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第二章
第九話 危険な黒い力
各所で戦闘が始まり、広い庭には所狭しと言わんばかりに台風の目がいくつもある。
茜鶴覇に「下がっていろ」とだけ伝えられたので、桜花は素直に屋敷の方へ下がった。そのまま近くに居た怪我を負った男達の側に着く。
その直後、懺禍が上空から飛び降り、茜鶴覇の前に立ちはだかった。赤い目が光り、燃えるような真紅の髪が舞う。そして頭に生える大きな角は、あやかしの長たる貫禄があった。
肌で痛い程感じる妖力に、危険だと判断した桜花は男達を更に屋敷まで下げる。
「よお……久しぶりだなぁ、茜鶴覇」
「…」
片眉を上げて形ばかりの挨拶をする懺禍。茜鶴覇は何も答えずに左足を引いた。
「おいおい、挨拶無しか?」
「何が目的だ」
「悲しいねェ、俺達そこそこ長ぇ付き合いだろ?」
「さっさと配下を連れて失せろ」
「社いいよなぁ。眺めもいいし、空気もうめぇし、人間も履いて捨てる程いる」
「余計な言葉を交わすつもりはない、黙れ」
全く言葉が嚙み合わない二人の会話は、緊迫感と形容し難い殺気が飛び交っている。
「嗚呼……目的は何だ、だっけか?」
懺禍はどこか愉快そうに口角を上げた。
「分かるだろ、茜鶴覇。俺の目的なんざ二千年前から変わらねぇ。望むのはただ一つ、てめぇの首だ」
そう言うと、奇声にも似た笑い声をあげて茜鶴覇の目の前に跳躍する。そして大振りで殴り掛かってきたので、茜鶴覇は後ろに飛んで避けた。そのまま勢いを殺すことなく地面に懺禍の拳が当たり、大きく亀裂が走る。
「殺し合いしようぜ茜鶴覇ァ!」
「懺禍…!」
懴禍のわかりやすい挑発に茜鶴覇は目を細め、何かを決めたかのように拳を握り直した。
「……地面が、割れた」
桜花は目を見開き声を漏らした。体術戦をし始めた二人を見つめて、桜花は冷や汗を頬に伝わせる。
その時。
「どうしよう、父上…」
屋敷の軒下から消えそうな程か細い声が聞こえた。
驚いて軒下を覗くと、小さな人影が見える。
「ざ、懺禍様は……あの方の力は、あんなもんじゃ、無いです」
震えながらそう言った姿を、桜花は知っていた。頭に生えた耳を押さえつける、青ざめた少年は先ほど報告に来た鎌鼬の子供である。
「君、さっき報告に来てくれた子…だよな」
父の代わりに社へ走ってきた少年。報告した後、色々な騒ぎに巻き込まれて社を離れる時期を逃したようだ。
桜花は軒下に入り、少年の頭を撫でる。段々と落ち着いて来たのか、顔を上げてくれた。
「落ち着いたか?」
「…はい」
「とりあえず出よう。話を聞かせて欲しいんだ」
そう言うと一瞬迷っていたが、少年は唇をぎゅっと噛んで頷く。
軒下から出ると、男達も数人心配そうな顔をして近くに来てくれた。そして桜花と少年に着いた土埃を払ってくれる。
「……なあ。あんなもんじゃないって事は、お前は一度懺禍の力を見たことがあるのか?」
桜花が問いかけると、少年は首を横に振った。そして暗い面持ちで答えた。
「いいえ、拙者は見たことがありません。しかし、古くからあやかしの中で言い伝えられているのです。『酒呑童子に逆らうな、酒呑童子に喧嘩を売るな。話せば死ぬぞ、謳えば来るぞ。死にたくなければ気をつけろ』……そんな歌があります。あやかしの子供は皆、大人たちにその歌を教えてもらっているのです」
少年は震える体を強制的に止める為、自分の体を抱きしめて押さえる。
「……酒吞童子は鬼の王。嶄様を見てご存じかと思いますが、鬼は身体能力や体力、防御力、妖力。そのどれをとっても上位に君臨します。その鬼の中で最も強い者だけが、酒呑童子と名乗れるのです」
そこまで言うと、少年は青白い顔で懺禍を見る。桜花は眉間にシワを寄せた。
「あの茜鶴覇が二千年も前からあんな危ない奴と会っていて、何も対策していないとは思えない」
茜鶴覇は懺禍を危険な者として認識している。何をもって危険かと言えば、全てにおいてだと以前茜鶴覇が教えてくれた。神にも、人間にも、一部を除いたあやかしにも及ぶ、危険な黒い力。それが懺禍という男である。
「もし、この数千年。茜鶴覇達ですら懺禍を牽制する事しかできていなかったとしたら、この戦いかなりきつい」
桜花はそう呟いたが、嫌な事は考えない方が良いと思い直し、口を噤む。
そんな桜花を少年は不安げに見上げた。齢十二歳前後だろうか。しっかりしているが、まだどこか幼い。
「大丈夫だ、きっと何とかなる。何とかしてみせるよ」
安心させるように頭を撫でてやると、桜花は懺禍と茜鶴覇の攻防戦を横目に見た。そして振り切るように負傷した男達の近くに寄る。
「手当てする。傷見せて」
「桜花…わりぃな」
限界が近かったのか、血だらけの身体をフラフラと揺らして座り込む男達。立っていられる者は、神否抗派の人間が来ない様に見張りをし始める。
「……茜鶴覇様を見てなくてもいいのか」
「いい、私が見てても力になれない。ならみんなの為に動く時間にしたい」
そう言って近くに居た男の傷を見る。傷自体は浅いが、刃物で袈裟切りにされていた。命にはかかわらないだろうが、出血のせいで顔が青白い。
桜花は傷の上に手を翳し、ゆっくりと滑らせていく。男の背中側には少年が居り、楽な姿勢になるように支えていた。
やがて白い光が手のひらから傷に移り、跡は少し残るが裂けた肌は完全に閉じて血は止まった。
「はは、桜花お前ェ、ひでぇ顔だな」
「血と泥でべたべたのアンタに言われたく無いよ…」
桜花は冗談を入れながらそう返し、押しつぶされそうな不安を振り払う様に怪我の手当てを進めた。
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