桜咲く社で

鳳仙花。

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第三章

第三十三話 海神、蒼溟吹碧尊





 数日後。薫子は史と共に朱南シュナンにある浜辺に来ていた。空を駆ける暁に乗って見ていたのだが、朱南という都はとても繁栄しているように見える。海と隣接した場所を選んでいるからなのか、船も多く貿易が盛んなようだった。
 海神の儀式が行われるのは貿易が盛んな港ではなく、少し離れた静かな浜辺である。海の中からそびえ立つ巨大な鳥居を正面に、儀式の支度が着々と進められていた。
 史と薫子は何かしら手伝おうとしたのだが、十六夜がなんと伝えたのか知らないがうやうやしく断られ、儀式が始まるまでゆっくりしていて欲しいと飲み物と日傘を渡されて追い出されてしまった。
(何もしないのも居心地が悪いんだな)
せっせと働く神族達をよそにくつろぐわけにも行かず、史と薫子は浜辺を散歩することにした。
 「綺麗な貝…」
「あらあらほんとね。こっちも真っ白で可愛らしいわ」
ふと目に止まった貝を拾い上げると、史もしゃがんで別の貝を手に取る。
「折角来たんだから素敵な貝殻見つけましょう」
他にすることも無かった薫子は史の提案に乗ることにした。
 少し歩いてはしゃがみ、また少し経って歩き。そうやって過ごしていると両の手には沢山の貝殻が集まった。
「集めすぎましたね…」
「あらあら良いじゃない。でもそうね、この中から厳選しましょうか」
薫子は砂の上に貝殻を並べる。色とりどりの貝殻を見ながら、薫子はふと茜鶴覇を思う。
(世の中私よりも優れた人なんて沢山いる。この貝みたいに綺麗な人だって山程いるだろう)
綺麗な並べた貝を見ていると、すぐ側に小さな白い何とも言えない巻き貝があった。岩にぶつかったのか海流に削られたのか、貝の先端は丸く削れて不格好な姿をしている。
(どちらかと言えば私はこれなんだが)
小さな貝を見つめ、ツンツンと指先で突いた。
(でも誰かにとってはきっと…)
「あらまあ、可愛い貝ね」
「え」
ハッとして隣を見ると、今薫子が突いた貝をみて史が微笑んでいた。
「丸くて白くてとっても可愛い」
幼女のようにコロコロと笑った史に、薫子は目を見開いて少しの居心地の悪さではにかんだ。
(別に自分が褒められたわけでもないのに)
 とはいえ悪い気はしない。
(持って帰ろう)
薫子は懐に入っていた手ぬぐいを取り出し、何個かの貝と共に白い巻貝に手を伸ばす。その時。
「……わ」
突然海から突風が吹き、手にしていた手ぬぐいが空高く飛ばされてしまった。幸い海側ではなく近くの松林に吹き飛ばされて行った為、探せばもしかしたら落ちているかもしれない。
「探してきます」
薫子がそう言って立ち上がると、史が腕を掴んで止めた。
「私が探してくるわ。探し物得意なの」
安心して、と微笑んだ老女は慣れた身のこなしで浜辺を出て松林へ駆けていく。
(着物のまま砂浜を駆ける老婆なんてあんま見ない)
それも普通の道を駆けるようにいとも簡単に。相変わらず史もただ者ではない。薫子は今更かと思考を放棄する。
 行き場をなくした貝を握りしめて暫く海を座って眺めていると、呆れたような声が背後から聞こえてきた。
「あんたこんなとこで何してんの」
パッと後ろを振り向くと、神族の正装をした青年が立っていた。その顔には随分と見覚えがある。
「月船様…」
黎明家の次男、月船はあきれた顔のまま腕を組んで薫子を見下ろしていた。
「なんで一人?十六夜様からは二人って聞いてるんだけど」
「あ、それが…」
今あったことを話すと、月船は更に呆れたというような顔をする。
「風に手ぬぐい攫われるとか…何歳なんだ君。もしかして僕の目がおかしいだけで実は幼女だったりするの?」
「面目ないです」
チクチクと刺さる嫌味に反論できない薫子。月船はため息をついた。
「あんま面倒事起こさないで欲しいんだけど」
(もう既に起こしているというね)
情けない気持ちになりながら謝ると、月船は「いいよもう」と許してくれた。それより何故部下も連れず彼がここにいるのだろうか。
「月船様は何故ここに?」
「もうそろそろ儀式が始まるから探しに来たんだよ。一応君達は社からの賓客ひんきゃくだから、体裁上黎明家の次男が呼びに来た、それだけ」
(なるほど)
薫子はそれを聞いて立ち上がる。砂に足を取られて立ち上がるのが大変なのだが、それを見兼ねた月船が手を貸してくれた。突き放した物言いが目立つ彼だが、こういった事を素でできる紳士さがある。天邪鬼な男だと伊吹が言っていたが、そのとおりだと薫子も思う。
 月船の手を離そうとした時だった。グッと握り直され引っ張られる。彼の胸にぶつかり何事かと思い顔を上げた瞬間薫子の背後で何かが爆ぜる音が鳴った。
「……何?」
眉間にシワを寄せて海面を見つめる月船。そちらに目を向けると黒い手のような触手のような物が無数に伸びていた。
(あれは、なんだ)
硬直したまま海面から現れる黒いものを見つめていると、月船は薫子を背に庇い結界を貼る。黒い影は何十本という数で伸びてきたが、結界に触れた瞬間弾かれ霧散した。
「君ここにいて」
「ど、どこに」
「は?あれを始末するに決まってるでしょ。これから儀式あるっていうのにこんなモン放っておくわけにいかない」
月船はそう言うと結界から出て海に近づいていく。
「あのさ、時と場合考えろよ。体すら顕現できない下級霊魂が調子乗らないでくれる」
月船が術式を唱えるや否や巨大な炎の鳥が現れ、黒い影を燃やし尽くした。
(黎明家の次男は軍人になると聞いたけど、なるほど確かに。これは強い)
薫子は結界の外で悠然ゆうぜんと立って対応する月船の後ろ姿を見つめる。
 やがてすべての敵を排除すると、鳥はそのまま海面で跡形もなく消え去った。月船は少し首を傾げ、自分の手のひらを見つめている。薫子は不思議に思い声を掛けた。
「月船様、お怪我は」
「は?あると思うの、逆に」
「一応聞いておく方が良いかと思って…」
「君そういう所肝据わってるよね」
月船は手をパンパンと払うと海辺から戻ってきた。
「それにしても、君なんかやった?」
「なんかとは…」
「あやかしとか神とか霊魂に取り憑かれるようなことした?」
「……身に覚えはないです」
そういうと月船は「ふーん」と相槌を打って考え込む。
「どうかしたんですか?」
「いや、僕の気のせいかもしれないけど、今のやつ君を狙ってた」
「え」
薫子は目を見開いて冷や汗をかく。
「私、ですか」
「そう。だからなんか罰当たりなことでもしたのかと思ったけど、そうじゃないなら一体……」
月船がそう言って考え込んだ。例えようのない不安に薫子は口を閉ざす。
(なんでだろう。何かしたっけ)
最近の行動を辿ってみてもそれらしい事はない。ここに来てからも史と共に浜辺を歩いていただけで特に何かをしたわけでもなかった。
偶々たまたま…?)

 「いーや、偶々じゃないねぇコレは」

耳元で聞こえた声に薫子と月船は後退る。振り向くと、フワフワとした衣を纏った人物と目が合った。女とも男とも言えぬ容姿に、特徴的な海のように蒼い髪と瞳。
(この人は)
薫子の脳裏に神の名がぎる。月船は姿を見るなりその場に跪いて口を開いた。
「失礼いたしました。お久しゅう御座います、蒼溟様」
(やっぱりこの人が海神わだつみ様なんだ)
薫子も月船と同じ様に跪く。
「お初にお目にかかります、薫子です」
「うんうん、知ってるよ二人のこと!お辞儀もう良いから立って立って!」
にこやかにそう言うと蒼溟は二人を立ち上がらせた。
「随分おっきくなったね~月船。この前こーんなちっちゃかったのに」
蒼溟は自分の腰辺りに掌を翳す。少し居心地悪そうな月船は「いつの話してるんですか…」と嫌そうに答えた。
「………で、君が薫子だね。話は月読尊様から聞いてるよ。大変だったね~」
よしよしと頭を撫でる蒼溟に薫子は頭を下げる。
 「それより、偶々でないというのはどういう事ですか?」
「その話は彼女も交えて儀式の後しよっか」
蒼溟が振り返ると、松林の奥からとんでも無い早さで戻って来る老婆が見えた。しかも枝から枝を飛んで。
(えええ)
薫子は人間離れした老女に若干引きながら呆然とする。
「薫さん…!無事!?」
恐らく浜辺で炎が上がったのが見えたのだろう。血相を変えた史が頭の先から爪先まで薫子の安否を確認している。
「大丈夫です。月船様が助けてくださったので」
そういうと史はホッと息をつき、深々と月船に頭を下げた。
「私が離れていたばっかりに…感謝申し上げます」
「いいよ、お礼なんて。賓客に何かあったら黎明家うちの責任だし」
月船はそういうと蒼溟を見る。
「……では儀式が終わり次第、先ほどの話の続きをお聞かせください」
「うん、いいよ」
蒼溟はニッコリと微笑み鳥居の方へ歩いていった。話が見えてこない史は薫子に問いかける。
「何かあったの…?」
「はい…色々と」
そういうと月船は端的に説明した。少々省いたものも多かったが大体は彼の説明で察したらしい。史は少し暗い面持ちになる。
「ひとつ思い当たることはあるけれど、蒼溟様の話を聞いてからの方が良さそうね」
(思い当たること?)
なんだそれはと思ったが、史は今この場で話すつもりは無いらしい。
 三人は儀式の張本人である蒼溟を先にひとりで先に行かせるわけにもいかず、急いで彼を追いかけるのだった。

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