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第二章
第八話 上空、地上、風の中
黒鳥の上から地上を見下ろしていた懺禍は、口角をにやりと上げて口を開いた。
「相手してやれ。俺は茜鶴覇を殺してくる」
「御心のままに」
黒鳥の隣に浮いていた男がお辞儀をすると、懺禍と共に鳥の上に乗っていた巨大な骸骨も頭を下げる。翼の男は空に向かって指笛を吹いた。
「なんだ、あれは…」
爪雷が雲を見上げて呟く。上空には黒い雲が社を中心に渦巻いていた。
「来い」
男がそう言うと、庭に巨大な落雷が落ちる。倒れそうなほどの風と、砂埃が庭に走り抜けた。茜鶴覇は己の前に風の防壁を張っていたので、薫子も無事である。十六夜達も各々で対処しているのか、この風圧の中変わらず立っていた。
舞い上がる砂埃と煙の中から何かを擦るような音がし、やがてその姿を現した。
「あれは…」
爪雷は目を見開く。煙の中から出てきたのは八股に頭が別れた巨大な蛇の怪物だった。
「八岐大蛇…!」
風牙が眉間にシワを寄せながら呟く。八岐大蛇は咆哮を上げて巨大な頭を四方八方へと伸ばして威嚇していた。
それを見た圓月は舌打ちをし、空へ飛ぶ。
「懺禍ァ‼」
「お前の相手は俺じゃねぇよバァカ」
ベロンと懺禍が舌を出すと、圓月の眼球の前に槍の切っ先が掠めた。寸での所で身を捩じって距離を取ると、圓月の目の前に翼の男が立ちはだかる。槍の切っ先を向ける男に、圓月は口角を上げて煽るように口を開いた。
「……大天狗ともあろう者が、人間焚き付けて楽しいかよ」
圓月がそう言うと、男は首の後ろに下げていた面を被る。その面は赤く、鼻の長い仮面だった。
「世界に変革が要る。その為にこちらへ着いた。拙者ら大天狗の下位互換でしかない烏天狗が行く手を阻むとは……なんと嘆かわしい」
「だとよォ、圓月」
ゲラゲラと嘲笑いながら地上へ降りて行った懺禍。圓月が後を追おうとすると、黒鳥がその先を阻んだ。よく見ると、体は鳥だが頭は人間の様だ。
「……仕方ねぇ。そんなに遊んでほしいなら遊んでやる。まとめて掛かって来い」
圓月は目を見開き狂気的な笑みを浮かべて翼を大きく広げた。
「こいつ硬いぞ!」
「うわあああッ兄者が食われたァ‼」
「くそ、化け物めが!」
圓月が上空で戦い始めた頃、地上では既に大混乱に陥っていた。人間達が敵味方関係なく八岐大蛇に噛みつかれては振り飛ばされている。絶叫と怒号が響き渡る庭に十六夜は爪雷達の方へ振り向いた。
「爪雷、風牙!」
「分かってるっての」
「任せろ」
名を呼ぶと、十六夜が言わんとしている事を察したのか、二人は八岐大蛇に向かって走っていく。そして容赦ない風の刃と雷撃で噛み砕かれそうになっていた村人を救出した。
邪魔をされたのが怒りに触れたのか、八岐大蛇は咆哮を上げ始める。
「蛇如きが調子乗ってんじゃねぇよ。捌いて蒲焼にでもしてやろうか、ああ?」
悪人のような台詞を吐きつつ、村人を下げさせる爪雷。その隣では珍しく青筋を立てる風牙の姿もあった。
「来て早々、神の膝元で暴れ始めるとは。無礼の極みだな」
そう言うと風牙は八岐大蛇を自分達ごと風の渦に閉じ込める。激しく渦巻く風の防壁は、触れただけでも切れてしまいそうだった。
「これで他の者に手出しはできまい。貴様はこれから、死ぬまでここを出られぬぞ」
「我が弟ながら上出来じゃねぇか」
二人は横目で視線を合わせると、八重歯を見せる様ににやりと笑みを浮かべる。そして顔に手を当て、それぞれ風と雷を集約させた。すると二人の爪が鋭利に伸び、腕には血管が浮き出る。瞬間の発光と共に手を離すと、爪雷と風牙の顔には狼の鼻から下の面が着いていた。
「つーわけだ、余り者の俺達がお前の相手だ」
嶄と六花が立ちはだかると、空から降りて来た巨大な骸骨はガチガチと歯を鳴らした。
「まぁ……流石に八岐大蛇を懐柔して引き入れてたのは想定外だった。だが餓者髑髏、お前がそっちに着いたことは知ってたぜ」
六花が氷で金棒を成型すると、嶄は受け取りながらそう言う。すると、歯を鳴らしていた餓者髑髏は口を開いた。
「やはりあの男、火響とかいうあやかし。貴様らの間者だったか。……狐如きが小賢しい真似をしやがって。やはり我が握り潰して食ってやるべきだった」
圓月の発言から察したのか、ギリギリと歯ぎしりをし始める餓者髑髏。脳ミソは無い筈なのだが、随分と頭の回転が速い。
「なんだ、あいつバレたのか。『俺しか行ける人居なさそうですね行ってきます』つって返事も聞かずに行った癖に」
「火響の判断は正しかったと思いますよ。私達が間者を果たせるとは思えませんからね」
そう言う六花に「それもそうか、よくやったぞぉ火響」と心の籠っていない労いを呟く。
「まあ……こうして戦は起こってしまっていますし、今更でしょう。早く手を貸してくれると良いのですが」
「あいつ今何してんだよ、こんな時に」
二人の会話を聞いて、歯ぎしりをしていた餓者髑髏が急に笑い始めた。何事かと身構えると、巨大な骸骨は心底愉快と言わんばかりに口を開く。
「奴なら貴様らの元へは戻ってこない。今頃、もう一人の大天狗が抹殺しとるわ」
ゲラゲラガチガチと騒々しい餓者髑髏を、ジッと見つめる二人。そしてその笑い声を遮るように嶄が地面に金棒を叩きつけた。地面に大きく亀裂が走り、餓者髑髏へと向かっていく。身を引いて避けると、圓月は目を細めた。
「うちの狐、あんま舐めんなよ。手ぇ抜いて掛かると噛みちぎられんぞ」
挑発するような口振りに、餓者髑髏は鼻で笑う。
「戯言を。奴なら北の山奥で、茜鶴覇の刀の封印地を割り出させて殺す手はずになっている。大天狗は慎重な男だ。そんなヘマはせん」
勝ち誇ったように言うと、嶄は吹きだしてからゲラゲラと腹を抱えて笑い始めた。隣では六花も袖で口元を覆い、淑やかに笑っている。
「何がおかしい」
「いやぁ、すまん。時期が悪かったな、お前ら」
「なに…?」
嶄は肩で息を整えながら平謝りをした。時折笑い過ぎて咽ている。そんな嶄に変わり、六花が答えた。
「現在北の山奥にて、その刀の封印解除をなさっているのは水神、天大蛇命様です」
六花がそう説明すると、餓者髑髏はだからどうしたと言わんばかりに歯を鳴らしていたが、急に動きが止まった。
「水神に九尾狐。あいつらは情けも容赦も持ち合わせない薄情者だ。戻って来ねぇのはさてどっち」
嶄は青ざめる餓者髑髏を更に煽ると、肩に金棒を置いて見上げる。嶄も中々の巨体だが、餓者髑髏はその更に上を行く巨体だ。恐らく十尺近くあるだろう。
「嶄、私達も始めましょう。戦況があまりよろしくありません」
六花はちらりと周囲を見た。懺禍が乗り込んできたことで、一気にあやかしが社へとなだれ込んで来ている。何とか十六夜が一人で相手をしているようだが、神否抗派の人間達も囲っているので一掃しようにもできないで居た。雷撃も感電して痺れる程度に抑えられており、あやかし達には全く効いていない。
「そうだな。少なくともこいつらの目的の一つは分かったんだ。ここで確実にぶっ叩いて、刀守るぞ」
「ええ、異議はありません。行きましょう」
「貴様ら……あまり調子に乗るなよ。歯向かう者全て握り潰して食らってやる」
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