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第二章
第十三話 動き出す
しおりを挟む激しく波打つ炎の中に佇む茜鶴覇。流石に懺禍も無傷だとは思わなかったらしく、目を見開いていた。
茜鶴覇は手にしていた刀を見つめると、懺禍に向けて一振り振るう。すると炎の斬撃が目にも止まらぬ速さで駆け抜けていき、真っすぐ正面から突っ込んだ。雀梅の斬撃よりも早く大きい炎は、懺禍を巻き込んで火柱を立てる。その火力は懺禍の炎をも超えていた。
―――境内正面の庭東部。
「あの刀、もしかして」
地鳴りと共に八岐大蛇が地に伏せると、風牙は風の防壁を解いて周囲の状況を確認した。茜鶴覇の持つ刀を目にし、爪雷は目を細める。
「どうやら鳳凰刀のようだ」
風牙も気付いていたらしく、茜鶴覇を見ていた。爪雷は小さく息を吐く。
「天大蛇の封印解除が間に合ったみてぇだな。ひとまずこれで押されっぱなしにはならねぇ筈だが…」
そこへ、大天狗と黒鳥を倒した圓月と雀梅が地上に降りて来た。雀梅の炎のおかげも相まって、圓月は完全に傷が癒えているようである。
「天大蛇は?」
「まだ見えない。恐らくあの蛇が持ってきたんだろう」
圓月の問いかけに答えた風牙は、ある方向を指さした。そこには天大蛇の眷属の水蛇が居る。蛇は天大蛇命の命令を遂行したからか、形を崩して水に還った。
「よく間に合ったな。だいぶ遠かったが」
天大蛇命を送って行った圓月は、社と封印地の間にかなり距離がある事を知っている。この短時間であれだけの距離を移動してきたという事は、圓月にも負けず劣らずの足の速さを持っているようだ。
「蛇の速さに掛けたのだろう。ギリギリではあるが、危機は脱した」
風牙は雀梅に炎の治癒で手助けしてもらいながら、己の神力で一気に回復する。爪雷も同じようにして回復しながら口を開いた。
「まあ……刀は何とかなったが、天大蛇はいつ来るんだ?あいつ居ないと飛竜だけじゃ手が足りねぇ。社燃え落ちるぞ」
そう言いながら爪雷は眉間にシワを寄せた。圓月は腰に片手を置く。
「天大蛇が来るまで、これ以上燃えない様にするしかねぇな」
そう言うと、丁度餓者髑髏を倒した嶄と六花を手で呼びつけた。ふたりはすぐに駆け寄って来る。
「なんか用か?」
「なぁ、お前らの力で炎食い止められねぇ?」
「相変わらずとんでもない要望だな」
来て早々無茶苦茶な相談という名の命令を聞いた嶄は、嫌味を込めて返事を返した。その隣にいる六花は表情こそ変わっては居ないが、明らかに目が据わっている。そして近寄ってきた数体のあやかしを一気に凍結させた。
「たまに…その横っ面を叩きたくなりますね」
「なら雀梅が代わりにやる」
そういうと雀梅は圓月の目の前に跳び上がる。その瞬間、容赦ない平手打ちが圓月の頬に炸裂した。
「いっっっっだッ⁉雀梅お前、神力込めるこたねぇだろうが‼」
平手に神力を込めていたのか、かなり痛そうである。音も程よく高らかになった。
「ハハハ、いい気味だ」
「全くですね。たまにはこうして慌てふためいている姿を見るのも悪くありません」
嶄と六花は少し悪い顔をして微笑みを浮かべる。それを見ていた風牙と爪雷は呆れたような表情を浮かべた。
「お前ら主従関係どうしたよ」
「主従関係の前に、俺達腐れ縁なんでね」
ワハハと笑うその姿は、圓月の豪快さと少し似ている。
すると、六花が思い出したかのように口を開いた。
「そういえば、皆さまのお耳に入れたい事があります。先程餓者髑髏より、もう一人の大天狗に火響と天大蛇命様が襲撃されているとの情報を得ました」
それを聞いて風牙達は気の毒そうな顔をする。誰にと言えば、大天狗にだ。
「だから火響は戻ってこねぇし、天大蛇も山から帰ってこねぇんだな」
圓月はため息を吐く。
「でもまぁ北の山って事は、その内武静とも合流するだろ。ついでに西で暴れてる虎文も回収して戻って来い。あいつ絶対戦いを愉しんでやがるぞ」
爪雷は雷で作った小さな鳥を飛ばしながら呟いた。今飛ばしたのは恐らく連絡用の簡単な式神である。
「後もうひとつ。懺禍の狙いはここを攻め落とす事なんだが、それとは別に目的があるみたいです」
嶄の報告に風牙は眉を潜めた。
「何…?」
「もう一つの目的は、あの鳳凰刀のようで」
嶄が答えると、六花以外目を見開く。爪雷は蟀谷を押さえた。
「北の山って時点で嫌な予感がしてたが、そう言う事になるのか」
「だが何の目的であの刀を狙っている?あれは刀身の熱故に持つ事すら困難な刀だ。所持者である茜鶴覇にしか扱えぬ」
爪雷と風牙がそれぞれ口を開くと、六花は知らないという意味を込めて首を横に振る。
「詳細については私共もわかりません。しかしあの火炎玉の危機を脱したと共に、今ここで奴らの目的が少なくとも二つ、揃ってしまった事になります」
「……それは、そうだな」
爪雷が苦虫を噛み潰したような顔で頷くと、圓月が口を開いた。
「奴等にはまだ何か実行されていない策がある。何が起こるか分かったもんじゃねぇ」
「ああ。とりあえず今、俺達には向かって来る敵は少ない。自由に行動出来ている内に人間達だけでも社の外へ移そう」
風牙は少しずつこちらに気が付いたあやかしが集まってきていたのを見ると、容赦なく突風で吹っ飛ばす。確かにあやかしは要るが、それでも十六夜や飛竜に比べたら些細なものだ。あの二人はあえて雑魚を集めているように見える。
圓月は小さく頷くと嶄と六花を見た。
「火は任せたぞ。消そうとしなくていい、天大蛇が来るまで持たせろ」
二人は先程とは打って変わり、真面目な面持ちで「御意」と答えると、火の勢いが一番酷い西側へあやかしを倒しながら走って行く。二人の背中を横目で見送ると爪雷が提案した。
「んじゃ火はあいつらに任せて、俺らは手分けして雑兵の片付けと人間達の避難だな」
「ああ、四人なら二手に別れよう」
風牙がそう言うと、雀梅が挙手をして見せる。
「なら、風で物を運べる風牙殿と圓月が人間を社から出すのはいかがですか。雀梅と爪雷殿の能力は運搬作業には不利なので、十六夜様達の助太刀に行きます」
それに反論は無く、雀梅の提案通り解散する。爪雷は雀梅と共に十六夜達の元へ行き、風牙は境内北部へ、圓月は屋敷のある南部へと飛んでいった。
「桜花!」
「あ……圓月」
「圓月様…!」
池の中で火を避けていた桜花を見つけ、走り寄ってきた圓月に少年はホッとした顔をする。桜花は圓月が差し出した手を握って池から上がった。
「圓月、怪我はないか?」
心配そうに顔を覗き込む桜花に、圓月は問題ないと頷く。
「さっき雀梅の治療も受けたし、傷も安全に閉じた。そっちは?」
「私も大丈夫。この子が着いててくれたから怪我もなかった」
圓月は少年を見ると、少し呆れた顔をした。
「こんな危ねぇところにいつまでも居たら、父ちゃん心配するだろ」
そう言いながら手を差し伸べると、少年は控えめに握って池から上がる。
「でも助かった。桜花をありがとな、怖かっただろうに」
恐怖で顔面蒼白の少年の頭をぐりぐりと撫で繰り回し、風で体の水気を飛ばした。
「おし、乾いたな。ここからはもう何が起こるか分からねぇ。お前は早く父ちゃんとこ行け」
「でも…」
少年はちらりと桜花を心配そうに見る。
「大丈夫だ、この姉ちゃんはその辺のあやかしよりも怖くて腕っぷしも強いやつだから」
「おい」
圓月が少年に笑って見せると、少し安心したのか頷いた。
「分かりました。ではお二人とも、ご武運を」
そう言うと、体に風を纏った少年は素早く戦線を離脱する。
少年の背中を見送ると、圓月は桜花の方を振り向いた。
「つーか、なんでお前は氷の中に居ないんだ?」
「それが、私も良くわかってなくて」
「……ああ、もしかしたら飛竜が神力や妖力を持ってる奴を除外して術を掛けたからかもな」
そう推測を立てた圓月に桜花は「多分そんな所だと思う」と返事をする。桜花は特別な人間だ。三大神族でもない彼女が持つ神力は、常人のそれとは格が違う。飛竜が神やあやかしを除外して術を掛けていたとしたら、神力を持つ桜花が除外対象に入ったのは自然な流れとも言える。
桜花は圓月から視線を逸らし、茜鶴覇を見た。炎の中に立っている彼を見て、何処か不安げな面持ちになる。それを横目に見た圓月は、彼女の頭をポンと撫でると村人が入った氷を移動させ始めた。
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