55 / 116
第二章
第十三話 動き出す
激しく波打つ炎の中に佇む茜鶴覇。流石に懺禍も無傷だとは思わなかったらしく、目を見開いていた。
茜鶴覇は手にしていた刀を見つめると、懺禍に向けて一振り振るう。すると炎の斬撃が目にも止まらぬ速さで駆け抜けていき、真っすぐ正面から突っ込んだ。雀梅の斬撃よりも早く大きい炎は、懺禍を巻き込んで火柱を立てる。その火力は懺禍の炎をも超えていた。
―――境内正面の庭東部。
「あの刀、もしかして」
地鳴りと共に八岐大蛇が地に伏せると、風牙は風の防壁を解いて周囲の状況を確認した。茜鶴覇の持つ刀を目にし、爪雷は目を細める。
「どうやら鳳凰刀のようだ」
風牙も気付いていたらしく、茜鶴覇を見ていた。爪雷は小さく息を吐く。
「天大蛇の封印解除が間に合ったみてぇだな。ひとまずこれで押されっぱなしにはならねぇ筈だが…」
そこへ、大天狗と黒鳥を倒した圓月と雀梅が地上に降りて来た。雀梅の炎のおかげも相まって、圓月は完全に傷が癒えているようである。
「天大蛇は?」
「まだ見えない。恐らくあの蛇が持ってきたんだろう」
圓月の問いかけに答えた風牙は、ある方向を指さした。そこには天大蛇の眷属の水蛇が居る。蛇は天大蛇命の命令を遂行したからか、形を崩して水に還った。
「よく間に合ったな。だいぶ遠かったが」
天大蛇命を送って行った圓月は、社と封印地の間にかなり距離がある事を知っている。この短時間であれだけの距離を移動してきたという事は、圓月にも負けず劣らずの足の速さを持っているようだ。
「蛇の速さに掛けたのだろう。ギリギリではあるが、危機は脱した」
風牙は雀梅に炎の治癒で手助けしてもらいながら、己の神力で一気に回復する。爪雷も同じようにして回復しながら口を開いた。
「まあ……刀は何とかなったが、天大蛇はいつ来るんだ?あいつ居ないと飛竜だけじゃ手が足りねぇ。社燃え落ちるぞ」
そう言いながら爪雷は眉間にシワを寄せた。圓月は腰に片手を置く。
「天大蛇が来るまで、これ以上燃えない様にするしかねぇな」
そう言うと、丁度餓者髑髏を倒した嶄と六花を手で呼びつけた。ふたりはすぐに駆け寄って来る。
「なんか用か?」
「なぁ、お前らの力で炎食い止められねぇ?」
「相変わらずとんでもない要望だな」
来て早々無茶苦茶な相談という名の命令を聞いた嶄は、嫌味を込めて返事を返した。その隣にいる六花は表情こそ変わっては居ないが、明らかに目が据わっている。そして近寄ってきた数体のあやかしを一気に凍結させた。
「たまに…その横っ面を叩きたくなりますね」
「なら雀梅が代わりにやる」
そういうと雀梅は圓月の目の前に跳び上がる。その瞬間、容赦ない平手打ちが圓月の頬に炸裂した。
「いっっっっだッ⁉雀梅お前、神力込めるこたねぇだろうが‼」
平手に神力を込めていたのか、かなり痛そうである。音も程よく高らかになった。
「ハハハ、いい気味だ」
「全くですね。たまにはこうして慌てふためいている姿を見るのも悪くありません」
嶄と六花は少し悪い顔をして微笑みを浮かべる。それを見ていた風牙と爪雷は呆れたような表情を浮かべた。
「お前ら主従関係どうしたよ」
「主従関係の前に、俺達腐れ縁なんでね」
ワハハと笑うその姿は、圓月の豪快さと少し似ている。
すると、六花が思い出したかのように口を開いた。
「そういえば、皆さまのお耳に入れたい事があります。先程餓者髑髏より、もう一人の大天狗に火響と天大蛇命様が襲撃されているとの情報を得ました」
それを聞いて風牙達は気の毒そうな顔をする。誰にと言えば、大天狗にだ。
「だから火響は戻ってこねぇし、天大蛇も山から帰ってこねぇんだな」
圓月はため息を吐く。
「でもまぁ北の山って事は、その内武静とも合流するだろ。ついでに西で暴れてる虎文も回収して戻って来い。あいつ絶対戦いを愉しんでやがるぞ」
爪雷は雷で作った小さな鳥を飛ばしながら呟いた。今飛ばしたのは恐らく連絡用の簡単な式神である。
「後もうひとつ。懺禍の狙いはここを攻め落とす事なんだが、それとは別に目的があるみたいです」
嶄の報告に風牙は眉を潜めた。
「何…?」
「もう一つの目的は、あの鳳凰刀のようで」
嶄が答えると、六花以外目を見開く。爪雷は蟀谷を押さえた。
「北の山って時点で嫌な予感がしてたが、そう言う事になるのか」
「だが何の目的であの刀を狙っている?あれは刀身の熱故に持つ事すら困難な刀だ。所持者である茜鶴覇にしか扱えぬ」
爪雷と風牙がそれぞれ口を開くと、六花は知らないという意味を込めて首を横に振る。
「詳細については私共もわかりません。しかしあの火炎玉の危機を脱したと共に、今ここで奴らの目的が少なくとも二つ、揃ってしまった事になります」
「……それは、そうだな」
爪雷が苦虫を噛み潰したような顔で頷くと、圓月が口を開いた。
「奴等にはまだ何か実行されていない策がある。何が起こるか分かったもんじゃねぇ」
「ああ。とりあえず今、俺達には向かって来る敵は少ない。自由に行動出来ている内に人間達だけでも社の外へ移そう」
風牙は少しずつこちらに気が付いたあやかしが集まってきていたのを見ると、容赦なく突風で吹っ飛ばす。確かにあやかしは要るが、それでも十六夜や飛竜に比べたら些細なものだ。あの二人はあえて雑魚を集めているように見える。
圓月は小さく頷くと嶄と六花を見た。
「火は任せたぞ。消そうとしなくていい、天大蛇が来るまで持たせろ」
二人は先程とは打って変わり、真面目な面持ちで「御意」と答えると、火の勢いが一番酷い西側へあやかしを倒しながら走って行く。二人の背中を横目で見送ると爪雷が提案した。
「んじゃ火はあいつらに任せて、俺らは手分けして雑兵の片付けと人間達の避難だな」
「ああ、四人なら二手に別れよう」
風牙がそう言うと、雀梅が挙手をして見せる。
「なら、風で物を運べる風牙殿と圓月が人間を社から出すのはいかがですか。雀梅と爪雷殿の能力は運搬作業には不利なので、十六夜様達の助太刀に行きます」
それに反論は無く、雀梅の提案通り解散する。爪雷は雀梅と共に十六夜達の元へ行き、風牙は境内北部へ、圓月は屋敷のある南部へと飛んでいった。
「桜花!」
「あ……圓月」
「圓月様…!」
池の中で火を避けていた桜花を見つけ、走り寄ってきた圓月に少年はホッとした顔をする。桜花は圓月が差し出した手を握って池から上がった。
「圓月、怪我はないか?」
心配そうに顔を覗き込む桜花に、圓月は問題ないと頷く。
「さっき雀梅の治療も受けたし、傷も安全に閉じた。そっちは?」
「私も大丈夫。この子が着いててくれたから怪我もなかった」
圓月は少年を見ると、少し呆れた顔をした。
「こんな危ねぇところにいつまでも居たら、父ちゃん心配するだろ」
そう言いながら手を差し伸べると、少年は控えめに握って池から上がる。
「でも助かった。桜花をありがとな、怖かっただろうに」
恐怖で顔面蒼白の少年の頭をぐりぐりと撫で繰り回し、風で体の水気を飛ばした。
「おし、乾いたな。ここからはもう何が起こるか分からねぇ。お前は早く父ちゃんとこ行け」
「でも…」
少年はちらりと桜花を心配そうに見る。
「大丈夫だ、この姉ちゃんはその辺のあやかしよりも怖くて腕っぷしも強いやつだから」
「おい」
圓月が少年に笑って見せると、少し安心したのか頷いた。
「分かりました。ではお二人とも、ご武運を」
そう言うと、体に風を纏った少年は素早く戦線を離脱する。
少年の背中を見送ると、圓月は桜花の方を振り向いた。
「つーか、なんでお前は氷の中に居ないんだ?」
「それが、私も良くわかってなくて」
「……ああ、もしかしたら飛竜が神力や妖力を持ってる奴を除外して術を掛けたからかもな」
そう推測を立てた圓月に桜花は「多分そんな所だと思う」と返事をする。桜花は特別な人間だ。三大神族でもない彼女が持つ神力は、常人のそれとは格が違う。飛竜が神やあやかしを除外して術を掛けていたとしたら、神力を持つ桜花が除外対象に入ったのは自然な流れとも言える。
桜花は圓月から視線を逸らし、茜鶴覇を見た。炎の中に立っている彼を見て、何処か不安げな面持ちになる。それを横目に見た圓月は、彼女の頭をポンと撫でると村人が入った氷を移動させ始めた。
あなたにおすすめの小説
亡き姉の身代わりとして嫁いだ私ですが、離縁状を置いた翌朝、夫が私の「真実」に気づいたようです』
まさき
恋愛
「サインはもう、いただきました。あとは私がこの屋敷を出るだけです」
五年間の結婚生活。侯爵令嬢エルゼが演じ続けたのは、亡き姉・ロザリーの「身代わり」という配役だった。
夫であるカイル公爵が愛していたのは、かつて雪の中で自分を救ってくれた初恋の少女・ロザリー。
生き写しの妹であるエルゼを娶りながらも、彼は一度も彼女を「エルゼ」と呼ぶことはなかった。
冷淡な視線、姉と比較される日々。
「君はどこまでいっても、ロザリーの代わりにはなれない」
その言葉を最後に、エルゼは静かに離縁状を置き、屋敷を去る決意をする。
しかし、彼女が消えた翌朝。
カイルは、エルゼが大切に遺していった古い小箱を見つける。
そこにあったのは、十五年前のあの日、彼が「命の恩人」に預けたはずの片方のカフスボタン。
そして、幼いエルゼが綴った、あまりにも切ない真実の日記だった。
――「あの日、雪の中で貴方を抱きしめていたのは、お姉様ではなく、私だったのです」
真実を知り、絶望の中でエルゼを追うカイル。
だが、すべてを捨てて「自分」を取り戻したエルゼは、もう二度と、彼の隣で微笑む仮面の妻には戻らない。
これは、名前を奪われた女が自由を掴み、愚かな夫が真実の愛を失うまでの、静かで鮮やかな再生の物語。
遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)
スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」
唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。
四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。
絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。
「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」
明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは?
虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!
「今更、あなたの娘のふりなどできません」〜ずっと支えていた手を、そっと引っ込めただけです〜
まさき
恋愛
父が死んだ日から、私は屋敷の「異物」になった。
継母は新しい夫に夢中で、義姉たちは私を使用人のように扱い、継父は三年経っても私の名前を覚えない。
気づいていなかったのだ、あの人たちは。
私の「静寂の手」がずっと、この家を守り続けていたことを。
ある夜、私は静かに荷物をまとめた。
怒りもなく、涙もなく、別れの言葉すら残さずに。
三ヶ月後、屋敷に原因不明の病が広がり始める。
「リーナを探せ」
今更、ですか。
私はもう、別の場所で別の名前で——ちゃんと生きています。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
外れ伯爵家の三女、領地で無双する
森のカフェしっぽっぽ
ファンタジー
十三歳の少女アイリス・アルベールは、人生を決める「祝福の儀」で“ゴミスキル”と蔑まれる《アイテムボックス》を授かってしまう。戦えず、稼げず、価値もない――そう断じた家族は、彼女を役立たずとして家から追放する。さらに、優秀なスキルであれば貴族に売り渡すつもりだったという冷酷な真実まで明かされ、アイリスはすべてを失う。
だが絶望の中、彼女は気付く。この世界が、自分がかつてやり込んだVRMMORPG『メデア』そのものであることに。
そして思い出す――
《アイテムボックス》には、ある“致命的なバグ”が存在することを。
市場で偶然を装いながらアイテムを出し入れし、タイミングをずらすことで発生する“複製バグ”。それは、あらゆる物資を無限に増やす禁断の裏技だった。
食料も、装備も、資金も――すべてが無限。
最底辺から一転、誰にも真似できないチートを手にしたアイリスは、冒険者として歩み始める。だがその力はやがて、経済を歪め、権力者の目に留まり、そして世界の“仕様そのもの”に干渉していくことになる。
これは――
ゴミと呼ばれた少女が、“世界の裏側”を掌握する物語。