うわばみ狐神と双子の巫女 ―少女が見た未来、あるいは過去、そして連綿と続く合わせ鏡のような現在― (虚構少女 -E.G.O-)

玄武聡一郎

文字の大きさ
4 / 6

陽花の夢

しおりを挟む

 御猪口を差し出しながら、イナリ様が言った。
 私が口を開く前に、お姉ちゃんがものすごい剣幕ですぐさま割って入った。

「変なこと言わないで。はっ倒すわよ、クソギツネ」
『変な事ではあるまい。人と神の婚姻など、いくらでも前例があるだろうに。余もたまには嫁を取りたい時もある』
「あんたねぇ。いい加減にしないと――」
「あはは、それは無理ですよー」

 たっぷりと御猪口に御神酒を注ぎながら、私は答えた。

『ほぅ? 何故じゃ?』
「ふふ、だって私、

 夜眠りにつく前、想像する。
 農家か、武家か、あるいは貴族か。
 ううん、身分なんてなんだっていい。
 私のことを好きだと言ってくれる、一人の男性と私は恋に落ちて。そして二人で生活をはじめる。
 裕福でなくてもいい。ただ、子供は欲しいなと思う。二人か……三人くらいいたら、にぎやかでいいな。
 一生寄り添ってくれる旦那さんと、その人との間に授かった大切な子供。
 温かくて優しい家族に囲まれて、たおやかな時間を過ごす。
 そんな光景を想像しながら、私はいつも、夜を過ごす。

「……陽花」
『それは叶わぬ夢じゃな』

 お姉ちゃんの気持ちを代弁するように、イナリ様が言った。

『巫女はヒトの子と結ばれてはならぬ。巫女は敷地の中から出てはならぬ。俗な輩と交われば、汝らが余から神託を授かる力は失われる。「ヨウカ」よ、それは破ってはならぬ掟ぞ』

 私たち二人に投げかけた言葉だったのだろう。イナリ様は私達ヨウカの名前を呼んで、そう告げた。
 私たち巫女は、生涯、屋敷とイナリ様のいるこの神域の中以外に行くことはできない。
 もちろん、ヒトの子と婚姻を結ぶことはできない。

 ずっと……ずっと昔、この掟を破った一人の巫女がいたらしい。
 その巫女はイナリ様から神託を預かる力を失い、しばらくの間、国は大いに荒れたそうだ。
 それ以来、掟は絶対とされ、長きにわたり守られてきた。

「ちょっとあんた、言い方ってものが――」


 そんなことは、知っている。

「知っていますよ」

 家庭を築くことはおろか、私たちは小さな……本当に小さな世界から抜け出す事すらできない。
 広い草原の上を走り回ることも。
 透き通った湖で泳ぐことも。
 沢山の友達を作ることも。
 覚えきれないくらいの人ごみの中で、自分と縁のある人を見つけることも。

 何も、できない。

 本の中でしか見ることのできない光景に、乏しい知識を手繰り集めた空想に、決して手が届かないことなど知っているのだ。

「でも、いいんです。それでも私は、夢を見るんです。本気で、全力で」

 だからといってそれは、夢を見ない理由にはならない。
 見てはいけない理由にもならない。
 そしてそれを否定する権利は……きっと誰も持ち合わせてはいない。私はそう思う。

『……く……くか……くかかかかかかかかっ!』

 数拍置いて、イナリ様が笑った。
 それはそれは楽しそうに、笑った。

『良い! 良いなぁ、陽花! 決して手が届かぬ理想と知りながら、それでも尚、手を伸ばし続けるのか! 理想と現実の乖離を感じ、誰しもが目を背け、心折れるほどの高い高い壁を前にしても、あっけらかんと夢を直視し続けるのか! くかか! くかかか! 愉快じゃ! これは愉快じゃ! なぁ、陽花、陽花! 陽花よ!』

 陽だまりの娘、とは呼ばず、イナリ様は私の名前を呼んだ。
 真っ赤に燃ゆる切れ長の瞳をにやりと向けて。

『……そんなに健気だと、
「……?」
『くきき……。今宵は酒がうまい。もっとじゃ……もっと酒を持ってこい!』

 その日の宴は、いつもよりも長く続いた。
 何度か屋敷と神域を往復して、提子の中に御神酒を足したり、新鮮な肴をお供えしたりした。
 やがて――提子の中身が何度目かの乾きを迎えた頃、イナリ様が上機嫌に言った。

『よぅし。今日の神託は陽花に渡すとしよう』
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた

しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。 すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。 早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。 この案に王太子の返事は?   王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

不器量令嬢は、婚約破棄の断罪が面倒くさい

あんど もあ
ファンタジー
不器量なマルグリットは、婚約者の美しい第一王子からずっと容姿を貶められる日々。とうとう王立学園の卒業パーティーで王子に婚約破棄を宣言され、「王子から解放される! それいいかも!」となったが、続く断罪が面倒くさくて他の人に丸投げする事にする。

真実の愛を見つけたとおっしゃるので

あんど もあ
ファンタジー
貴族学院のお昼休みに突然始まった婚約破棄劇。 「真実の愛を見つけた」と言う婚約者にレイチェルは反撃する。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...