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第一章
第三十八話 地獄の統領
「数が多いな」
風牙は風の刃で地獄の番兵を退けつつ、茜鶴覇の一歩後ろを走っていた。その更に後ろには、北の土地神である武静が着いてきている。三人が走る道の左右には地獄の業火が燃え盛り、刑罰中の人間達が急な襲撃に慌てふためいていた。
「ああ。番兵達は地獄の邪気から生まれている。ここに邪気がある以上、無限に湧いて出るだろう」
茜鶴覇は前方から迫って来る二十程の軍勢を風圧で吹き飛ばしながら答える。しかし吹き飛ばしたところで他にも居るので、あまり意味は無い。地獄の業火で燃える事もないからか、地獄の番兵達は炎の中からも襲撃してくる。
武静はチラリと背後を見る、新たな軍勢が後方からも迫って来ていた。目を細めると茜鶴覇達の方を向く。
「…このままでは埒が明きません」
武静は砂埃を上げて急停止した。茜鶴覇と風牙も立ち止まる。その場で膝を着いた武静は覆面の布を靡かせ、口を開いた。
「私が道を作ります」
そう言うと、地面に両手の手のひらを着ける。その瞬間、四方八方から飛んできた土や岩がガチガチと連結し、大きな道が宙に出来た。その行き先は中央の城である。
「ここを走ってください。このまま地上を行くより早くつくはずです」
「武静はどうするつもりだ」
風牙が問うと、武静は立ち上がって後ろを向く。
「後ろからくる軍勢を迎撃します。その内圓月様もここに来るでしょうから、それまで足止めいたします」
武静が見ている方を見ると、随分派手にやっているのか、迫って来る地獄の番兵の遥か奥に砂煙や竜巻が上がっていた。恐らく圓月の仕業である。
「分かった、任せる」
「はい、ご武運を」
茜鶴覇はひらりと飛んで宙に浮かぶ道に乗った。その後を風牙は風を巻き起こし、飛行して追う。武静は二人が行ったことを横目に確認すると、迫ってきた地獄の番兵へ向かっていった。
「やはりついて来るな」
「ああ…」
炎の上を飛びながら、風牙は遠くから飛んでくる番兵を見て口を開く。茜鶴覇も眉間にシワを寄せていた。道が一本道になり距離が格段に短くなったのは良かったのが、宙に浮いている事で四方八方から狙われる。様々な方角に気を張らなければいけないのは少々めんどうだ。
「…時間が無いというのに」
薫子が今どういう状態化は謎だが、十六夜の言う通り何かしらの目的があるとすれば、早急に止めなければならない。
茜鶴覇は左右から飛び出してきた番兵を見ると、腕を横に振る。ゴオッという激しい音を立てた火炎が地獄の番兵達を包んで消し飛ばした。
「……仕方ない」
風牙はそう呟いて風牙は道の外を飛んでいたが、茜鶴覇の後ろに降り立つ。
「茜鶴覇、俺がこの橋を守る。その間に突っ切れ。……分かっているとは思うが、あまり無茶苦茶な事はするなよ」
「……善処する」
風牙は呆れたようにため息を吐くと、右腕を大きく振り上げた。
「行け、誰も近寄らせはせぬ」
そう言って勢いよく振り下ろすと、まるで竜巻の様に鋭い風が宙に浮いた道を覆う。接近していた地獄の番兵は竜巻に飲み込まれて霧散した。外に居る番兵達も風の表面に触れただけで破裂して消える。
茜鶴覇は風牙を一瞥すると、風で覆われた道を走り始めた。この竜巻を維持しつつ、風牙は外から迫ってきている番兵を迎撃する。
「……閻魔」
怒りが滲む声音で茜鶴覇は呟き、手のひらを下に向けた。
「来い」
茜鶴覇がそう呼ぶと、ズズズと影の中から巨大な炎の塊が飛び出す。炎は形を変えながら次第に大きな火炎の鳥になった。先に走って行った茜鶴覇を追いかけ、一声鳴く。
茜鶴覇は巨大な鳥にふわりと飛び乗ると、膝を着いた。
「鳳凰、真っすぐ行け」
鳳凰と呼ばれた鳥は大きく羽ばたいて見せると、火の粉を辺りに撒き散らして加速する。その速度は恐らく麒麟以上だ。
茜鶴覇はぐんぐんと近づいて来た城を見て、拳を握りしめる。岩で出来た道は城の手前で終わっており、風の渦の中から鳳凰は飛び出した。風に煽られ、火の羽が大きく燃え上がる。下を見ると、既に侵入者の報告が城に入っていたのか、地獄の番兵達が待ち構えていた。
「お前達に用は無い、失せよ」
茜鶴覇はそう言いながら手のひらに炎を集約させる。
その時。
「やめい、お前ら。何をしておるか」
大地の底から揺さぶられるような声音に、番兵達は縮み上がって膝を着いた。城の中から出てきた巨体の大男は、鳳凰に乗った茜鶴覇を見上げる。茜鶴覇は目を細めた。
「……閻魔」
現れたのは、無精髭をふんだんに蓄えた強面の男で、その頭には烏帽子を乗せている。烏帽子には『閻魔』と書かれていた。
茜鶴覇は鳳凰から閻魔の前に飛び降りる。
「薫子はどこだ」
「茜鶴覇殿、お話をーーー…」
閻魔がそう答えた瞬間、茜鶴覇は彼の足元に居た。ふわりと美しい髪が舞う。茜鶴覇はその手のひらを閻魔の顎に向けた。
「もう一度だけ問う、三度目は無い。薫子はどこだ」
「……」
冷や汗を垂らす閻魔に、茜鶴覇は眉間にシワを寄せて口を開く。
「喋る気が無いようだな…。それなら質問を変える。地獄で何の儀式をするつもりだ。答えによっては天界は貴様らを敵と見なす」
その発言に目を見開いた閻魔は首を振った。
「それはとんでもない誤解です」
「誤解だと…?」
「…わしの話に耳をお貸しくだされば、お話いたします」
同じことを繰り返す閻魔に、茜鶴覇は目を閉じる。
「もういい、貴様と話すつもりなど毛頭ない」
そう言うと、手のひらに灼熱の炎が集まり始めた。それを見て後ろで膝を着いていた地獄の番兵達が騒ぎ始める。しかし閻魔は後ろ手で「手を出すな」と命令した。
「随分と潔いな」
「茜鶴覇殿、どうか…どうかわしの話をお聞きください」
「…最後の最後まで命よりも優先させるか」
閻魔は茜鶴覇の瞳を見つめる。大きな怒りが籠った瞳を見て、観念したのか目をぎゅっと瞑った。
「…覚悟だけは認めよう、地獄の統領よ」
茜鶴覇がそう言い、炎を噴射させようとしたその瞬間。彼の身体に何かがぶつかったような衝撃が走った。
閻魔と茜鶴覇は目を見開く。茜鶴覇に抱き着くようにしてぶつかってきた謎の人物にふたりは硬直した。頭巾の着いた外套を羽織っており、顔を伏せているせいで一切顔は見えない。
「……」
自分が気配に気付けなかった事に驚いているのか、それとも神である自分にこのような無礼を働く事に驚いているのか。茜鶴覇は一瞬放心状態だったが、すぐに平常心を取り戻して頭巾を払う。その顔は見知ったものだった。
「お待ちください、殺してはいけません。どうか……どうか閻魔様のお話をお聞きください」
茜鶴覇に抱き着いて来たのは連れ去られた筈の薫子だった。
顔面蒼白で息切れをしながら必死に訴える彼女を見て、茜鶴覇は再び硬直する。そして薫子が生きている事を確かめる様に頬に手を添えた。
「薫子……か」
「はい。私は社の人間、薫子でございます」
幼い子供を慰める様に薫子が答えると、茜鶴覇は薫子を抱きしめる。元はと言えば薫子が先に抱き着いていたのだが、まさかそのまま抱きしめられるとは思っておらず「あぶっ」という情けない声を出した。
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