桜咲く社で

鳳仙花。

文字の大きさ
52 / 116
第二章

第十話 兆し




―――境内正面の庭中央。

 「避けるだけかァ?どうした茜鶴覇」
妖力を黒炎に変換させ、それを腕に纏っている懺禍。
「まさかてめぇ、周りの雑魚を気にしてんのか?」
その問いかけに茜鶴覇は身をひるがえし、懺禍の鳩尾へと肘を入れる。しかし寸での所で防がれ、腕を掴まれてしまった。
「やっぱりな、らしくねぇ戦い方すると思ったら…。構わず力出せよ茜鶴覇。俺はお前を殺したいんだ。力を出せねぇ弱者を痛ぶりに来たんじゃねぇ」
「ほお…?ならばあれはどう説明するつもりだ」
「あれ?……ああ、人間どもと大天狗たちの事か」
茜鶴覇が言った意味を理解した懺禍は、心底どうでも良さそうに首を傾げる。
「俺が欲しいのはお前の首なのに、他の連中が邪魔しに来たら面倒だろ?」
茜鶴覇は目を細めて神力を腕に流した。更にグッと押すと、懺禍は半歩下がる。
「その為のあれだ。鬱陶しい麒麟きりんや風神共を留め置くにはぴったりじゃねぇか。人間に情けを掛けるお優しいここの連中は、奴らがゴミの様に混じってるだけで神力を使わねぇんだから」
ケタケタと笑う懺禍。茜鶴覇は右足を軸にして回転すると、その勢いで懺禍の脇腹を突いた。その衝撃で掴まれていた腕の力が緩み、懺禍の腕を振り払う。そして数歩下がった懺禍の顔面に、間髪入れずに炎を纏った拳で殴った。
 しかし。
「なんだ?あったけぇな。ようやくそれ使いやがったか」
鼻血が少し出ただけでほぼ無傷。想定内だったのか、再び腕を掴まれる前に茜鶴覇は腕を引いて距離を取る。
「おいおい、辞めちまうのか?もっとやれよ、なァ‼」
目を見開き、口角を上げた懺禍は追撃する為突っ込んで来た。黒炎を纏ったその拳を茜鶴覇は目先ギリギリで躱し、懺禍の肘に手刀しゅとうを打つ。先ほどよりも強く込められた神力により、肘の関節からはギシギシという軋むような音が聞こえた。
 懺禍は大きく身を翻すと、茜鶴覇の肩を片手で掴んで放り投げる。鬼の腕力は凄まじく、茜鶴覇は屋敷の方まで吹っ飛ばされた。柱に背を激しく打ち付け、一瞬体がガクッと落ちる。横目で一瞬桜花を見ると、迫ってきた懺禍の拳を弾いて屋敷から離れた。
「もっとだ、茜鶴覇。もっとやれ!」
懺禍はそう言いながら更に黒炎の火力を上げる。茜鶴覇もやむを得ず手に炎を纏わせたが、懺禍の言った通り周囲に被害を出さない程度の火力だった。
 桜花はその攻防戦を横目に見つつ、怪我人の手当てを繰り返す。皆重傷とまではいかないのが幸いしたのか、今の所茜鶴覇こちら側の人間達に死人は居ない。的確な村長の判断や指揮が、最悪の事態を未然に防いでいるように思う。
 「……茜鶴覇」
桜花は心配そうに小さく呟いた。人間自分達が居るから茜鶴覇達は力を出せていないのだ。むやみやたらに力を解放すれば、人間はひとたまりもない。下手すれば社諸共塵となる。
 しかし人間を全員社から出そうとしても、それはそれで無理な話だ。あやかしが参戦した事で今戦況が逆転している。息を吹き返す神否抗派の士気に、村の男達は押されつつあった。再び雲行きが怪しくなる。
 桜花は庭を見渡した後茜鶴覇を見た。相変わらず激しく攻防が入れ替わっていたが、茜鶴覇が押されているのは火を見るよりも明らかだった。
「何度も言わせんじゃねぇ、本気でやれっつってんだろうが」
「…!」
茜鶴覇が懺禍の腕を弾いた時、逆の手で胸倉を掴まれる。そしてその手の黒炎を狩衣かりぎぬに伝わせた。茜鶴覇は素早く掴まれた着物を大きく裂いて離れる。懺禍の手に残った布切れは、不気味な黒い煙を出して塵になった。
「へえ、良い動きするじゃねぇの」
懺禍はニヤリと笑い、手に残った塵を空気に溶かす。茜鶴覇は裂けてあらわになった胸元に手を当てた。少しだけ火傷を負っている。茜鶴覇はすぐに自身の神力で回復させ、冷や汗を頬に伝わせた。
 このままでは泥沼状態でしかない事は、茜鶴覇は勿論他の者達も分かっている。だからこそ、足手纏いの人間を少しでも押し出そうと、村の男達が体を振るいだたせた。桜花が治療し終えるか否かの男達まで戦線へ走っていく。
 その様子を上空で見ていた大天狗は、いつまで経っても心居れぬ茜鶴覇達に痺れを切らしたのか、背後に巨大な竜巻を呼び起こした。
「虫けらが…。全てを巻き込んで引き裂いてやる」
そんなものを社に放たれては困るので、圓月は急いで止めに掛かる。だが行く手を黒鳥に阻まれ、身動きが取れなくなってしまった。
「まずい…」
珍しく焦りの表情を見せた圓月は、地上に向かって力の限り大声で叫ぶ。
「てめェら逃げろォ‼」
その声で、戦いに夢中になっていた人間達はようやく慌て始めた。しかしもう遅い。竜巻は周囲の風や木、岩を巻き込んで巨大化しながら突進していく。
「!」
茜鶴覇と十六夜はそれを見て止めようと動くが、その先を互いの敵に阻まれてしまった。
「お姉さん、拙者の後ろに…!」
恐怖が滲む青白い顔で少年は桜花の前に立つ。手に小さく風を纏わせ、しっぽを足の間に入れている。
「…わっ」
桜花は下唇を噛みしめ、少年の手を引いて抱きしめた。自身の背を盾にするように。
 やがてバキバキと社の木々が折れ、人間達の身体が風に引きずられ始めた。その時。
「何…?」
凄まじい轟音が山中を駆け巡る。竜巻は、渦潮のような巨大な水流に相殺そうさいされた。豪雨のように山に弾けた水が降り注ぎ、大天狗は信じられないと言わんばかりに声を漏らす。竜巻の事もあるのだろうが、今は相殺した相手に驚いているようだった。
 やがて振っていた水が止み、橙色の明るい炎が蛍の様に漂って村人や十六夜達の身体に溶けて行く。その瞬間、負っていた傷が全て塞がり始めた。
 上空を見上げると、水と炎で各々足場を作った男女が庭を見下ろしている。
 一つに結んだ青髪に死んだ魚のような目、左の袖が無い着物に袴といった風貌の男には、はだけた胸元に『東』という紋様があった。彼の足元には水の足場があるので、竜巻を消し飛ばしたのはこの男で間違いない様だ。
 その隣には白い頭巾の着いた外套を羽織る女がいる。小柄な体で、黒髪に真紅の目が特徴的な容姿をしていた。赤い袴に孔雀青の着物という派手な服装とは逆に、無表情で感情の読み取れない静かな瞳をしている。彼女の周りには地上で漂う炎と同じものが浮かんでいた。二人とも額に同じ朱殷しゅあん色の組紐くみひもを着けている。
 「あ…」
桜花は目を見開いた。見覚えのあるその姿に、少しホッとする。
「何故あいつらが居る。計画では足止めをしている筈だろう」
餓者髑髏が歯をガチガチと鳴らしながら怒りを露わにした。その遥か上空では、黒鳥と大天狗も奥歯を噛みしめている。
 「無事じゃったか。飛竜フェイロン雀梅チュエメイ!」
十六夜はあやかしに雷撃を放って振り払うと空を見上げた。十六夜を見つけた二人は軽くお辞儀をする。彼らは神央国しんおうこくの東西南北をそれぞれ治める土地神であり、十六夜の直属の配下でもある。その東南を治めている青龍と朱雀が社に参上していた。
 「俺は人間達をどうにかします」
「分かった。雀梅、圓月に加勢しに行く」
そう言うと二人は空中で別れた。飛竜は十六夜の元に降り立つと、すぐに地面に右手を着く。
 その瞬間、地面に広がった水溜まりが大きく動き出し、敵味方関係なく人間達を一人一人包み始めた。しかしここで大人しく捕らわれる神否抗派のではない。力の限り抵抗する。
「なんだこれは…ッ」
「くそ、捕まってたまるかァ!」
「出せ!ここから出せ‼」
水が渦巻く中、必死に足掻く神否抗派の人間達。村人たちは大人しくその場で成すがままになっている。やがて水は神否抗派の抵抗虚しく、人間達を閉じ込めて完全に球体になった。何故か桜花だけはそのまま取り残され、近くに居た男達も水の中に入って行く。
 残ったのが桜花を除く、人外だけになると飛竜は立ち上がった。
「中からは壊せない。しかし、外からも危害は加えられない」
十六夜はそれを聞いて口を開く。
「しかし、水じゃとわしと爪雷のいかづちは通ってしまうぞ」
「ええ……なのでこのまま凍結させます」
十六夜にそう答えると、飛竜は六花むつのはなと目を合わせた。そして指で合図を送ると、何となく状況を察した六花は餓者髑髏の腕を避けて距離を取り、両手を地面につける。水浸しだったせいか、庭は何十とある水玉ごと一機に凍結した。
 氷に足を取られる前に、十六夜達や一部を除いたあやかしは跳躍して氷の上に乗る。風の防壁内はそもそも水が弾かれているので、一切変化は無いようだった。中の様子は殆ど伺えないが、時折雷のような発光と舞い上がる土埃見えるので、風神雷神の兄弟は未だに元気な様である。
 「軽い凍傷を負うでしょうが、死にはしません。傷は雀梅様ならすぐに治癒できます」
軽い会釈をして六花にお礼をすると、十六夜と背を合わせた。
「これでひとまず、今よりはある程度力を出せるでしょう…」
やる気の無さそうな平坦な物言いでいう飛竜に、十六夜は口角を上げて「よくやった」と呟いた。

感想 1

あなたにおすすめの小説

亡き姉の身代わりとして嫁いだ私ですが、離縁状を置いた翌朝、夫が私の「真実」に気づいたようです』

まさき
恋愛
「サインはもう、いただきました。あとは私がこの屋敷を出るだけです」 ​五年間の結婚生活。侯爵令嬢エルゼが演じ続けたのは、亡き姉・ロザリーの「身代わり」という配役だった。 夫であるカイル公爵が愛していたのは、かつて雪の中で自分を救ってくれた初恋の少女・ロザリー。 生き写しの妹であるエルゼを娶りながらも、彼は一度も彼女を「エルゼ」と呼ぶことはなかった。 ​冷淡な視線、姉と比較される日々。 「君はどこまでいっても、ロザリーの代わりにはなれない」 その言葉を最後に、エルゼは静かに離縁状を置き、屋敷を去る決意をする。 ​しかし、彼女が消えた翌朝。 カイルは、エルゼが大切に遺していった古い小箱を見つける。 そこにあったのは、十五年前のあの日、彼が「命の恩人」に預けたはずの片方のカフスボタン。 そして、幼いエルゼが綴った、あまりにも切ない真実の日記だった。 ​――「あの日、雪の中で貴方を抱きしめていたのは、お姉様ではなく、私だったのです」 ​真実を知り、絶望の中でエルゼを追うカイル。 だが、すべてを捨てて「自分」を取り戻したエルゼは、もう二度と、彼の隣で微笑む仮面の妻には戻らない。 ​これは、名前を奪われた女が自由を掴み、愚かな夫が真実の愛を失うまでの、静かで鮮やかな再生の物語。

遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)

スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」 唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。 四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。 絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。 「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」 明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは? 虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

「今更、あなたの娘のふりなどできません」〜ずっと支えていた手を、そっと引っ込めただけです〜

まさき
恋愛
父が死んだ日から、私は屋敷の「異物」になった。 継母は新しい夫に夢中で、義姉たちは私を使用人のように扱い、継父は三年経っても私の名前を覚えない。 気づいていなかったのだ、あの人たちは。 私の「静寂の手」がずっと、この家を守り続けていたことを。 ある夜、私は静かに荷物をまとめた。 怒りもなく、涙もなく、別れの言葉すら残さずに。 三ヶ月後、屋敷に原因不明の病が広がり始める。 「リーナを探せ」 今更、ですか。 私はもう、別の場所で別の名前で——ちゃんと生きています。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。