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第一章
第十八話 出発
それから四日後。薫子は自室で着物の襟を正していた。
(えっと、これが終わったら……)
簡単な着物しか着て来なかった薫子にとって、ここで着る着物はとても難しい。基本は変わらないが、手順がだいぶ異なる。昨日まで史が根気強く着付けを教えてくれたおかげで、なんとか自力で着脱できるようにはなった。これでまた一つ迷惑を掛けなくて済むと喜ぶべきだろう。
薫子が社に戻ってからの数日間、史は屋敷内での使い勝手を丁寧に教えてくれた。元々史一人でやっていた仕事も、いくつか任せて貰えたので薫子にも仕事がある。まず境内の掃き掃除。主に一年中咲き狂っている桜の花弁や、秋庭の落ち葉を回収する事が仕事になる。社内はとても広い上に秋庭は境内の至る所に在る為、終わるころには夕方になっているなんてことも少なくない。一体史はどうやってこなしていたのやら。
そして二つ目に任されたのは夕食の手伝い関連だ。調理を始め、後片付けや食材の下拵え等である。本当は全て任せて貰おうかと思ったのだが、自分のような下民が作った食事を茜鶴覇に食べさせるのは気が引けたので、手伝いという形で雑用をさせて貰っている。史は「気にすることないのにねぇ」と笑っていたが、薫子が中々頷かないので史は一応了承してくれた。
そんなこんなでようやく暮らしに慣れてきた今日この頃。家族にも茜鶴覇から貰った紙を包み、文と一緒に式神で飛ばしておいた。初めて作った式神は不格好でよたよたとしていたが、二日に一度の周期で返事が返ってくるので、無事に届いているらしい。今朝も式神が薫子の部屋に入れず、障子にぶつかって張り付いていたので剥がして回収しておいた。内容は菊太が久々に寝小便をして弟妹に笑われているという報告と、娘の健康を案ずる言葉である。
「これで大丈夫かな」
(我ながら綺麗に着れていると思う)
史から貰った梅の花の簪を帯に挿し込み、襟や裾を確認した。及第点といったところだろう。薫子は茜鶴覇から貰った結晶を胸元にしまい、部屋を軽く整頓して外に出た。薫子の部屋の前の風景は秋一色で、時折涼しい風に乗って銀木犀の香りと虫の鳴き声が聞こえる。
美しい景色を横目に見ながら障子を閉めた薫子は、茜鶴覇の自室に向かった。綺麗に掃除された廊下を抜け、冬庭に面した渡り廊下を歩く。部屋の前まで来たとき、室内から史の話声が聞こえた。
「ではお任せしましたよ」
「ああ」
薫子は邪魔になるかと思ったが、会話が終わりそうだったので部屋の前に正座し、茜鶴覇に声を掛ける。最初に比べたら幾分かマシだが、やはりここに座ると緊張が走る。
「失礼します、薫子です」
「入れ」
許可が出たので薫子は「失礼します」と挨拶して襖を開けた。そこに丁度座布団から立ち上がった所の史と、湯呑で茶を啜る茜鶴覇の姿がある。いつもと違うのは狩衣ではなく、普通の着物を着ている事だろうか。普通と言っても上等の物だが。
「あらあら、薫さん。もう一人で綺麗に着れるようになったわねぇ」
「ありがとうございます」
偉いわとコロコロ笑う史。薫子は少し照れるが素直に礼を言った。
「支度はできたか」
「はい、お待たせして申し訳ありませんでした」
今朝は茜鶴覇との約束が午後に控えていたので、時間の都合上桜の花弁のみしか掃き掃除が出来なかった。それどころか少しばかり遅刻してしまっている。残りの掃除は史が代わると言ってくれているのだが、任せてくれと言った手前、申し訳なさでいっぱいだ。
「良い、然程待っていない」
茜鶴覇は立ち上がると、衣桁に掛かっていた金の刺繍が美しい羽織を着る。あれは過去に一度薫子に貸したものだ。ふわりと羽織が揺れ、ほのかに桜とお香の匂いが香る。史は「失礼します」と声を掛けて背中側から羽織の襟を正した。その間少しだけ膝を曲げて史がやりやすそうにしている。
「史、馬車の用意を」
「はいはい、今すぐに」
さっと襟を正した史は綺麗なお辞儀をすると、部屋を出て行った。残された薫子は未だに廊下で正座をしている。
「行くぞ」
「承知しました」
茜鶴覇が廊下に出てきたので、静かに襖を閉めて立ち上がり、歩き始めた茜鶴覇の後を追いかけた。
屋敷を出た二人が馬小屋に着くと、そこでは史が暁と黄昏を連れていた。そしてその傍らには馬車が停車している。造りは木造で、煌びやかな雰囲気ではないものの、見る人が見れば二度見をしてしまう程の一級品だ。よく整備をされている。
「行きはどちらを」
史は暁と黄昏の首筋を撫でながら茜鶴覇に訊ねた。スッと目を細めると暁の方を見る。
「暁、お前がこちらに来い」
そう言うと、暁は焦げ茶色の美しい鬣を揺らして嘶きを上げると、驚きの行動に出た。
「……は?」
数泊置いて薫子の声が漏れる。だが今は取り繕う冷静さは無かった。暁が居たそこには男が立っており、高く結い上げた焦げ茶色の髪がさらさらと風に乗っていた。歳は分からないが青年の部類に入る容姿と、端正な顔立ち、高い上背。どこからどう見ても見目が随分と良い部分を除けば普通の人間である。
「じゃあ黄昏、行きは任せましたよ」
残った純白の馬にそう声を掛けると、史は馬車の金具を黄昏に繋いだ。暁は混乱している薫子と目が合うと微笑み返す。
「……あの、質問してもよろしいでしょうか」
(というかさせてくれ頼む)
薫子が静かにそう言うと、茜鶴覇は馬車の中で聞くとだけ答えて乗り込んだ。それを見送った暁も御者台に乗り込む。
「薫子」
さきに乗り込んだ茜鶴覇が薫子に手を差し伸べた。よく見ると、着物のまま上がるには少々高い段差になっている。これを簡単に上がって行った事を考えると、茜鶴覇は相当足が長い。
「あ、えっと…」
羨ましいなんて考えはすぐに吹き飛び、冷や汗をたらりと流す薫子。
(これは手を使わせて頂くべきなのか?)
それはそれで罰当たりな気がするが。
薫子が手を取るか迷っていると、茜鶴覇が口を開く。
「構わぬ。気にせず手を取れ」
「は、はい。失礼いたします」
そっと重ねると、痛くない程度に加減された茜鶴覇の手が握り返してきた。そしてグイッと上に引き上げられ、馬車に乗り込む。車内には向かい合った席があり、茜鶴覇は進行方向の方を向いて座った。
(どこに座るべきなんだろう)
真正面に座るわけにもいかないので、茜鶴覇から見て左斜め前に腰を下ろす。薫子が馬車の窓から顔を出すと、ニコニコと笑う史の姿があった。馬車に乗っているせいで朗らかに笑う老婆の顔はだいぶ下にある。
「それでは茜鶴覇様、くれぐれも薫さんをよろしくお願いしますね」
「わかっている」
(主の心配はしないのか、この老婆)
心配するほどの事が茜鶴覇の身に起こるとは到底思えないが、それにしてもこの見送りの挨拶は如何なものかと思う。そしてそれを咎めもしない茜鶴覇も茜鶴覇で感覚が少しずれているように感じる。
史は「行ってらっしゃいませ」とだけ言って一歩下がり、深々とお辞儀をした。それを合図に馬車が動き始める。予想通り空を駆け始める車体に対し、薫子は何も考えない事にした。
「…して、何を訊ねたかったのだ」
空を走りだして少しした時、茜鶴覇が話を切り出す。薫子は気まずそうに口を開いた。
「…暁は、一体何者なんですか?てっきり神獣なのかと思っていたのですが」
「その認識で合っている。今のあの姿は私が与えているだけに過ぎない」
(…動物の形をした者を人型にするとは)
本当に常識が一切通用しない神様である。
「ということは黄昏も人間の姿になるんですか?」
「ああ。行きと帰りはいつも交互にしている」
へえ、と納得しかけたが、薫子は根本的な疑問が浮かんできた。
「普段、こうして山を下りるんですか?あまり想像がつかないのですが」
茜鶴覇を含めた上級神は、普段姿を滅多に現さない。この四日間社で過ごしていて分かった事のひとつに、茜鶴覇の職務といえる行いについてがある。それは百五十程ある各村の祭事を見聞し、場合によっては茜鶴覇自らが問題を解決したり、それぞれの管轄である四神に文を送っているのだ。その祭事自体は二日に一度の頻度で行われる。その度茜鶴覇は覆面を着用し、鳥居の外へと出ていくのだ。薫子が生贄として捧げられて来た時の様に。
なるべく外にいる時間を短縮し、人間に顔を晒さぬようにしている茜鶴覇。そんな神様が何故今下山しようとしているのか。
「史は数週間に一度街へ買い出しに行くが、私は数年に一度程度だ」
(それでも外には出るんだな)
勝手に外界との繋がりの一切を断っているものだと思い込んでいた薫子。意外な返答に目を少し見開いた。
「…あ、でも、覆面はよろしいのですか?」
今茜鶴覇は女神の様に美しい顔が剥き出しである。目立ってしょうがない上に眩しくて目が痛い。
「覆面を着けていたら目立つだろう」
(それはそうだけど)
絹糸のような白髪に、整い過ぎた顔立ち、見上げる程の上背に、神秘的な空気感。誰もが人間ではないと本能で察してしまう。
すると。
「こうすれば問題あるまい」
そういった瞬間、茜鶴覇の髪が純白から漆黒に染まり、唐紅の瞳も同様に黒へと変化した。白い肌は色味を帯び、神聖な空気感も少し収まったように思う。
(とはいっても、顔の形状が変わるわけではない。目立つには目立つ)
謎の神獣美青年もいる事を考慮すると、道行く女が惚れて熱でも出しそうだ。
「人間に見えるだろう」
(ええ、見えますとも。一般人ではない人間に)
茜鶴覇は頷く薫子に満足したのか、窓の外へ視線を移す。青空の中を駆けていく馬車は、最高に景色がいい。下を見ると意識が遠のくという事は触れないでおく。
(えっと、これが終わったら……)
簡単な着物しか着て来なかった薫子にとって、ここで着る着物はとても難しい。基本は変わらないが、手順がだいぶ異なる。昨日まで史が根気強く着付けを教えてくれたおかげで、なんとか自力で着脱できるようにはなった。これでまた一つ迷惑を掛けなくて済むと喜ぶべきだろう。
薫子が社に戻ってからの数日間、史は屋敷内での使い勝手を丁寧に教えてくれた。元々史一人でやっていた仕事も、いくつか任せて貰えたので薫子にも仕事がある。まず境内の掃き掃除。主に一年中咲き狂っている桜の花弁や、秋庭の落ち葉を回収する事が仕事になる。社内はとても広い上に秋庭は境内の至る所に在る為、終わるころには夕方になっているなんてことも少なくない。一体史はどうやってこなしていたのやら。
そして二つ目に任されたのは夕食の手伝い関連だ。調理を始め、後片付けや食材の下拵え等である。本当は全て任せて貰おうかと思ったのだが、自分のような下民が作った食事を茜鶴覇に食べさせるのは気が引けたので、手伝いという形で雑用をさせて貰っている。史は「気にすることないのにねぇ」と笑っていたが、薫子が中々頷かないので史は一応了承してくれた。
そんなこんなでようやく暮らしに慣れてきた今日この頃。家族にも茜鶴覇から貰った紙を包み、文と一緒に式神で飛ばしておいた。初めて作った式神は不格好でよたよたとしていたが、二日に一度の周期で返事が返ってくるので、無事に届いているらしい。今朝も式神が薫子の部屋に入れず、障子にぶつかって張り付いていたので剥がして回収しておいた。内容は菊太が久々に寝小便をして弟妹に笑われているという報告と、娘の健康を案ずる言葉である。
「これで大丈夫かな」
(我ながら綺麗に着れていると思う)
史から貰った梅の花の簪を帯に挿し込み、襟や裾を確認した。及第点といったところだろう。薫子は茜鶴覇から貰った結晶を胸元にしまい、部屋を軽く整頓して外に出た。薫子の部屋の前の風景は秋一色で、時折涼しい風に乗って銀木犀の香りと虫の鳴き声が聞こえる。
美しい景色を横目に見ながら障子を閉めた薫子は、茜鶴覇の自室に向かった。綺麗に掃除された廊下を抜け、冬庭に面した渡り廊下を歩く。部屋の前まで来たとき、室内から史の話声が聞こえた。
「ではお任せしましたよ」
「ああ」
薫子は邪魔になるかと思ったが、会話が終わりそうだったので部屋の前に正座し、茜鶴覇に声を掛ける。最初に比べたら幾分かマシだが、やはりここに座ると緊張が走る。
「失礼します、薫子です」
「入れ」
許可が出たので薫子は「失礼します」と挨拶して襖を開けた。そこに丁度座布団から立ち上がった所の史と、湯呑で茶を啜る茜鶴覇の姿がある。いつもと違うのは狩衣ではなく、普通の着物を着ている事だろうか。普通と言っても上等の物だが。
「あらあら、薫さん。もう一人で綺麗に着れるようになったわねぇ」
「ありがとうございます」
偉いわとコロコロ笑う史。薫子は少し照れるが素直に礼を言った。
「支度はできたか」
「はい、お待たせして申し訳ありませんでした」
今朝は茜鶴覇との約束が午後に控えていたので、時間の都合上桜の花弁のみしか掃き掃除が出来なかった。それどころか少しばかり遅刻してしまっている。残りの掃除は史が代わると言ってくれているのだが、任せてくれと言った手前、申し訳なさでいっぱいだ。
「良い、然程待っていない」
茜鶴覇は立ち上がると、衣桁に掛かっていた金の刺繍が美しい羽織を着る。あれは過去に一度薫子に貸したものだ。ふわりと羽織が揺れ、ほのかに桜とお香の匂いが香る。史は「失礼します」と声を掛けて背中側から羽織の襟を正した。その間少しだけ膝を曲げて史がやりやすそうにしている。
「史、馬車の用意を」
「はいはい、今すぐに」
さっと襟を正した史は綺麗なお辞儀をすると、部屋を出て行った。残された薫子は未だに廊下で正座をしている。
「行くぞ」
「承知しました」
茜鶴覇が廊下に出てきたので、静かに襖を閉めて立ち上がり、歩き始めた茜鶴覇の後を追いかけた。
屋敷を出た二人が馬小屋に着くと、そこでは史が暁と黄昏を連れていた。そしてその傍らには馬車が停車している。造りは木造で、煌びやかな雰囲気ではないものの、見る人が見れば二度見をしてしまう程の一級品だ。よく整備をされている。
「行きはどちらを」
史は暁と黄昏の首筋を撫でながら茜鶴覇に訊ねた。スッと目を細めると暁の方を見る。
「暁、お前がこちらに来い」
そう言うと、暁は焦げ茶色の美しい鬣を揺らして嘶きを上げると、驚きの行動に出た。
「……は?」
数泊置いて薫子の声が漏れる。だが今は取り繕う冷静さは無かった。暁が居たそこには男が立っており、高く結い上げた焦げ茶色の髪がさらさらと風に乗っていた。歳は分からないが青年の部類に入る容姿と、端正な顔立ち、高い上背。どこからどう見ても見目が随分と良い部分を除けば普通の人間である。
「じゃあ黄昏、行きは任せましたよ」
残った純白の馬にそう声を掛けると、史は馬車の金具を黄昏に繋いだ。暁は混乱している薫子と目が合うと微笑み返す。
「……あの、質問してもよろしいでしょうか」
(というかさせてくれ頼む)
薫子が静かにそう言うと、茜鶴覇は馬車の中で聞くとだけ答えて乗り込んだ。それを見送った暁も御者台に乗り込む。
「薫子」
さきに乗り込んだ茜鶴覇が薫子に手を差し伸べた。よく見ると、着物のまま上がるには少々高い段差になっている。これを簡単に上がって行った事を考えると、茜鶴覇は相当足が長い。
「あ、えっと…」
羨ましいなんて考えはすぐに吹き飛び、冷や汗をたらりと流す薫子。
(これは手を使わせて頂くべきなのか?)
それはそれで罰当たりな気がするが。
薫子が手を取るか迷っていると、茜鶴覇が口を開く。
「構わぬ。気にせず手を取れ」
「は、はい。失礼いたします」
そっと重ねると、痛くない程度に加減された茜鶴覇の手が握り返してきた。そしてグイッと上に引き上げられ、馬車に乗り込む。車内には向かい合った席があり、茜鶴覇は進行方向の方を向いて座った。
(どこに座るべきなんだろう)
真正面に座るわけにもいかないので、茜鶴覇から見て左斜め前に腰を下ろす。薫子が馬車の窓から顔を出すと、ニコニコと笑う史の姿があった。馬車に乗っているせいで朗らかに笑う老婆の顔はだいぶ下にある。
「それでは茜鶴覇様、くれぐれも薫さんをよろしくお願いしますね」
「わかっている」
(主の心配はしないのか、この老婆)
心配するほどの事が茜鶴覇の身に起こるとは到底思えないが、それにしてもこの見送りの挨拶は如何なものかと思う。そしてそれを咎めもしない茜鶴覇も茜鶴覇で感覚が少しずれているように感じる。
史は「行ってらっしゃいませ」とだけ言って一歩下がり、深々とお辞儀をした。それを合図に馬車が動き始める。予想通り空を駆け始める車体に対し、薫子は何も考えない事にした。
「…して、何を訊ねたかったのだ」
空を走りだして少しした時、茜鶴覇が話を切り出す。薫子は気まずそうに口を開いた。
「…暁は、一体何者なんですか?てっきり神獣なのかと思っていたのですが」
「その認識で合っている。今のあの姿は私が与えているだけに過ぎない」
(…動物の形をした者を人型にするとは)
本当に常識が一切通用しない神様である。
「ということは黄昏も人間の姿になるんですか?」
「ああ。行きと帰りはいつも交互にしている」
へえ、と納得しかけたが、薫子は根本的な疑問が浮かんできた。
「普段、こうして山を下りるんですか?あまり想像がつかないのですが」
茜鶴覇を含めた上級神は、普段姿を滅多に現さない。この四日間社で過ごしていて分かった事のひとつに、茜鶴覇の職務といえる行いについてがある。それは百五十程ある各村の祭事を見聞し、場合によっては茜鶴覇自らが問題を解決したり、それぞれの管轄である四神に文を送っているのだ。その祭事自体は二日に一度の頻度で行われる。その度茜鶴覇は覆面を着用し、鳥居の外へと出ていくのだ。薫子が生贄として捧げられて来た時の様に。
なるべく外にいる時間を短縮し、人間に顔を晒さぬようにしている茜鶴覇。そんな神様が何故今下山しようとしているのか。
「史は数週間に一度街へ買い出しに行くが、私は数年に一度程度だ」
(それでも外には出るんだな)
勝手に外界との繋がりの一切を断っているものだと思い込んでいた薫子。意外な返答に目を少し見開いた。
「…あ、でも、覆面はよろしいのですか?」
今茜鶴覇は女神の様に美しい顔が剥き出しである。目立ってしょうがない上に眩しくて目が痛い。
「覆面を着けていたら目立つだろう」
(それはそうだけど)
絹糸のような白髪に、整い過ぎた顔立ち、見上げる程の上背に、神秘的な空気感。誰もが人間ではないと本能で察してしまう。
すると。
「こうすれば問題あるまい」
そういった瞬間、茜鶴覇の髪が純白から漆黒に染まり、唐紅の瞳も同様に黒へと変化した。白い肌は色味を帯び、神聖な空気感も少し収まったように思う。
(とはいっても、顔の形状が変わるわけではない。目立つには目立つ)
謎の神獣美青年もいる事を考慮すると、道行く女が惚れて熱でも出しそうだ。
「人間に見えるだろう」
(ええ、見えますとも。一般人ではない人間に)
茜鶴覇は頷く薫子に満足したのか、窓の外へ視線を移す。青空の中を駆けていく馬車は、最高に景色がいい。下を見ると意識が遠のくという事は触れないでおく。
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