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第一章
第三十三話 反撃の時
時折、パリッと何かが爆ぜる音が十六夜の周りで鳴る。青年は桜色の髪を風に靡かせ、口を開いた。
「……全員地獄へ放り込んでやる」
その瞬間、殺気を感じ取ったのか、地獄の番兵達が一斉に先ほどの黒い塊を撃ち放つ。
「蛇歌」
「五月蠅い、分かっておる」
十六夜が大きく腕を振ると、まるで雷が落ちたかのような雷撃が黒い塊を粉砕していく。
だがその雷撃を潜り抜けたものが、十六夜の後ろに下がっていた薫子達目掛けて飛び出した。
「やれやれ」
妖艶な声音が薫子の耳に届くと同時に、滝のような水流が四人の周囲を高速で回って、塊が触れるよりも先に弾き飛ばす。
「面倒なことになった」
蛇歌は心底嫌そうに言いながら肩に掛けていた白い衣を空に放り投げた。ひらひらと舞う衣は次第にその形を変え、巨大な白蛇に変貌する。蛇歌の背後に蜷局を巻いた大蛇は、首を持ち上げて舌を出していた。
あまりの大きさに薫子が青い顔で見上げていると、パキパキという音が蛇歌から聞こえる。そちらを見ると、彼女の頬には鱗のようなものが出来ていた。それはまるで蛇の肌の様だ。
「やつらに神力は効かんぞ、十六夜」
「ああ、仕方あるまい。押し返すのみだ」
十六夜はそう言うと、地面を蹴って空へ駆け上がっていく。まるで台でもあるかのように空中を登っていく様は、背中から羽が生えているような軽快さだった。
「水蛇よ、押し流せ」
蛇歌が命令すると、その足元から水で出来た大蛇が多数飛び出す。そして地上に降りてきた地獄の番兵たちに向かって襲い掛かった。
「薫さん、私の側から離れないで」
辺りを警戒する老婆。しかしその横顔は明らかにカタギでは無かった。ふと見ると、その手にはクナイが握られている。
(この老婆、一体何者――…)
薫子が目を見開いた瞬間、振り返った史がグイッと腕を引いた。薫子は数歩よろけて老婆を見る。金属がぶつかり合うような音が鳴り響き、薫子はひゅっと息を飲んだ。
「史さん!」
史はクナイで器用に地獄の番兵が振り下ろした爪を受け止めている。そして上手く弾くと、強烈な蹴りが地獄の番兵の鳩尾に入った。その身のこなしはやはり一般人ではない。場慣れした身のこなしと、ぶれない体幹は訓練された老兵だった。
(いや、老兵というよりもこれは)
忍と言った方がより正確である。
「この老婆、そう易々とやらせはせぬ」
ビッと着物の側面を切り裂いた史は、後ろ帯から手裏剣を複数枚取り出した。
「史さん、貴女は…」
「……隠していたわけじゃ無いの。後で説明するわ」
そう言うと、史は手裏剣を指の間に挟んで構える。
「だから今は、自分の身の安全を最優先にして頂戴」
地獄の番兵が足を踏み出した瞬間、史は手裏剣を投げつけた。真っ直ぐ飛んでいく手裏剣たちは、それぞれ頭部に直撃する。地獄の番兵たちは、パンという破裂音を出して黒い霧になって消えていった。
「あいつらは殺せない。その代わりある程度の損傷を与えれば、地獄に押し返すことが出来るの」
(ある程度の損傷…)
人間の武器でもできるという事は、薫子にも何かできるかもしれない。とはいえ周りには棒切れひとつなく、薫子だけがその場で無力だった。
(何か、私にも身を守る手段を…!)
薫子が居る限り史は身動きが取れない。
十六夜だけ上空で戦っているが、地上に居る薫子達への攻撃を阻止するので手一杯だ。しかもどんどん地獄の番兵の数は増えていっているので、かなり手こずっているのが見てわかった。更に地上も空と同じで、倒しても倒してもすぐに地獄から湧いて出て来ている。蛇歌は倍以上に増え続ける地獄の番兵たちに、牽制と迎撃を繰り返しているため、薫子達から離れられない状況だった。
(せめて少しでも足手纏いを減らさなければ)
薫子は何かないかと周りを見渡す。そしてあるものが目に入った。
(簪…!)
帯に挿し込んでいた梅の花の簪は、先端が鋭い。クナイ程殺傷能力が無くとも、何も持たぬよりはマシである。
「史さんから、離れて!」
地獄の番兵二体が史を爪で押さえつけていた所に、薫子が簪を振り上げた。薫子の存在に気付くのが遅れた一体の胸に簪が刺さる。そして破裂音と共に霧となる。蛇歌はそれを見て手をかざす、地獄の番兵を迎撃していた水蛇の一帯が逃したもう一体をを食いちぎった。
「薫さん!なんて危ない事するの!」
「でも私が身を守れたら、少しはこの状況が良くなるのではないですか」
薫子がそう言うと、史もその考えが無かったわけではんかったようで、顔をゆがめる。蛇歌は薫子を横目に見ながら口を開いた。
「それはそうだ。一瞬でもアタシがお主らに割いていた蛇どもを迎撃に使えば、少なくとも地上は一掃できる。そして十六夜も、こちらに気を取られる事もなく撃破するだろう」
蛇歌は距離を詰めて来る多数の地獄の番兵に気付き、三人を覆っていた滝のような水壁の勢いを更に強化する。その間に外を這いずっている水蛇が地獄の番兵に噛みついた。
あくまで冷静な状況判断をする蛇歌に、史は「でも…」と決断をしあぐねる。
「このままだと皆やられてしまいます。私の事は大丈夫です」
薫子がそう言うと、蛇歌が喉の奥を鳴らして笑った。
「その美しく強靭な肝っ玉。アタシはすごく好きだよ薫子」
ザッと地面を踏みしめて蛇歌は右腕を高く上げる。それを見た史は覚悟を決めたのか、薫子と背中合わせになった。強く硬い史の背中を感じながら、薫子は簪を不格好ながらも構える。
「飲み込め。濁流と化せ。全てを撃ち払え」
蛇歌が腕を振り下ろすと薫子達を守っていた水壁が消え、這っていた水蛇が崩れ落ちた。待ってました後ばかりに襲い掛かって来る地獄の番兵に、薫子は体を硬直させた。
「放て」
凛とした声が響き、白い大蛇が口を大きく開く。その牙は鋭く、二股に別れた舌が動いていた。その瞬間とんでもない威力で大量の水が噴射される。掠っただけで地獄の番兵たちが破裂しているので、かなりの損傷を追うらしい。
あっという間に地上に居た地獄の番兵どもを蹴散らした蛇歌は上空に向かって叫ぶ。
「十六夜!」
十六夜は地上を一瞥すると、にやりと口角を上げた。
「これで遠慮は無しじゃ」
右の手のひらを地獄の番兵達に向けると、目を見開いて狂気的な笑みを浮かべながら口を開く。
「早急に立ち去れ。魂の髄まで燃やし尽くすぞ」
そう言った途端、バリバリという雷撃の音が空に響き渡った。落雷のような音が木霊する。空に浮遊していた地獄の番兵たちは、逃げる間もなく一斉に消し飛んだ。
圧倒的な力を前に、薫子は口を開けて呆然とする。今まで些細なものは見てきたが、ここまでの物を見たことは無かった。
(これが、神様の力…)
薫子は地獄の番兵という存在を始めていたのだが、神との力の差は天と地ほどある様だ。
蛇歌は頬の鱗を元に戻すと、白い大蛇をひと撫でして衣に戻す。久しぶりに力を大きく使ったからか、彼女の顔色が青白かった。
「蛇歌、すぐに結界を張り直す。茜鶴覇が居らぬ故、元通りにはならぬが簡単な物ならできる。手を貸せ」
「ああ、わかった」
上空から降りてきた十六夜はそう言って蛇歌に協力を仰ぐ。蛇歌はすぐに頷いた。
薫子は体調があまり良くなさそうな彼女の小走りする背中を見つめる。
(私たちを守ってたから、たくさん疲労を溜めてしまったのかもしれない)
薫子はやるせなさを感じ、ぎゅっと手を握りしめた。
その時。
「えっ?」
グッと腰に何かが回って引かれ、史と引き離される薫子。全ての動きが遅く見えた。揺れる視界には、焦った顔で手を伸ばす史と、目を見開いて振り返る十六夜と蛇歌が映る。
そこで薫子は理解する。今自分の腹に回っているのが、地獄の番兵の腕だという事に。
「薫さん‼」
「史さーーー…」
薫子は地獄の番兵の腕に引かれ、あっという間に黒い闇の霧の中へ引きずり込まれる。
ケタケタという不気味な笑い声と共に、薫子は史たちの目の前で連れ去られたのだった。
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