16 / 116
第一章
第十六話 不穏な動き
「時に茜鶴覇よ。最近西の方の様子がおかしい。あやかし共が暴れまわっているようじゃ」
一通り団子を食った後、縁側に座って足をぶらぶらさせていた十六夜が、懐から文を出して振り返る事もせずに投げ寄越す。
「何事だ」
茶のお代わりを史から貰っていた茜鶴覇は、膝元に飛んできた文を拾う。
「さあ……理由までは。白虎は突然暴れだしたという事と、被害状況しか把握できていないと報告してきおった。今は兎に角やつらの対応に追われとるようじゃな」
十六夜はそのままゴロンと後ろに倒れると、文を読む茜鶴覇を見上げる形で話した。
「珍しいわねぇ。元々あの辺りの治安は良くないけれど、まさか社に報告が来る程だなんて…」
史は急須を置き、眉をハの字に下げる。どうやら余程良くない状況らしい。
(あやかし?白虎?)
一人だけ話について行けない薫子は首を傾げる。あやかしというのは、あの化け物のあやかしで合っているのだろうか。
すると、薫子の様子に気が付いた史が話始める。
「あやかしというのはね、人間の様々な負の感情が、自我や力を持って生まれた存在なのよ。場所によっては妖怪とも言うわね」
「人の負の感情……?」
「ええ。彼らは普段人間の恨みや憎しみ、恐怖といった負の氣を食らって生きているのだけど…」
史はそう言うと、視線を下げて膝に置いた自分の手を見つめた。
「たまに、人間の血肉を食らおうとするあやかしが居るの」
カコンという鹿威しの音がやけに部屋に響く。十六夜は頭の下で腕枕すると、空を見上げながらため息を吐いた。
「そして厄介なことに、人の血肉は栄養価が高く美味らしくてのぉ。一度その味を覚えてしまうと、獣の如くこれから何度でも繰り返し人間を襲うようになるんじゃよ」
「……特に新月の晩は月の浄化が無くなり力が増す。縄張り争いは激しくなり、今のままだと現世は今まで以上に危険な状態になるだろう」
茜鶴覇はそう言って綺麗に文を折りたたむ。
そこで史は思い出したように呟いた。
「…もうそろそろ新月になりますね」
「恐らくそれに向けて今から力を蓄えるつもりじゃな」
三人の会話に薫子は冷や汗をたらりと流した。
(つまり今の話をまとめると)
あやかしは人間の負の感情を元にできた存在で、普段はそう言った負の氣を食らっている。しかし中には人を襲うあやかしもいる。そして新月の晩は力が増し、縄張り争いや覇権争いのようなものが勃発する。そして今起きているのは、新月の晩に向けて力をつけるべく暴れているというわけだ。
三人の会話が人間が被害にあっているという前提で進んでいる辺りを見ると、あの文の内容はそれに近いことがもうすでに起きている、もしくはそれ以上の被害が出ているという報告なのだろう。
「…私は、今まで村であやかしの被害を受けたことはありません」
「それはそうじゃろうな。なんせこの山は茜鶴覇の神力で濃く満たされておる。あやかしの力は負の物。正の力である神力にはどうしたって敵わぬのじゃ。浄化されて消し飛んでしまうからの」
何処か勝ち誇った顔で笑う十六夜。ごろんと寝返りを打つとうつ伏せになった。
「並のあやかしでは、この山で近寄ることすらできまい」
けたけたと笑いながらそう言うと、薫子は茜鶴覇を見る。この世の物とは思えぬ顔は、考え込むようにして机に置かれた文を見つめていた。
「……あやかしには、統率する方とかっていらっしゃらないんですか?」
自我や知能、理性があるならば、長たるあやかしが居てもおかしくはない。そしてそんな立場に立つようなあやかしならば、現世で、しかも茜鶴覇の領域で暴動を起こす事の危うさを知らぬはずがない。下手したら茜鶴覇の名の元に、消されかねないのだ。放っておくわけにはいかないだろう。なんとか交渉して納めては貰えないのだろうか。
すると、三人は呆れたような様子で顔を見合わせる。
「居る。…が、ちっとばかり面倒なやつでのぉ」
十六夜は眉間にしわを寄せてため息を吐く。
「面倒……?」
「自由気まま、思うまま。そんでもって超絶頑固で五月蝿くて見方によっては餓鬼っぽい輩じゃよ」
(どんな長だよ)
薫子は一応脳内で想像してみたが、なんとも面倒くさそうな統率者である。
「だが、間違いなくあやかしの中でやつの右に出る者はいない」
茜鶴覇は茶を啜って答えた。史も「そうねぇ」と肯定する。
「その方と連絡を取って、何とかしてもらうわけにはいかないのですか?」
薫子が提案すると、茜鶴覇が口を開いた。
「式神を送ればやり取りはできなくもないが、あやつが何処を飛び回っているのか見当もつかぬ故、数日はかかる」
(本当になんてやつだ)
そんな音信不通な輩を、よくもまぁあやかし達は長にしたものだ。どれだけ性格が歪んでようが問題児だろうが、弱肉強食のあやかしの世ならば力が全てなのだろう。
「まあでも薫子の言い分にも一理ある。目には目を歯には歯を、あやかしにはあやかしを。同じ属種で解決できるものならばそれが一番効率がいい。騒ぎがこれ以上大きくなる前に手を打つべきじゃな」
「わかっている」
返事をした茜鶴覇は文机に着く。そしてさらさらと美しい所作で筆を走らせ、紙を折り畳んだ。
「…行け」
人差し指と中指で文を挟むと、唇に当てながら命令する。史は鳥のような形に変形し、縁側から外へと飛び出していった。
「後はやつ次第じゃな」
式神が空の果てに消えていくと「よっこいしょ」と起き上がり、十六夜は背伸びをする。
「茜鶴覇よ、また何か報告があれば告げに来よう」
「承知した」
「うむ。では史、薫。またな」
十六夜は二ッと少年の様に笑うと、光の粒となって消えた。薫子は目を見開き辺りを見渡す。茜鶴覇の部屋にはもう十六夜の姿はなかった。
「うふふ、十六夜は土地神様だからねぇ。普段は社の空気の中で漂いながら過ごしてるのよ」
それを聞いて硬直する薫子。
「……え、じゃあ今吸ってる空気って」
「十六夜よ」
(なんというか、居心地が急に…)
薫子が息をひそめて黙り込むと、筆を片付けながら茜鶴覇が声を掛ける。
「史」
「ごめんなさいねぇ、あまりにも純粋で素直だから…」
「……まさか、冗談ですか」
史は空になった十六夜の湯呑を盆に乗せながらクスクスと笑う。薫子は時折、この老婆が少女の様に見える。
「でもね、薫さん。空気ではないけれど、神力のみになって境内を漂っているのは本当よ。いつも春庭か桜の木のあたりで寝てるらしいわ」
(暇なのか?)
十六夜の自由っぷりを見たが、あの調子だと神としての仕事をしているようには見えない。すると、薫子が考えていることが分かったのか、史は微笑んだ。
「ああ見えて十六夜はね、本当にすごい方なのよ」
ああ見えてという発言も中々失礼な気もするが放っておくことにした。
「…さっき白虎様のお名前が上がった事を覚えているかしら」
薫子は冒頭の会話を思い出し「はい」と答える。
「白虎様は四神のひとりでね。茜鶴覇様の領域の西部を統括していらっしゃる土地神様なのよ」
「四神…ですか」
(十六夜様と同じ地位の神ってことかな)
薫子が繰り返すように呟くと史は少し微笑んで続けた。
「西部以外にも東は青龍様、南は朱雀様、北は玄武様が土地を管理されているわ」
(そして十六夜様は中央の土地をってことか)
薫子がなんとなく予想を付けていると、とんでもない話が耳に飛び込んできた。
「その四神様達を全て統括し、配下に置いているのが十六夜なのよ」
目を見開く薫子。茜鶴覇は文机から離れ、再び薫子の目の前に座って茶を啜る。
(なんというか、もう一周回って驚かなくなってき始めた)
目の前に着席した茜鶴覇を見てすぐに真顔に戻った薫子。何かを察したのだろう。史は口元に手を当てて「あらあら」と笑った。
あなたにおすすめの小説
亡き姉の身代わりとして嫁いだ私ですが、離縁状を置いた翌朝、夫が私の「真実」に気づいたようです』
まさき
恋愛
「サインはもう、いただきました。あとは私がこの屋敷を出るだけです」
五年間の結婚生活。侯爵令嬢エルゼが演じ続けたのは、亡き姉・ロザリーの「身代わり」という配役だった。
夫であるカイル公爵が愛していたのは、かつて雪の中で自分を救ってくれた初恋の少女・ロザリー。
生き写しの妹であるエルゼを娶りながらも、彼は一度も彼女を「エルゼ」と呼ぶことはなかった。
冷淡な視線、姉と比較される日々。
「君はどこまでいっても、ロザリーの代わりにはなれない」
その言葉を最後に、エルゼは静かに離縁状を置き、屋敷を去る決意をする。
しかし、彼女が消えた翌朝。
カイルは、エルゼが大切に遺していった古い小箱を見つける。
そこにあったのは、十五年前のあの日、彼が「命の恩人」に預けたはずの片方のカフスボタン。
そして、幼いエルゼが綴った、あまりにも切ない真実の日記だった。
――「あの日、雪の中で貴方を抱きしめていたのは、お姉様ではなく、私だったのです」
真実を知り、絶望の中でエルゼを追うカイル。
だが、すべてを捨てて「自分」を取り戻したエルゼは、もう二度と、彼の隣で微笑む仮面の妻には戻らない。
これは、名前を奪われた女が自由を掴み、愚かな夫が真実の愛を失うまでの、静かで鮮やかな再生の物語。
遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)
スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」
唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。
四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。
絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。
「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」
明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは?
虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!
「今更、あなたの娘のふりなどできません」〜ずっと支えていた手を、そっと引っ込めただけです〜
まさき
恋愛
父が死んだ日から、私は屋敷の「異物」になった。
継母は新しい夫に夢中で、義姉たちは私を使用人のように扱い、継父は三年経っても私の名前を覚えない。
気づいていなかったのだ、あの人たちは。
私の「静寂の手」がずっと、この家を守り続けていたことを。
ある夜、私は静かに荷物をまとめた。
怒りもなく、涙もなく、別れの言葉すら残さずに。
三ヶ月後、屋敷に原因不明の病が広がり始める。
「リーナを探せ」
今更、ですか。
私はもう、別の場所で別の名前で——ちゃんと生きています。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
外れ伯爵家の三女、領地で無双する
森のカフェしっぽっぽ
ファンタジー
十三歳の少女アイリス・アルベールは、人生を決める「祝福の儀」で“ゴミスキル”と蔑まれる《アイテムボックス》を授かってしまう。戦えず、稼げず、価値もない――そう断じた家族は、彼女を役立たずとして家から追放する。さらに、優秀なスキルであれば貴族に売り渡すつもりだったという冷酷な真実まで明かされ、アイリスはすべてを失う。
だが絶望の中、彼女は気付く。この世界が、自分がかつてやり込んだVRMMORPG『メデア』そのものであることに。
そして思い出す――
《アイテムボックス》には、ある“致命的なバグ”が存在することを。
市場で偶然を装いながらアイテムを出し入れし、タイミングをずらすことで発生する“複製バグ”。それは、あらゆる物資を無限に増やす禁断の裏技だった。
食料も、装備も、資金も――すべてが無限。
最底辺から一転、誰にも真似できないチートを手にしたアイリスは、冒険者として歩み始める。だがその力はやがて、経済を歪め、権力者の目に留まり、そして世界の“仕様そのもの”に干渉していくことになる。
これは――
ゴミと呼ばれた少女が、“世界の裏側”を掌握する物語。