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第三章
第二十四話 たったひとつの手段
「ここ、は…」
眩しい光の門を通り過ぎた薫子は辺りを見渡した。そこは美しい宮殿で見たこともない造りの柱が何本も立っている。
たどり着いた場所を見て茜鶴覇は眉を顰めた。
「………天界の玉座の間だ」
「玉座…?」
(ということは)
薫子は茜鶴覇を支えながら目の前の階段を見上げた。そこには玉座が二つあり、腰掛ける人影が見える。
太陽と月をその身に顕現したような二人組の神がこちらを見下ろしていた。人ならざる高貴なその神々を見て身体中に緊張が走る。呼吸するも支配されるような感覚に、生唾を飲んで口を開いた。
「あの方たちは、一体…」
「……天照大御神と月読尊。この世を創った神だ」
冷や汗が頬を滑った。又の名を太陽神と月神である。つまる所、茜鶴覇の両親という立場に最も近い存在だ。
(緊張している場合じゃない)
薫子は意を決してふたりの神々を見上げる。
すると、意外にも話しかけてきたのは女神の方だった。
「………随分なザマだな、茜鶴覇。そなたのその様な姿は久方振りに見たぞ」
フッと笑った女神は肘掛を着いて見下ろす。
「それは、神殺しの毒か」
その隣にはどこか茜鶴覇の雰囲気を彷彿とさせる男神が座っていた。
「………」
荒い息のまま気まずそうな顔色の茜鶴覇は黙ったまま二人を見上げている。あまり親子仲は良くないのかもしれない。
「あ、の」
薫子は口が乾くのを感じながら発言した。
「この毒を浄化させる方法は、ありませんか」
そういうと天照大御神が目を細める。
「無い事はない。条件付きではあるが」
その言葉に薫子は目を見開いた。
「助かる見込みがあるという事でしょうか」
「結果的に見ればそう言えよう」
「その方法は…」
薫子が聞き出そうとした瞬間茜鶴覇は薫子を背に庇う。
(茜鶴覇様、一体何を)
驚いて見上げると、辛そうに呼吸を繰り返す茜鶴覇の背中が映った。
「薫子に何をさせる気だ」
「つくづく可愛げのない。別に取って食ったりはせぬ」
ヤレヤレと溜め息を吐く天照大御神の隣で月読尊が更に深く溜め息を吐いた。
「そなたの言い方のせいだろう」
「失礼な男どもよ」
天照大御神はそう言うと、茜鶴覇の背から顔を出した薫子を見据えた。
「一つだけ方法がある。だが試したことが無いのでな、確証はない」
薫子はそれを聞いて茜鶴覇の後ろから出ると、天照大御神に向かって真っ直ぐに答えた。
「茜鶴覇様が助かるなら全て試します。どうか知恵をお貸しください」
天照大御神は薫子をじっと見つめて何かを考えた後、肘をつくのを辞めて真面目に答える。
「……現在、茜鶴覇の体内を巡っているのは神殺しの毒。神力を扱う者は等しく命を蝕まれ、妖力のある者にとっては滋養強壮剤となる。特効薬は無く、天界は研究すらも進んでおらん。だから四千年前、ある巫女が己の命と引き換えに浄化では無く封印という形で瘴気を抑え続けていた。ここまではそなたも知るところだろう」
薫子が頷くと、天照大御神は「よろしい」と言って話を続けた。
「我らとて例外ではない触れればただでは済まぬ故、直接浄化する事は出来ぬ。しかし、茜鶴覇から完全に瘴気を引き離す事は出来る」
その事実に茜鶴覇は眉をひそめる。
「それは…」
茜鶴覇の言いたいことが分かったのか天照大御神は静かにしろと言わんばかりに一瞥した。
「だが事はそう容易くはない。引き離すということは、瘴気が外に溢れ出すという事。周囲に神殺しの毒を撒くわけにはいかぬ。よって我らは手出しができぬという訳だ」
「……そんな」
薫子は頭を鈍器で殴られたようにグラグラと視界が揺れる。手立てはあるのにそれを試す為の方法が無い。動揺する薫子に月読尊が声をかけた。
「そう絶望するな、薫子よ。方法はある」
天照大御神が薫子の焦りを見て呆れたように続けた。
「そう急くな、話が先だ。問題は引き離した後の瘴気の行方ということだが、宛てはある」
「宛て、ですか」
薫子は天照大御神の言葉をそのまま繰り返す。
「ああ、その毒はそなたに取り込んでもらう」
その瞬間衝撃が走った。突然の事に頭が追いついていかず放心してしまう。
「私が…」
「待て。させぬ。人間が取り込んだ後の事は誰にも分からぬ、薫子を殺す気か」
反対する茜鶴覇に天照大御神は言う。
「人間には無毒だ。四千年の巫女が瘴気に触れられなかったのは神力を扱えたからだろう。今見る限りこの娘には神力を扱う術が備わっておらん」
「しかし、成功する保証はない」
「ならば死ぬか?よもや自身の立場を忘れたわけではあるまいな。鳳凰神、茜鶴覇よ」
その冷たい視線に臆すること無く茜鶴覇は言い返した。
「薫子と生きると誓った。死ぬつもりも薫子を危険に晒すつもりもない」
「これ以外方法も無いというのに、気でも狂ったか」
「薫子を実験台には使わせぬとそう言っている」
二人の間で散る火花を薫子が心配そうに見ていると、パンッという乾いた音が聞こえた。月読尊が手を合わせていた。
「辞めよ。この議論は無意味だ」
そういうと改めて薫子に視線を向ける。
「整理する。茜鶴覇の体から瘴気を剥離させる、その後そなたの身体に瘴気を取り込ませる。浄化とは違うが、一旦は茜鶴覇の体から完全に毒が消えたという事になる。ここまでが今の説明だ」
月読尊は手でわかりやすく話を噛み砕きながら説明した。薫子は真剣に耳を傾ける。
「そして、ここからは憶測の話になる。瘴気に触れられぬから浄化ができない、実際にはこういう原理なのだが、もし人間の肉体に瘴気を閉じ込めることができたなら話が少し変わってくる」
神殺しの毒に、神族を含む神力を扱える者は皆命を蝕まれる。恐らく神力を扱う際に一瞬で身体の隅々に回ってしまうからだろう。心臓や脳のような命に関わる器官にまで。
逆に神力を扱えなければ例え毒を浴びたとしても全身に回ることなく体外にそのまま排出させられる。だから一般人にとっては無害、ということなのだろう。
薫子は後者にあたるので神力を扱えず、体外に排出される。逆に言えば毒を身体に取り込むことが困難な筈なのだが、彼らの様子を見るにそこは流石に手立てがある様に見える。
「つまり、瘴気を肉体に取り込ませ、間接的に我らが触れられるようにすれば浄化が出来るかもしれぬという訳だ。説明は最後まで聞け愚息め」
天照大御神は青筋を浮かべて茜鶴覇を見下ろす。
「……助かる見込みがあるのなら、私は喜んでお手伝い致します」
「薫子、何を…」
「大丈夫です。……もう自分だけ何もできないのは御免です」
薫子はそういうと一歩前に出た。
「やります」
「……よく言った、娘」
天照大御神は口に弧を描いて笑うと玉座から立ち上がり階段を降りる。月読尊も静かに薫子達がいる一番下までやってきた。
「そういう訳だ、暫し耐えよ」
天照大御神は茜鶴覇の胸に手を押し当てる。すると黒いモヤが噴き出し、茜鶴覇の体内から瘴気が漂い始めた。
「………ッ」
苦しそうに顔を歪める茜鶴覇。天照大御神は先程とは裏腹に真剣な表情で瘴気を抽出し続ける。
そして最後まで出し切ると、瘴気を圧縮させて黒く揺らぐ炎へと変貌させた。
その炎を月読尊へと手渡すと、薫子と向き合う。
「目を閉じ、できる限り呼吸を深く繰り返せ」
言われたとおりに目を閉じ、大きく息を吸って吐く。月読尊の詠唱が短く聞こえた次の瞬間、胸に冷たい感覚が飛び込んできた。
重く、冷たく、ドロドロとした感覚が体中に巡り鋭い痛みが頭を過る。
(これは思っていたより数段まずい)
あまりの気持ち悪さと頭痛の酷さに目眩がし、ぐらりと体が揺れた。
「薫子…!」
茜鶴覇が受け止め声を掛けるが、薫子は返事をする前に意識を失ってしまうのだった。
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