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第三章
第二十五話 幸せを望む事を恐れないで
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日光浴をしているかのような温かさを感じた。晴天の中で居眠りをしているのかと思ってしまうほどに。
誰かに心地良い早さで前髪を触られている。ゆっくりと優しく子守をするような手に薫子の意識がふっと浮上した。
目を覚ますと、ボヤける視界の中で黒髪の女が見えた。巫女服を着た女はどこか見覚えのある顔をしている。
(なんだろう、どっかで見た顔……?)
ジーッと見つめているうちに段々と頭の方が冴えてきた。目も鼻も口も、すべてが鏡映しのようにそっくりな女。薫子は目を見開いた。
「あ、目が覚めた」
「……えっと?」
状況が追いつかず呆然としていると、女は肩を揺らして笑った。その太陽のような笑顔に見とれつつ、薫子は彼女の手を借りて起き上がる。
「初めまして、って言うべきなんだろうねこういう場合」
女は少し困ったように呟くと、薫子と向き合った。
「私は桜花。貴方の前世…って言ったら分かりやすい?うーん、どう説明したもんか…」
腕を組んで悩み始める桜花に薫子は思わず前のめりに訊ねる。
「桜花、さん。あの桜花さん…ですか?」
桜花はズイッと近づいてきた薫子に片眉を顰めてハハ、と笑った。
「その質問が来るってことは、四千年前のこと聞いたって考えてもいいのかな」
桜花がそう質問し返すと、薫子は気まずそうに視線を落とす。
「どうしたの…?」
少しだけ不安を帯びた声が薫子の耳に響く。何と答えたらいいのか分からずぎゅっと拳を握りしめた。
(どういう顔で彼女と向き合えばいいんだ)
薫子は思い出してしまった。茜鶴覇が過去に桜花を愛していたことを。そして今彼の想いが自身へ向いていることを。
(これは修羅場というやつなのでは)
怒鳴られるのか、殴られるのか。返答次第ではどう転んでもおかしくはない。
桜花は青い顔で黙ってしまった薫子を見つめた後、フッと笑った。
「ああ、気にしなくていいよ大丈夫」
「え…」
「茜鶴覇のことだろ?」
何も言えずにいると「君わかりやすいね、よく顔に出るって言われるでしょ」と桜花は眉をハの字にさせる。
「寧ろ私は感謝してる。君にはありがとうって気持ちが強いよ」
「ありがとう、ですか」
「うん、ありがとう」
「何故…?」
薫子が理解できずに首を傾げると、桜花は「よいせ」とその場に寝転がった。そして同じ様に寝転がるようポンポンと隣を叩いて催促する。薫子は素直に従って横になった。何もない眩しい空間は、縦にも横にもだだっ広く続いているようだった。
「薫子も知っての通り、あの件があってから長い時間心を閉ざして彼は生きてきた。正直、ずっと心配だった」
何もない遠くを見ながら桜花は静かに続ける。
「でも君が現れてから、やっと茜鶴覇が前を向いてくれるようになったんだ。過去に囚われて、自責の念から何も捨てられず、何も諦められず、だけど生きる意味も見出せなかった彼が、ようやっと己の意志で立ち上がってくれた。幸せになる事を選んでくれた」
そういうと桜花は薫子を見た。その表情は穏やかで愛おしいものを見るかのような目をしている。同年代の娘というよりは、母親のような包容力を感じた。
「だから、ありがとう」
「……」
薫子はポンポンと頭を撫でる桜花を見つめる。
「私は…桜花さんみたいになりたかったです」
「私?なんで?」
首を傾げる桜花は不思議だと言わんばかりの顔をしていた。
「貴方みたいに、誰かを守れる強さと優しさが素敵だと思ったから…」
「…………そっか」
桜花は驚いた顔をしたが、徐々に笑顔になっていく。その笑顔には色々な感情が含まれているのだと察しがついたが、敢えて聞くのは野暮だと思った。
「私、君に魂を預け渡して本当に良かった。きっと運が良かったんだね。でも……それと同時にちょっと社の皆が羨ましい」
「羨ましい、ですか」
「うん。君と同じ時代を生きてみたかった。友達になれたらさぞかし気分が良かっただろうなあ」
「そうでしょうか」
「絶対にそう。確信を持って言えるよ。それに君と話していてなるほどって思った。茜鶴覇は女を見る目があるね。私が男でも君を選んだと思う」
「え」
驚いて目を見開く薫子。それが愉快なのか桜花はニコニコと嬉しそうに笑った。
「あ…」
突然何かを感じ取り、ガバリと起き上がった桜花。黒い髪がサラリと揺れる。
「そろそろ浄化の儀式が終わる、目を覚ます時間だよ薫子」
その言葉で薫子はハッとして起き上がった。確か先程まで天照大御神と月読尊によって浄化の儀が行われていたはずである。
(のんびり寝転んでる場合じゃない)
あの後どうなったのか、茜鶴覇は無事なのか、自分の身体は今どういう状況なのか。グルグルと回る思考に薫子は口をキュッと結ぶ。
「大丈夫、上手くいく。私を信じて薫子」
桜花は薫子に手を差し伸べた。薫子が手を重ねると、力強く引き上げて立ち上がらせる。
「これから先君は色んな困難に巡り合う。それは避けようがないし、辛いこともあるかもしれない。でも一人じゃないんだ人間は。困ったら助けを呼んだっていい、怖ければ誰かと手を繋いだっていい。幸せを望むことを恐れないで。君の幸せを願って消えていった人間が居たこと、そして居ることを忘れないで」
桜花はそう言うと、光り始める周囲に目を向けた。
「時間みたいだ」
「………」
薫子は言葉が喉に詰まって声が出なかった。言いたいことが山程あって、何から言えば良いのかが分からなかったのだ。それを見た桜花は笑って薫子を抱きしめた。桜の優しい香りが鼻をかすめる。
「お別れだね」
「お別れ…もう、会えないんでしょうか」
「うん、会えない。私の魂に残した意識はこの儀式が終われば共に浄化されて消える。一種の呪いみたいなものだからね。だから桜花として君に会えるのは最後だよ」
最後、そう聞いた途端薫子は目頭が熱くなる。
「薫子…」
桜花は泣き出しそうな薫子を見て目を見開いた。
「私を選んでくれて……ありがとうございます」
「……」
桜花は思わず深く抱きしめる。姉妹を抱きしめるように強く強く、色んな想いを込めるように。鼻をすすり、震える声で桜花は祈りの言葉を口にした。
「茜鶴覇と皆を宜しく。君達の行く未来に、幸多からんことを」
光の粒となって霧散していく桜花。その温かい光が視界を覆い、眠りから覚めるように意識が浮上する。
薄っすらと目を開くと、そこは先程まで居た宮殿内だった。
「薫子…!」
ボヤける視界がハッキリと見え始め、状況がやっと飲み込める。薫子は階段の一段目に寝かされていた。頭の下に畳まれた着物が挟まっており、体の上には見覚えのある天照大御神の羽織が掛けられていた。薫子の手を握って心配そうに見ている茜鶴覇が視界に映り、薫子は声をかける。
「茜鶴覇様、ご無事ですか」
「問題ない、それよりお前は…」
茜鶴覇に背を支えられて起きると薫子は首を横に振った。
「なんともありません。それよりあの後どうなったんでしょうか…」
そう訊ねると階段に座っていた天照大御神が口を開いた。突然頭上から降ってきた女神の声に肩を揺らしながら振り向く。
「浄化は成功した。その証拠にそなたは生きておるし、我らも瘴気に冒されてはおらぬ」
その言葉にホッとしていると、肩口に茜鶴覇の額が押し付けられた。その見たこともない弱々しい姿に薫子は目を見開く。
「……生きた心地が、しなかった」
「申し訳ありません、急を要する事だったので…」
「もうこれから危険なことはするな」
安堵が混じり、掠れた声音で注意する茜鶴覇。薫子は無礼と承知で茜鶴覇の頭をよしよしと撫でた。
「見せつけおって、全く。おアツいことよ」
天照大御神は呆れ半分、からかい半分の様子で笑う。
「だがまあ、早急に戻った方が良さそうだぞ茜鶴覇」
現世を伺うように横目で何かを見た天照大御神はそう呟いた。月読尊も目を細めて印を組む。
「ここを通って行け。元の場所へ戻れる」
光の鳥居が再び門を開いたのが見え、薫子は茜鶴覇に支えられながら立ち上がった。
(何かあったのか?)
天照大御神と月読尊の表情がやけに冷たく見える。先程まで穏やかに見えていた彼らに緊張感が走っているような気がした。
「………」
茜鶴覇も異変を感じ取っているようで薫子の手を引いて鳥居まで階段を下る。
「気をつけよ茜鶴覇」
天照大御神の厳かな声音が通った。茜鶴覇は振り返ると、二人へお辞儀をする。薫子も感謝を込めて深くお辞儀をした。作法が合ってるのかは分からないがしないよりマシだと言い聞かせ、出来るだけ丁寧に頭を下げる。
そして茜鶴覇と共に鳥居をくぐり抜け、再び現世へと帰還するのだった。
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私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
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