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第一章
第三十四話 天界会議
しおりを挟む神々が住まう天界の中心には、大きな城がある。その城には巨大な部屋があった。円を描くように繋がった机があった。その机は一段目から八段目まであり、最上階には茜鶴覇の姿がある。その一つ下の段の茜鶴覇の前には風牙が居た。どうやら階級に合わせて段分けされているらしい。
茜鶴覇はジッと中央に立つ男を見下ろす。背に大きな黒い翼を持つその男は圓月だった。
「貴様、何も知らぬとほざくか」
「何も知らないと言ったのは、犯人についてです。現世で異変が起こっている事は知っていましたよ」
圓月は一応敬語を使っているようだが、呆れたような声音が目立つ。一部の神たちはその態度に顔を歪め、青筋を薄っすら立てていた。
「長であるお前が、統治すべきあやかし共に好き勝手されるとは……随分生ぬるい支配をしているのだな」
先程から圓月を嫌味ったらしく問い詰めているのは、茜鶴覇お同じ段に座る外の国の神である。
「もしや貴様が首謀者なのではないか?」
その発言に、圓月は思わず「あァ?」と素で答えてしまった。あまりにも悪い態度に、神たちの圓月に対する疑いがどんどん広まっていく。
「今の態度を見まして?なんと野蛮な」
「やはりあいつじゃ、あいつが天界を崩そうとしておるのじゃ!」
「直ちに処刑せよ!これは重罪である」
ざわざわと騒がしくなった室内。圓月はフーッと勢いよく息を吐いて苛立ちを我慢すると、後頭部を掻きながら口を開く。
「俺は犯人じゃねぇって言ってるじゃないですか。確かに俺の主張に証拠はねぇが、そっちも俺が犯人だって証拠はねぇはずだ」
圓月の主張も最もだからか、騒いでいた神たちは押し黙った。だがそれでも言うやつは言う。
「しかしこうして危機に面しておるのだ!神殺しの実は最早災害。それを活用できるのはあやかしのみ‼。貴様が犯人かどうかはこの際どうだっていい、長である貴様が責任を取るべきじゃ!」
聖なる力を持つ神が、邪な力を持つあやかしを卑下するのは珍しい事ではない。世界の均衡を保つ存在であると知りながらも、あやかしを邪悪として見る神は多く存在する。特に天界会議に集まる神々の重鎮たちは、その色がかなり強い。
無茶苦茶な言い分に同調し始めた他の神たちも次々に「処刑せよ」と叫んでいる。その目は恐怖が映っていた。きっとここに居る臆病な神達の目には、神殺しの実の猛毒を掲げた邪悪な化け物が笑っているんだろう。風牙は野次を飛ばす神達に、静かに青筋を立てた。
「俺を殺して」
急に大声を上げた圓月に驚いたのか、水を打ったように静かになる。
「次は、どうすんですか?世界中のあやかしを全て殺しますか?……そんなんじゃ解決なんかできねぇ。暴動が起こって世界が混乱に陥り、その隙に神殺しの実を持った輩に神は殺される。それでオシマイだ」
「貴様……!」
にやりと笑う圓月だが、その頬には冷や汗を掻いていた。
「俺が首謀者とっ捕まえてやるよ。そしたら疑いも張れるってもんだ。そうだろ?神様」
最早敬語すら使わぬ圓月に、再び騒がしくなる会議室。茜鶴覇はため息を吐いた。
その時。
「……」
茜鶴覇は目を見開く。ぴたりと身動きを止めて数秒放心した後、ドッと冷や汗を浮かばせた。その顔色は顔面蒼白。焦りがにじみ出ている。
ガタンと大きな音と共に立ち上がった茜鶴覇。騒いでいた会議室が静まった。
「何か発言でも?」
最上階の神の一人が訊ねるが、茜鶴覇は見向きもしない。
「茜鶴覇、どうした」
風牙が名を呼ぶと、茜鶴覇は小声で何かを伝える。彼の短い説明を聞いて、顔から血の気を引くのが分かった。そして茜鶴覇同様立ち上がる。
そのまま出口に急ぐように歩いて行く二人へ、色んな神が制止を掛けた。
「会議中席を立つとは何事だ」
「どういうつもりなのだ神央国は!」
「これは天界に対しての侮辱である!」
様々な声が飛んでくる中、太く重い声が茜鶴覇達を止める。
「止まれ」
扉の前で足を止める茜鶴覇と風牙。
「……席へ戻るのだ」
振り返ると、頬杖を着いた老爺が睨みを効かせて命令していた。彼は浄楼閣。天界裁判の最高責任者である。
「この裁判では私が絶対だ。従え」
そう命令する老爺からシンとする会議室へ視線を移した茜鶴覇は、心底軽蔑するような目で口を開いた。
「愚かな。真実を見るつもりの無い裁判など、やるだけ時間の無駄であると何故分からぬ」
茜鶴覇はそう言ってのけると、中央に居た圓月を見下ろす。
「来い、圓月」
その言葉を聞いて、圓月はニィッと笑った。そして大きな翼を羽ばたかせ、取り押さえようとする神兵達を物ともせず飛び上がる。
茜鶴覇の隣に降りた圓月は悪そうな笑みを浮かべて下を見下ろした。それを横目に見た茜鶴覇は戸を押し開く。
「我々は今回の会議、退席させてもらう。無論、圓月も連れ帰る」
それだけ言い残し、茜鶴覇は風牙と圓月を後ろに従えて会議室を後にした。木製の巨大な扉は、低く重い音を立ててぴったりと閉まった。
「で、何が起こっていやがる」
「分からぬ。ただ、結界が破られた」
「はぁ!?」
広い廊下を茜鶴覇と風牙が走り、少し後ろを圓月が飛んでいる。
会議室を抜け出した三人は、ある場所を目指して城内を進んでいた。やたらと広い城だが、茜鶴覇と風牙はもう何百回と来ているので粗方道は覚えている。圓月は二人が行く後を着いて飛んでいた。
圓月は茜鶴覇が何故会議を抜け出したのかという理由を聞いたのだが、どうも雲行きが怪しい。
「確か不測の事態の為に、蛇歌を呼んでいたのではなかったのか」
風牙がそう言うと、茜鶴覇は浮かない顔のまま答える。
「ああ、呼んだ。しかし現に今、蛇歌と十六夜に何があったのかは分からぬが、結界は突破されている」
眉間にシワを寄せた茜鶴覇は更に続けた。
「……だがあれは私と十六夜で練り上げた結界。本来、そう易々と破れる物では無いはずなのだ」
茜鶴覇が言わんとしている事を察した圓月が、苦虫を嚙み潰したような顔をする。
「だとすりゃ、相当やべぇのが来てるってことか」
「十六夜と蛇歌は何とかなるだろうが、もし多勢で来ていたとしたら史と薫子はまず無事ではあるまい」
圓月と風牙は茜鶴覇の話を聞いて推測を簡単に立てる。焦りはあるが、それを表に出したところで状況は何も変わらない。三人は冷静に話しながら先を急ぐ。
「着いた」
風牙がバンと巨大な扉を風で押し開け、三人は部屋に入る。そこは何もなく、大理石の床と壁があるのみの巨大な部屋だった。足音が薄っすらと反響している。
「風牙の名の元に、天現を結び給え。開門せよ」
少し早口で風牙が言霊を詠唱すると、行きで通った朱塗りの鳥居が現れた。
「急ごう」
「わかってらぁ」
茜鶴覇が真っ先に突っ込み、その後を追うように圓月が鳥居を潜る。風牙は二人が入ったのを見送ると、自分も光の膜の向こうへ入った。
何処を見ても白い空間に、木製の橋が架かった場所を茜鶴覇達は走り抜ける。無言で進んでいると、前方から不思議な生物がすごい速さで迫って来るのが見えた。
「あれは…」
三人は足を止める。その生物には見覚えがあった。走ってきた不思議な生物は、龍の顔に牛の尾、馬の蹄と鹿の角を持った異形の姿をしている。
馬の嘶きのような鳴き声を上げた生物は、何か言いたげに茜鶴覇を見つめていた。
「十六夜の式神か」
「ああ」
茜鶴覇も分かったらしく、軽く頷く。麒麟と呼ばれた生物は、興奮したように尾を振ると身を屈めた。どうやら背に乗れと言いたいらしい。
「俺はこのまま飛んでいく。お前らのどっちかが乗ってけ」
圓月は再び空中に飛び上がるとそう言った。風牙は茜鶴覇を見る。
「二人乗ると流石に重い。俺も圓月と共に空中を行く。お前が乗れ」
「かたじけない」
風が足元から巻き起こり、風牙は体を浮かせた。茜鶴覇はそれを横目に見た後、軽々と地面を蹴って背に跨る。
「うっし、行くぞ!」
圓月が先行して飛んでいく。ここまで来ると帰りは一本道なので、案内も必要ない。それを追うように茜鶴覇を乗せた麒麟も走りだした。その速度は馬よりも早く、飛行を得意としている烏天狗といい勝負だ。風牙はその後を突風の如き速さで飛んで追いつく。
三人は橋の上をとんでもない速さで駆け抜けていった。
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