桜咲く社で

鳳仙花。

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第三章

第二十九話 回復

 暫くして。
半刻ほど眠った茜鶴覇は、いつの間にか隣で眠ってしまっていた薫子を起こして離れを後にする。
 共に屋敷に戻ると、誰かを探しているような虎文と廊下で鉢合わせた。少しホッとした様な表情で駆け寄ってくる。探していたのは茜鶴覇と薫子だったようだ。
「茜鶴覇様、薫子殿」
「虎文様、どうかされましたか」
「あの三大神族の坊っちゃん達が目を覚ましたんだ」
その報告に薫子は目を見開いた。
「ということは、蛇歌姐さんの解毒薬が効いたのですか」
「ああ、今しがたそれを飲ませたら巣食ってた邪気が全て消えた。もう命の危険はないらしい。今は雀梅が治療に当たって……って薫子殿!?」
薫子は虎文の話を聞くなり走り出した。
 伊吹達がいる部屋へやってくると、手短に断りを入れて襖を全開にする。中では雀梅が三人の脈を測って居るところだった。
「あ、薫子殿」
雀梅が振り向く。伊吹達も驚いたような顔で薫子を見上げていた。
「なに、急に…ビックリした。騒がしいんだけど」
「こらなんてこと言うんだお前は」
相変わらずな口調の月船は、心底呆れた顔で口を開いた。すかさず雪丸が叱りつけたが、本人は腕を組んで「自分は悪くない」と言いたげな顔をする。
 薫子は三人が生きているのを見て、思わずその場にしゃがみ込んでしまった。
「お、おい…大丈夫か?」
雪丸が不安そうに声を掛ける。
「それを言いたいのは私ですよ…」
あの日梅雨の庭で三人は神殺しの毒に蝕まれ、血を吐いて倒れた。助かったのは薫子だけ。しかも瀕死の彼らに庇われて。
(本当にみんな無事でよかった)
茜鶴覇も、爪雷も、雀梅も。そして自分の命を顧みず戦っていたこの三人も。
 「ありがとう、薫子さん」
伊吹が何か言いたそうだったが、それらを引っくるめてフッと笑った。薫子は何のことか分からず彼を見る。
「簡潔にだけど何があったかは聞いたよ。多分、君が居なかったらこの戦いは最悪の形で終わっていたと思う」
「……そんなこと」
薫子は視線を下げた。
「いや、そんなことあるよきっと。誰が欠けてもこの結果は得られなかった」
伊吹は雪丸と月船に目配せをする。二人は承知の意を込め頷いた。
 布団から立ち上がった伊吹達は、薫子の前までやってくると手を組み深く丁寧にお辞儀をする。その最敬礼に薫子は思わず目を見開いて硬直してしまった。
「……神来社家、及び神族全体を代表し、我々より心からの感謝を申し上げます。我らの主君、茜鶴覇様は貴殿が居られなければ今無事ではなかったでしょう」
伊吹の言葉に思わず固まってしまっていた薫子はハッとして頭を下げる。
「私が今ここで生きているのは、あの日匡明さんから守っていただいたからです。こちらこそありがとうございました」
そういうと、月船が顔を上げて眉間にしわを寄せた。
「それは普通に僕達の義務だから感謝するな。一々されてたら切りが無い」
(そんな無茶な)
ふんとそっぽ向いた月船に雪丸は「こらこら」と咎める。
「まあでも一理ある。本当に気にしないでくれ。この国の民であれば誰であろうと俺達が身を挺する理由になるから」
そう言って笑う雪丸に薫子は納得しきらないまま「わかりました」と答えた。
 薫子の返答を聞いてようやく顔を上げた三人の顔色は、いつもの様に健康的な様に見える。
 「所で皆さん、お体は…」
「大丈夫。この通りピンピンしてる。雀梅様に治療もしてもらったしな。事が起きる前より健康体って感じだ」
雪丸は力こぶを作って笑う。その傍らで同じ様に力こぶを作って誇らしげな顔をする雀梅。その様子に安心して思わず頬を緩めた。
「やっっっと笑ったな。薫子が笑ってるとこ見たことなかったから心配してたんだよ。なあ、月船」
「振るな話を」
「お前が言い出したんだろ?」
「言ってない。ありもしない話を作らないで欲しいんだけど」
月船は腕を組んで拒否する。ふんと顔を背ける月船だが、少しだけ安心したような表情に見えた。
 「それにしても随分大変だったね。皆無事に帰ってこれたのが奇跡だよ。薫子さんも本当にお疲れ様」
伊吹はそう労いの言葉を掛けるが、薫子は首を横に振った。
「私はただ守られていただけです。その言葉は他の方へ向けてください」
薫子はふと雀梅の視線とかち合った。雀梅は丸い目でじっと薫子を見ている。
「薫子殿、戦った。雀梅復活できたの、薫子殿のおかげ」
「あれは天照大御神様のお力なので…」
「でも天照大御神様を動かしたの、薫子殿。茜鶴覇様を救ったのも、薫子殿。そのお陰で火響助かった。雀梅が復活して、みんな怪我治った。全部薫子殿が居たから。仲間、助けてくれてありがとう」
「雀梅様……」
雀梅は「事実しか言ってない」と付け加えて真剣な目で薫子を見つめる。これ以上否定するのは失礼かと思い、薫子は「恐縮です」と返した。
 その後、薫子を追って様子を見に来た茜鶴覇と虎文にも状況を伝え、伊吹達が無事な様子を見ると茜鶴覇も安心したような顔をしていた。どこまでも優しい神だ。ずっと心配だったのだろう。あまり変わらない顔色ではあるが、その横顔は少しだけ和らいで見えた。
 「あれ、そういえば蛇歌姐さんは…」
 雀梅に蛇歌のその後の事を聞くと、どうやら謁見の間に何人か集まっているらしく、そこへ向かったとのこと。
 薫子達はひとまず皆と合流しようという話になり、簡単に挨拶をして退室したのだった。
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