桜咲く社で

鳳仙花。

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第一章

第四十話 業火の異変

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 暫くして。居間の襖が開き、茜鶴覇と風牙そして最後に閻魔が入ってきた。どうやら通行許可証は無事発行できたらしい。
 「皆様、長い間お待たせして申し訳ない。茜鶴覇殿も、面倒な手続きをどうもありがとうございました」
閻魔は巨大な座布団に腰を下ろすと、謝罪と感謝を述べた。
「こちらが押しかけた側なのだ。気に病む必要はない。……それより、起きている問題について話せ」
茜鶴覇がそういうと、閻魔は「分かりました」と頷く。
「……まず地獄というはおもに悪事を働き、地獄に落とされた者に刑罰を与える場です。そしてその罰を終えた魂を輪廻の輪に返す、そんな循環をしているんです」
閻魔は話しながら、居間の外で控えていた地獄の番兵に顎で指示を出した。番兵達は茶と泥団子のような饅頭を乗せた膳を配膳していく。
「今回の件は地獄の最奥……最も長く重い刑罰を与える場所で起こりました。そこでは現世で極悪非道な行いをした者が、地獄の業火によって何千もの間焼かれ続けます」
(こうして言葉で説明されると中々きつい刑だ)
血や内臓、火傷によるただれた皮膚などが見れないという人間はかなり居る。薫子は特に苦手意識があるわけでもないが、すこぶる得意かと言われたらそうでもない。必要であれば見るし見せるが、自分から追い求める程興味もないという具合だ。
 閻魔は慣れているのか、あくまで淡々と話を進める。しかし、だんだんと眉間のシワが深くなっていった。
「今から半月ほど前でした。業火の間の一角で刑罰を受けていた者が高笑いを始めたのです」
「笑い始めただぁ?気でも狂ったのか」
嶄が泥団子のような饅頭を食らいながら訊ねると、閻魔は首を横に振る。
「分かりません、ただ監視をしていた番兵が言うには『時が来た』、そう言って笑っていたようです
(時が来た……)
半月前。雷神の消息不明。神殺しの実の存在判明。あやかしの暴動。そして時が来たという言葉。やはりこれだけ重なると偶然だとは思えない。何者かが裏で手を引いていると見て間違いが無いだろう。
 皆同じことを思っていたのか、面持ちが一気に強張った。
「おい、閻魔のおっさん。その笑ってるイカれた野郎……名は何ていう」
地獄の長である閻魔に向かって中々無礼な呼び方をする圓月。閻魔は特に気にする素振りもなく、真剣な目で見つめ返す。
「……史上最悪のあやかし、酒吞童子しゅてんどうじ。名を懺禍ざんか
そう閻魔が答えた瞬間、ビリッとした空気が場に流れた。部屋の隅で茶のお代わりである急須を持っていた番兵が、大きく肩を揺らしたのが見える。
「懺禍については、あなた方の方がよくでしょう」
閻魔の発言に、圓月や風牙が顔を歪めた。
(知ってる相手なのかな)
事情を知らない薫子は、懺禍という者が何をもって史上最悪なのかが分からない。だが、地獄に居る上に業火の間に居るという事は数多あまたの数の罪を重ねたのか、現世で大事件を引き起こしたか。そのどちらかだろう。
 「……懺禍、あの野郎地獄こんなとこ来てまで気に障るやつだ」
苦虫を噛みつぶしたように呟く圓月。それを見て、閻魔は口を開いた。
「ここからが本題です。数日ほど前から高笑いが消え、代わりに懺禍の業火が信じられない勢いで燃え始めました。……それこそ、中の様子がうかがえぬ程に」
「何とかその炎の勢いを収める事は…?」
風牙の質問に、閻魔は再び首を横に振る。
「色々とわし自らの手で試してみましたが、結果は今の通りです。全く歯が立ちませんでした。そして今から三日前。わしは炎の事ならと火神かしん獅伯しばに文を送ったのですが『手が離せないから他を当たれ』と断られました」
(まあ、神は基本的に自己中心的だからな)
茜鶴覇や風牙のような神の方が珍しい部類だ。けして火神に情がないわけではない。これが当たり前なのである。
 「…そして、最後の手段で茜鶴覇殿にお願いしたかったのです。とはいえ、わしの立場からでは真正面からお願いすることはできません。なので、汚い手を使わせていただきました」
茜鶴覇は上級神の更に上の立場だと、以前洗濯物を干しながら史に教えてもらった。
 この世界には、天界と現世を治める太陽と月の神王が居る。その神王たちの直属の部下であり、自身の領地とは別に、現世全体の統治を任された守護神が三名存在する。その一人が鳳凰神、茜鶴覇だという。
(確かに、そんな神に地獄での問題を解決してくれとは言えない)
冥界は天界の上下関係には基本的に影響を受けない。とはいえ、神王二人とその守護神が相手となると流石に大きくは出られない。
 表向きは優劣の無い両極なのだが、現世や天界がなければ冥界、特に地獄は成り立たない。故に暗黙の了承として天界側の方が立場が上になっているようである。
 そんな関係の中ぎりぎり頼める相手が伍将殿下だったのだろうが、炎に精通している火神には断られてしまった。見事に詰みである。
 そこでやむを得ず閻魔が取った最後の手は、人質まがいの手段だったというわけだ。
「ですが手違いはございました。わしが命じたのは昔から茜鶴覇殿に仕えている史殿でした。ですが、新しく社に女子おなごが住んでいるとは知らず、『社に居る人間の女を連れてまいれ』と命じてしまったのです」
「……なるほど。女と言われれば成人の女を想像してしまう。老婆を真っ先に思い浮かべる者は少ないだろう」
風牙は納得したような声音で呟く。つまり、閻魔と番兵の意見の食い違いと勘違いの結果が、今の薫子の状況という事である。もし薫子が社に居ると知っていたら、「社に居る老婆を連れてこい」と言ったはずだ。しかし、薫子が来たのはつい先日の話。把握するには難しかっただろう。
「本当に、薫子殿には申し訳ない事をした。地獄の番兵他の奴等の分も合わせて心からの謝罪をする」
閻魔は深々と頭を下げた。確かに外套を頭から被せられ、番兵の背に乗ってこの城に来た時、閻魔は顎が外れる程驚いていた。その後広い居間に通されたと思えば、頭に巨大なたんこぶを作った番兵達がお茶や菓子、札遊びなどを持ってきては、ギィギィと力なく鳴いて頭を深々と下げていた。
「いえ……事情もありましたし、酷い扱いもされていませんので気にしないでください」
社を襲撃してきた時は恐怖でしかなかったが、地獄ここに来てからは番兵達はとても優しく接してくれている。言葉は分からないが、敵意が無いことくらいは薫子にも分かった。
(むしろ待遇が良すぎて何かの罠かと疑ったくらいだ)
閻魔は番兵達と共に、茜鶴覇が城付近に来るまで孫娘でも見るかのように甘やかしてくれたので、それを思い出すと憎むに憎めないのである。
 「……茜鶴覇殿」
閻魔は薫子に礼を言った後、茜鶴覇へ向き直った。
「この度は誠に無礼な真似をした事、心よりお詫びいたします。しかし、背に腹は変えられませぬ。もしこれが現世を巻き込んで起こっている事だとしたら、わしは地獄を任された者としてどんな手を使ってでも解決せねばならぬのです」
閻魔は綺麗に手を前に着くと、畳に額を着けて土下座した。
「どうか、力をお貸しくだされ」
威厳も何もかもを捨てて頼み込む閻魔。懺禍という者はそれ程までに危険な存在の様だ。
 閻魔の姿を見て、薫子も茜鶴覇へ身体を向けて頭を下げる。
「私からもお願いします、茜鶴覇様」
茜鶴覇は閻魔と薫子を見ると、少し考える様に目を細める。
 やがてため息をひとつ吐いた。
「二人とも、面を上げよ。……閻魔、その業火の間に案内を頼む」
そう答えた茜鶴覇に閻魔は目を見開いて顔を上げる。
「ありがとうございます、このご恩はいずれお返しいたします」
再び深く頭を下げると、立ち上がった。それに合わせて番兵が襖を開ける。
「では早速今から案内しましょう。薫子殿は危険ですのでここで番兵どもとここで待ってーーー……」
「いいえ、私も行きます」
「薫子」
「大丈夫です、この外套があれば私は特に影響を受けないので」
茜鶴覇が止めようとしたが、薫子の勢いに負けて押し黙る。
(ここまで巻き込まれて留守番なんてやってられるか)
勝ったと言わんばかりの薫子の顔に、圓月はゲラゲラ腹を抱えて笑っていた。
「それでこそお前だ」
褒められているのか貶されているのか判らないが、ひとまず良い意味として受け取っておく。
 「まあ勿論、俺達もついて行かせてもらうけどな。折角だし、現世で起こってる事について知ってること全部吐かせてやる」
(刑罰中の物に尋問とは…)
もはや拷問である。
 圓月がよっこいしょと腰を上げると、嶄達も立ち上がった。
「構いません、むしろわしからもお願いしたい事です」
有難そうにあやかし達に頭を下げる閻魔。地獄の統領というと薫子は凶暴な男を想像していたのだが、神やあやかしに対してかなり丁寧で寛容な男だった。それにただの人間の薫子にも嫌な顔一つせずに謝ってもてなしてくれている。
(やはり上に立つ人たちって、王の器ってものが必要なんだろうな)
種族は違えど、それはどこも共通のようだ。

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