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第一章
第三十話 行方不明
「あ、薫さん」
「はい、何でしょうか」
髪の水気を取りながら脱衣所から出てきた史。薫子は入れ替わる際、呼び止められていた。
「茜鶴覇様から聞いたわ。衣装箱に入ってたあの簪、貴女が私の為に選んでくれてそうね…。ありがとう」
あの簪とは数日前に街で薫子が選んだ月下美人の花の物だろう。薫子は少し恥ずかしい気持ちになる。
「いえ…私は選んだだけで、お金をお支払いしたのは茜鶴覇様です」
「それでも私を想って選んでくれたことに変わりはないわ」
ニコニコと嬉しそうに微笑む史。薫子は視線を逸らした。
「…以前史さんから梅の花の簪を頂いたので、せめてもの礼のつもりです」
「ああ、あれねぇ。こんな老婆のお下がりなんだから、全然気にしなくたっていいのに」
頬に手を当てて目を見開くが、薫子を見つめた後「ふふふ」と声を漏らす。
「でも、ありがとう。大事に使うわね」
「こちらこそ、いつも良くして頂いてありがとうございます」
薫子が深くお辞儀をすると、史はコロコロと笑う。
「ゆっくり温まって来るのよ。それと髪はちゃんと拭く事」
「はい、わかりました」
史は薫子の返事を聞くと、屋敷の中へ戻っていった。薫子はその背中を見送り、脱衣所に入る。
(なんだか直接礼を言われると照れるな)
着物の帯を解きながら、薫子はにやける頬をそっと撫でた。
薫子が身支度を済ませて茜鶴覇の部屋に行くと、そこには十六夜と史の二人しか居なかった。薫子は首を傾げる。
「皆様はどちらへ…?」
薫子で風呂は最後のはずなので、てっきり皆集まっているのだと思っていた。
「天界からの式神が来た。やつらならそこに居るよ」
十六夜が薫子の質問に答えながら指をさす。そちらを見ると、庭に出た茜鶴覇達が大きな鳥を囲んでいた。鶴のような形をした式神は、彼らに何かを渡して霧散する。
「終わったか?」
少し気怠げに十六夜が縁側に出て声を掛けると、圓月が振り返った。
「おー。明日天界で会議やるんだとよ」
相変わらず湿った髪を無造作に結んだ圓月は、大きなため息を吐きながら首の後ろを撫でる。
「やっぱ俺も招集掛けられたわ」
「じゃろうな」
十六夜は肩をすくめて縁側に腰かける。茜鶴覇は彼の隣に腰を下ろして文を開いた
薫子はどこに行っていいのか分からなかったので、縁側のすぐ側で座る史の隣に行く。
「やはり、今回の大きな議題は神殺しの実についての様だ」
茜鶴覇が文を読み終える頃、他の二人も読み終えたのか懐にしまっていた。風牙は「そのようだな」と呟いて目を伏せる。それを見た圓月は柱に寄りかかって口を開いた。
「……んで、お前はこの半月何やってたんだよ。式神ひとつ寄越さねぇで」
「それは…」
風牙は深刻そうな面持ちで押し黙る。何かしらの情報は掴んだが、非常に言い辛い。そんな感じである。
「風牙」
問いただす様に圓月が風牙を呼ぶ。すると、決心が着いたのか風牙は目を閉じた。
「……半月前、今まで感じていた気配が、突如不安定な動きを見せた」
「気配…?」
十六夜は首を傾げる。
「気配、というよりも魂の感覚だろうか」
風牙はそういうと、話を続ける。
「……雷神、爪雷の気配が感じ取れなくなったんだ」
「なんと…」
「それ、本当か?」
目を見開く圓月と十六夜。風牙はこくりと頷いた。
「お前たちも知ってると思うが、風神雷神はお互いの大体の居場所は分かる。だが最近はその気配が消えたり現れたりしているんだ。日によってはハッキリと感じ取れたりもしたのだが、その場所へ向かうと途端に微弱になり、追えなくなってしまう。そして今は、爪雷の気配が消え、居場所が完全に分からなくなっている状態だ」
風牙がそう言うと、眉を寄せた十六夜が呟く。その声音は暗かった。
「…考えたくはないが、実を手に入れた何者かに捕縛され、お主をおびき寄せる餌にしておるかもしれんのぉ」
その発言に異論は無いのか、誰も反論しなかった。風牙でさえ黙っている。
(神殺しの実を手にした何者かって…)
それはつまり神である爪雷の身に危険が迫っているという事だ。いつその実の毒が猛威を振るうか分からない。
「これは憶測にすぎない。別件に巻き込まれた可能性もある。……が」
「……それは、恐らく非常に考えにくい説だ」
十六夜に続いて文を懐にしまい込んだ茜鶴覇が口を開く。
「状況を見るに、今回の件での何かしらに巻き込まれた。そう仮定した方が良いだろうな」
「俺も、そう考えている」
風牙はあくまで風神として答えた。
淡々と話を進める四人の背中を見つめながら、薫子は膝の上で重ねた手を握りしめる。
(きっと心配してないわけじゃ無い。だけど)
皆それぞれ立場のある身分故、爪雷の身の安全よりも事態の把握を優先しているようだった。
(兄弟が、友人が、攫われたかもしれないのに、心配することも後回しにしなければならない)
到底下民には分からない上に立つ者の宿命に、薫子は初めて神に同情する。
顔を伏せる薫子。それを横目に見た史が、優しく背を撫でた。
「事態を解決する事が、爪雷様を救う手段にもなる。……だから茜鶴覇様たちはこうして話しているのよ」
史の言葉に薫子は「そうですね…」と呟く。状況や国の内情を話し合う彼らの表情は、今まで以上に真剣だった。史の言う通り、身を案じているからこそ冷静になっているようである。
薫子はそんなピリピリとした緊迫感の中、現世が緩やかに、そして確実に変わっていくのを痛感するのだった。
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