桜咲く社で

鳳仙花。

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第三章

第二十話 何者かの意思

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 のどかな暮らしだった。


 深い山奥の澄んだ空気。生物の息遣い。水が巡廻じゅんかいする大地。
 そして、命よりも尊いとそう思えるつがい
 特別など無かった。輝かしい功績も要らない。ただ共にここにれたらそれだけで幸せだった。
 友が居て、同じ生まれの兄弟が居て、競える戦友が居る。本当に十分だと思った。これ以上何も望んでなど居なかった。
 あの戦が起きるまでは。
 人は怯え、大地が荒れ、友が生死を彷徨さまよい、仲間が代わりに死んだ。
 地獄絵図、そう言い表す者も居ただろう。同感だと心から思った。そのような結末にしてしまった自分に恥と責任を感じ、酒呑童子を野放にしておけぬと正義の心が痛い程に叫んでいた。
 そしてその直後、自分の番が共犯の罪に問われた。証拠も動機も、事実なのかも議論されず、九尾狐の必死の叫びも掻き消され、ただただ一方的で傲慢な上層部の金槌が振り降ろされる。
 神名を塗り替えられ、堕神の印を押された番は抗ったところで同じ結末だったと薄く笑った。その諦めと希望の消えた笑顔は、今もまだ悪夢として見る。眠るたびに何度も何度も。
 抗議だってした。この数千年声を枯らして無実を訴えても、天界は頑なに拒んだ。しつこいと、忘れろと、そう告げて毎度追い出される。
 全ての元凶は酒呑童子。そう分かっていても、天界を恨まずには居られなかった。

 変えなくてはならない、根底から全て。

 そう本気で意を決したのは最近だった。しかしその後の行動は自分が思う以上に早かった。
 この先、同じような事が起きた時きっとまた繰り返される。歴史とはそういうものだ。人も神もかわりはしない。他の者が自分や番と同じ目に遭うだろう。それだけは阻止せねばと思った。
 それと同時に恐ろしかったのだろうと、今になって思う。
 次に犠牲になるのが自分の弟だったら。自分と同じ末路を追ってしまったら。 

 「ほんとお前弟想いだよね。自分が思ってるよりもずっと強く魂の片割れを大事にしてる」 

 いつの日か忘れたが、太陽のように笑うあの死んだ巫女が桜の下でそう言っていた。彼女の言葉が最後の警告のように脳裏を駆けて消える。心の奥にそっと閉じ込めるようにして目を逸らした。
 「天界をひっくり返す。そのために…」

酒呑童子を解放する。

 それがどのような行為か分かっていた。自分にとっても、他者にとっても災害であった男。恨みを一身に受けて嘲笑うあの妖を利用するしか他に道がなかった。

 世界を崩すために。誰も失わないように。何も失わせないように。
修羅に堕ちる事など、何も怖くはなかった。
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