてはならぬ。見上げられなくてはならぬ。、分かったかな?』
「……っ」

 今日もいい様に転がされてるなぁと思いながら、私はイナリ様の空いた御猪口おちょこに御神酒を注いだ。
 イナリ様はお姉ちゃんとの会話をお酒の肴にしている。目の前の餌に見境なく噛み付くお姉ちゃんを、イナリ様は手のひらの上でころころと転がして、それを眺めて楽しんでいる。
 お姉ちゃんもそれが分かっているから、なおさらイナリ様のことが嫌いみたいだ。

 勿論根底には……お母さんのことがあるのだろうけど。
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