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第三章
第三十話 出頭命令
謁見の間に着くと、十六夜達も移動してきていた。社周辺を警護していた者達も帰還している。姿が見えないのは史と六花、亜我津水の三人だ。
「史さん達は…」
側に居た夢境に訊ねる。
「茶を用意しに台所へ向かわれました。そろそろ戻ってくる頃かと」
夢境がそう言うなり襖が開いた。大きな盆に急須と湯飲みを乗せて三人が入室する。
「あんた達、座りなさい」
亜我津水が声を掛けると、各々円状に敷かれた座布団に着座した。茜鶴覇も上座ではなく、用意された座布団に着く。薫子は史を手伝おうと視線を向けるが、史は座っていなさいと目で促した。
(三人も要らないって事かな)
薫子は素直に会釈して近くの座布団に着座する。右には嶄。左には蛇歌が座っていた。
茶が全員に行き渡り、改めて部屋の中を見渡す。ほぼ関係者が全員集まったと言ってよさそうだ。
(…爪雷様)
円の中には彼の姿も見える。逃げも隠れもしないつもりなのか、静かにその場に座っていた。彼の意思を組んだのか拘束はされていない。
「ひとまず、現段階の報告を」
十六夜が声を掛けると各々が報告し始めた。
国の混乱は徐々に収まり、あやかしも落ち着いてきている事。
白家の研究内容の事。
解毒薬のおかげで伊吹を始め多くの神族達の回復が確認された事。
地獄の最下層で、閻魔が直々に懴禍を封印した事。
大地や水源の復興はまだ追いついていないという事。
様々な報告が飛び交い、十六夜が最後に口を開いた。
「………今後の爪雷の事じゃが、天界に身柄を渡す事になった。今日中にでも天界からの使者が来るじゃろう」
静まる部屋に重い空気が流れる。唯一爪雷だけはとうに受け入れているのか、静かに話を聞いていた。
「その後は早急に裁判が開かれるはずじゃ」
十六夜の声音は暗い。風牙も視線を落としている。
「証人としてこちらからも何人か出廷命令が下っておる。大人しく従うように」
そういうと十六夜は茜鶴覇へ視線を向けた。あとは渡すと言いたいらしい。
茜鶴覇は承知したらしく、部屋を見渡した。
「報告は以上で良いか」
茜鶴覇の問い掛けに皆承諾する。それを確認すると、茜鶴覇は話をし始めた。
懴禍の最後や、桜花の封印が解けたこと、天照大御神と月読尊のこと、雀梅のこと。最後のあの戦いに関する話を、茜鶴覇は事実のみ淡々と報告する。
皆それぞれの反応を見せる中で薫子は考えていた。
(桜花さんに会ったことを、やはり話すべきだろうか)
薫子は儀式の際にあった事を話すべきか迷っていた。過去の人とはいえ、皆にとっては仲間の話である。
(話すべきだろう)
薫子は彼女の顔を思い出し、茜鶴覇を見る。何か言いたげな薫子を見て茜鶴覇は発言を許すと言わんばかりに頷いた。
「実は、儀式の際に夢で桜花さんと会いました」
桜花という名前に各々反応を見せる。
「私の魂の中に僅かですが精神を封じ込めて居たようです」
今になって分かるが、恐らく茜鶴覇の毒を封じる際に自身の精神も封印してしまっていたようだった。それが解け、薫子の体内に取り込まれた桜花は夢として薫子の精神世界に干渉できたというわけである。
桜花との会話を思い出せるだけ話すと、十六夜は視線を落とした。
「そうか…」
その表情は娘を懐かしむような、そんな顔をしていた。
後から聞いた話だが、十六夜は桜花が幼い頃から度々面識があったようだ。屈託なく笑う小さな少女に情が移ったのだという。まるで祖父が孫を思う様に。
儚く尊い時間を過ごしていく筈だった桜花は未来を託し、死んでいった。十六夜がどれ程のやるせない想いを背負い込んで生きてきたのか。薫子は想像もできない。
桜花の話を終えた薫子は「以上です」といって茜鶴覇に返す。茜鶴覇も何か思うことがあるのかもしれないが、それよりも優先すべきことがあるので話を進めていった。
ある程度話に終わりが見え始めた頃。一羽の銀色の鳥が何処からともなく謁見の間に現れた。茜鶴覇の前に降り立つと、深くお辞儀をする。
「………爪雷の出頭命令だ」
茜鶴覇の言葉で爪雷は素直に立ち上がった。銀の鳥は茜鶴覇の前から羽ばたき、爪雷の肩に止まる。それを一瞥した爪雷は自ら天界に続く門を開いた。
「………爪雷」
門に向かって歩く彼の背に、声を掛けた蛇歌。色んな感情が混ざっているからか、中々言葉が出ずに黙ってしまった。
爪雷は振り返らずに視線を落とす。
「忘れろ、俺を」
その言葉を聞いた蛇歌は目を見開いて青筋を立てた。
「おい、なんの冗談だい?こっちを見な爪雷」
「………」
爪雷は振り向かない。蛇歌は痺れを切らして立ち上がった。
「好き勝手して、最後にはサヨナラだって?あんた、アタシを馬鹿にしてるのかい」
怒りで震える蛇歌の声は謁見の間に響く。
「あんたを待ってたアタシの気持ちはどうなる。アタシは…」
何かを言いかけて黙ってしまった蛇歌。爪雷は振り向きかけたが、グッと拳を握ってもう一度前を向くと後は立ち止まることなく門へ姿を消してしまった。
蛇歌の足元に水滴が落ちる。
「………あの馬鹿」
小さい声でそういった彼女の声が反響するように頭に残った。
(爪雷様はどうしてこんな事をしたのだろうか)
聞くに、とても弟思いで明るく、皆と親しかったそう。そして恐らく、蛇歌と想い合っていた。いつからかは分からない。だけど相当昔からだと薫子は思う。
(もし爪雷様が動く理由があったとしたら、きっと弟の風牙様か蛇歌姐さんだろう)
四千年前、蛇歌は無実の身の上で堕神にされた。もし爪雷が天界を大きく変えようと思ったとしたら、それをどうにかしたかったのではないかと思う。
(それだけとは限らないけど)
だが放っておけるような性格にも見えない。天界の裁判がいかに不平等であるかは十六夜達から聞いている。確かにそれを変えるには天地を一度ひっくり返して破壊させる方が早いかもしれない。
(その為に懴禍と組んだとしたら…)
薫子はそこまで考えて辞めた。きっと蛇歌も何となくは分かっているだろう。だからこそ爪雷を止めたかったはずだ。自分が原因で愛する者が危険に飛び込むなんて、望むわけがないのだから。
その晩、天界より通達が来た。
此度の件についての報告も兼ねて守護神の三名と、あやかしの長たる圓月、そして十六夜に出廷命令が出たそうだ。
裁判長は変わらず浄楼閣が着いているらしく、十六夜の表情は重い。どんな判決が下ったとしてもきっと爪雷は受け入れてしまう。薫子はできるだけ事が良い方向へ進む事を祈るしか無かった。
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