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第二章
第三話 進行開始
居間に辿り着くと、桜色の結んだ髪を畳の上に投げ出し、不満気に寝そべっている青年が居た。
「随分とまぁ遅かったのぉ。待ちくたびれてしまったわ」
「ごめんって、許してよ十六夜。竜太郎が木に登ってたからちょっと大変だったの」
ジトーっとした目で睨む十六夜を適当に流し、桜花は用意されていた座布団に座る。茜鶴覇は圓月の隣に座った。
「大丈夫だったのかい?」
「うん、落ちたけど茜鶴覇が助けてくれたんだ」
茶を急須から注ぎつつ女が首を傾げる。その女は白の着物に黒い艶やかな髪が美しい容姿をしていた。
「お、落ちたのかよ!?それで竜太郎は怪我とか無かったのか……?」
「助けたと言っているだろう。無論、外傷も無かった」
慌てる圓月に茜鶴覇は半目で圓月を睨む。
「子供は何しでかすか分かったもんじゃないねぇ」
女は湯呑に茶を全て注ぎきると、全員に茶を回した。そして立ち上がり、湯呑を片手に持って十六夜の元へ行く。
「十六夜、いつまでもそんな所に寝そべってるんじゃ無いよ。しっかりしな」
「あだだだだだだ!天大蛇、耳を引っぱるでない‼」
寝そべっていた十六夜の耳を摘まんで体を起こすと、天大蛇命は手に持っていた湯呑を押し付けた。
「なんていうかさ、十六夜は凄い神なのに普段が残念でしょうもないよね。村の子供見てる気分」
「お主、口と脳ミソが直結しとるのか?」
耳を撫でながら茶を啜る十六夜。桜花は笑って謝る。
その後、十六夜も座布団に座り直し、五人は真面目な話をしていた。時折雑談も挟んだが、基本的に現世の話からは逸れずに話を進める。
「ったく、平和ってのは難しいな。どうやったって全員が満足する世界にはなりっこねぇんだからよ」
胡坐をかいて頬杖を着く圓月。
「まあ、それはそうじゃ。しかし天界と人間の契約は、人間が祭事を行い貢物をする代わりに、神が領地の平和を保つというもの。人間達はきちんと課せられた責務を全うしておるんじゃ。今神がすべき事は、人間達が安心して暮らせる世を作る、それだけじゃよ。恐らく人は、それを平和と呼ぶはずじゃ」
十六夜の発言に桜花も「それはそうだね」と返す。
「少なくとも、一部を除いてどの村も安心して暮らせる世の中を望んでる。泥や草にまみれて子が遊び、それを見ながら大人は仕事をして笑う。今それすら出来ないほどに荒れてしまっている村があるんだ」
桜花は湯呑をぎゅっと握り、水面に映る自身の顔を見つめた。
「……最初に片付けるべきなのは、やはりーーー…」
天大蛇が口を開いた時、ゴオッという音と共に突風が庭から吹く。そして少年の凛とした声音が響いた。
「圓月様、大変です!」
そちらを見ると、庭に膝を着いて肩で息をする少年が居た。その頭にはイタチの耳があり、尻には尻尾が生えている。
「お前鎌鼬んとこの倅じゃねぇか。どうした」
圓月は立ち上がって縁側に出ると、青ざめた顔の少年に問いかけた。
「北東の地にて、あやかしの軍勢が進行を始めました。目指す場所はここ、茜鶴覇様の社です!」
その報告に、居間に居た全員が目を見開く。
現在現世は、あやかしが暴走の一途を辿り、長である懺禍の元には凶悪な輩が集結していた。彼らが集いの場としているのが北東なのだが、土地神である武静や飛竜はあやかしの長が居る関係で、対処がとても難しかった。もし攻め入れば、その時点で懺禍と正面衝突して戦争が始まってしまう。そうなれば現世は瞬く間に火の海なのだ。
それをいいことに、あやかし達は暴走に拍車をかけ、今この瞬間にも人々への被害が増え続けている。今神央国は、嘗て無い程の混乱と緊迫感を抱えて日々過ごしているのだった。
「くそ、詳しい状況を話せ」
「はい。現在、ここから少し離れた北東の河原にて嶄さんと六花さん率いるあやかし達と、武静様と飛竜様の式神が進行を食い止めています。拙者の父もその戦いに出向いております故、代わりに報告しにやって参りました」
圓月はそれを聞くと「分かった、下がれ」と命令し、舌打ちをする。そして茜鶴覇へ振り返った。
「俺も加勢しに行く」
「待て。北と東にはそれぞれ風牙と爪雷が居たはずだ。奴等が到着すれば、あやかしの軍勢事態はすぐに何とかなる」
茜鶴覇が圓月を引き留めると、十六夜も頷く。
「武静と飛竜が前線に赴かず式神を出したのは、それぞれ残って足止めとして暴れておるあやかしが居るんじゃろう。……全く、数だけはいっちょ前に集めおって」
ため息混じりに十六夜がいうと、茜鶴覇が神妙な面持ちで口を開く。
「注意すべきなのは何も北東の軍勢だけではない。この機に乗じて、同じ意思を持ったあやかし達が四方八方から社へ押し寄せて来るだろう。今懺禍が河原で抑えられているとは考えにくい。恐らく別の方角から少人数でここへ攻めて来るはずだ」
その発言に、桜花が問いかけた。
「じゃあ今河原で戦ってる敵は一体…」
「あれは、圓月や他の戦力となり得る者達をおびき出す囮に過ぎない。社まで登ってこれたら上等くらいにしか思っておらぬ筈。時間はかかるじゃろうが、風牙達が来ずとも撃破は可能じゃよ」
茜鶴覇の代わりに十六夜が答えると、天大蛇は眉間にシワを寄せる。
「……懺禍め。あやつ本気で社を落とすつもりか」
「やつにとって社自体は重要ではない。あくまで私の首のついでだろう」
茜鶴覇はスッと立ち上がった。
「どこ行くんだ」
桜花が問いかけると、純白の髪を靡かせて振り返る。
「この山に居る村の民を山から避難させる」
「……なら私も行く。あんただけよりも、人間の私が話した方が良い時もあるだろうし」
そう言って桜花が立ち上がると、茜鶴覇は「かたじけない」と言って先に居間を出ていった。それを見送った後、桜花は十六夜達の方を見る。
「じゃあ私も行ってくる。こっちは任せて」
「ああ、気を付けるんだよ」
「分かってる」
天大蛇が最後に声を掛けると、桜花は括り上げた黒髪を揺らして走っていった。静かになった部屋にポツリと十六夜が呟く。
「……何故かは分からぬが、嫌な予感がしておる」
左胸に『麒麟』と刻まれた桜色の髪の男は、苦虫を噛み潰したような面持ちで二人の背中を見送った。
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