桜咲く社で

鳳仙花。

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第一章

第二十八話 やっと来たか




 翌朝。
背伸びをして起き上がると、ばたばたと障子に何かが張り付いていた。よく見ると、神来社からいとの家紋が押された式神である。
(夜中の間に来たのか)
式神を手に取り、中を確認する。差出人は伊吹だった。恐らく昨晩の返事を出してくれたのだろう。
 薫子は寝癖の跳ねる頭のまま、文机ふづくえに着いて文を広げた。

『こんばんは。夜分遅くに式神を送ってすみません。今調べ終わったので僕の分かる範囲で報告します。
 まず、神殺しの実の処置法からなのですが、そもそも自体が物凄く希少で、その生態や詳しい事はよくわかっていないみたいです。なので処置の仕方も今の所不明とお応えします。家の書庫を一通り漁ってみたのですが、それに代わる方法もめぼしい物はありませんでした。多分神来社だけでなく、つくも家や黎明れいめい家も同じ程度しかわかっていないと思います。
 ただ、関係あるかどうかはわかりませんが一つ判明した事があります。神殺しの実は別名『御霊みたま宝果ほうか』と呼ばれていると記述きじゅつされていました。ですが、僕の知識ではこれがどういう意味なのかはわかりませんでした。申し訳ないです。
 次に、薫子さんが把握している内容の中にあった天界での会議の事ですが、圓月様のおっしゃられる通り、恐らく今回の議題はあやかし騒動、もしくは神殺しの実についての事が上げられるでしょう。そしてその首謀者の疑いが掛かった圓月様は会議に召喚されるはずです。ですが、おさである前に茜鶴覇様のご友人でもある方なので、突然捕縛されてさばかれるなんてことは無いと思われます。ただ今後、天界側のあやかしへの態度は酷烈こくれつを極めると思った方が良いでしょう。
 会議には僕たち三大神族も参加するので、何か動きがあればまた文を送ります。きっと茜鶴覇様から聞く方が早いと思いますが、僕から見た様子や感じた事も織り交ぜて送ります。何かの手掛かりになれば幸いです。
 そして今現世うつしよで嫌な空気が漂っているので、薫子さんもどうかお気を付けください』

 文は最後に神来社伊吹とつづられ、薫子の身を案じる形で終わっている。薫子は深いため息をついた。
(処置の方法は分からない…か)
こればっかりは仕方ないとも言える。伊吹の言う通り数千年に一度の実なんて分かってなくて当然だ。そもそも見つける事だって難しい。神にとって毒であり、あやかしには薬となるという事が分かっているだけでも良しとしなければならない。
 (……ていうか、本当にすごいんだな神族って)
知ってはいたが、まさかそんな規模の狂った会議にまで顔を出す身分だとは思わなかった。たしか、呉服屋の女主人は伊吹の身分を「お世継ぎ様」と口走っている。つまり次期当主である立場の人間ということだ。今回の会議も家の後継者としてついて行くのかもしれない。
 薫子は文机に突っ伏す。これで薫子にできる事はもう何もない。せめて解毒方法や鎮静剤の作り方でもわかれば役に立つかと思ったが、そんな物があるとしたらきっと茜鶴覇達が知っている。
(世の中そんな上手くできていない)
 薫子はもう一度大きくため息を吐くと、立ち上がって布団を片付ける。寝間着から普段着に身を包むと、寝癖をくしきながら伊吹の文を文机の引き出しにしまった。

 その日の夕暮れ。夕焼けが社を照らしている中、薫子は箒と手箕てみを鶏小屋の隣にある道具入れに片付ける。台所からは美味しそうな夕食の匂いが漂ていた。
 薫子は裏戸口から台所へ入る。
「史さん、お手伝いします」
「ありがとう、そろそろ出来上がるから茜鶴覇様と圓月様を呼びに行ってくれないかしら」
味噌汁の味見をしていた史が振り返る。
「はい、わかりました。行ってきます」
さっと砂埃の着いた手を洗い、手ぬぐいで拭うと掃除用の前掛けを外して畳んだ。そのまま軽く史にお辞儀をした後、薫子は風呂場の方へ向かう。木の格子こうしからはもくもくと湯気が漏れていた。薫子はそのまま通り過ぎ、井戸のある場所へ向かう。そこには洗濯板と、水の張った大きなたらいが二つあり、ひとつは掃除で使用した付近や雑巾が浸けてある。薫子はそれとは別のもう一つの方へ前掛けを入れた。そちらは前掛け用である。
 手を拭きながら屋敷に戻ってきた薫子は、来客用の部屋には向かわず直接茜鶴覇の私室を目指した。
「失礼します、薫子です」
「入れ」
いつも通りのやり取りを経て襖を開ける。案の定圓月は自室ではなく茜鶴覇の部屋にいた。
「お、飯か?」
「はい。そろそろ支度が整うので、居間へお越しください」
圓月はよだれを垂らして反応したが、茜鶴覇はそれと対照的に「ああ」と頷くだけである。
 薫子はふたりが部屋を出る前に立ち上がり、断りを入れて先に台所へ向かった。
 「薫さん、その御膳から運んでくれる?」
薫子が台所に入ると、既に三膳仕上がっていた。今は圓月用のカステラを支度しているようだ。薫子は返事を返し、てきぱきと配膳する。今日の夕食は鴨の照り焼きらしい。史の料理は絶品なので、頬が落ちる程美味いのだろう。ごくりと唾を飲み込んで一番最後に自分の席に膳を置く。すでに座布団が敷いてある所を見ると、茜鶴覇か圓月が敷いてくれたみたいだ。
 薫子が自分の席に正座すると、前掛けを外した史が甘味の乗った膳を持って入ってきたので、圓月が目を少し輝かせる。まるで無邪気な少年の様に見えた。
 史が「お待たせしました」と言って席に着いたので、皆で手を合わせて食事を始める。
嗚呼ああ、やっぱり美味い)
じゅわりと肉汁があふれる鴨肉は臭みが綺麗に取られ、辛すぎず甘すぎずのいい塩梅あんばいで味付けされていた。流石は史である。
 食事をしつつ、薫子はいつも通りの流れで圓月がべらべらと話し始めるので相槌を返した。今日も十六夜は居ないので、圓月は一人で喋っている。正確には薫子が相槌を返しているから独り言ではないのだが。たまに史と茜鶴覇も反応しているので、ふたりは無視しているというよりは聞くにてっしているようである。
 圓月本人は他人と話すのが好きそうなので、薫子は聞いているぞという意思表示で相槌を打っているのだが、こういう所を見るとやはり少年のようだ。ふと山のふもとに居る弟妹ていまいを思い出して懐かしく思う。
 その時、賑やかに話していた圓月が黙り、茜鶴覇も箸を止めた。どうしたんですかと声を掛ける前に、圓月がパッと立ち上がった。
「やっと来たか、あの野郎」
少し呆れたような笑みを浮かべ、圓月は居間の障子を開け放つ。そのまま踏石に置いてあった下駄を履くと、庭に出て行った。それに続くように茜鶴覇も草履を履いて出ていく。
 薫子は史と顔を見合わせ、居間から二人の様子を見た。茜鶴覇たちは上空を見上げている。
(なんだ、一体…)
すると、ざあっと木々が揺れ始め、突風が巻き起こった。砂埃が激しく上がり、居間に飛んでくるかと薫子と史は身構える。しかし圓月が背にある大きな翼を大きく羽ばたかせた風圧で、勢いを相殺し、こちらには塵一つ飛んでこなかった。
 「おい、今までどこ飛び回っていやがった」
羽を畳み、圓月が声を掛けた瞬間、上空から人影が降りて来る。
「すまない、遅くなった」
そう言って肩に掛かった髪を手で払いのける青年。まるで天女が降りてきたような状況に、薫子は唖然とする。
 長い髪を低い位置で結んだ青年は、翡翠ひすいの目と尖った耳が特徴的な容姿をしていた。
(あれは、もしかして…)
茜鶴覇と圓月の反応を見る限り、親しい友人のようである。そして圓月の「やっと来たか」という言葉から推測すると、あの青年の正体は簡単に分かった。
「風牙、話は後で聞く」
「…かたじけない」
茜鶴覇に軽く頭を下げる青年。薫子の中で推測が確信に変わった。
彼は一昨日話していた風神、風牙で間違いない。


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