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第二章
第十七話 彼岸へ渡せし輪廻の遣い
しおりを挟む木々が燃え上がり、青ざめた十六夜達の顔をゆらゆらと照らす。
「桜花…桜花…!」
鼻血と血涙を流し、茜鶴覇の身体に倒れ込むように覆いかぶさった桜花。圓月が咄嗟に身体を抱き上げて起こす。しかしいくら揺らしても声を掛けても、桜花は微動だにせず、既に事切れていた。代わりに茜鶴覇の呼吸と脈は、まだまだ微弱で危険ではあるものの安定はしてきており、峠を越えたようだった。
「……これが」
十六夜が俯いて口を開く。大粒の水滴がボロボロと伝い、青ざめた顔色の茜鶴覇の頬に落ちて弾ける。
「これが、神殺しの実じゃ。神殺しの毒は、わしらにとって厄災その物。対抗できる術は本来無いに等しいのじゃ。…桜花の存在は、奇跡と言わざるを得ない」
土を握りしめ、涙でぐしゃぐしゃになった顔のままそう語る十六夜。天大蛇命はそれを聞いて、見開いていた目を閉じる。
「桜花は死んだ。もう奇跡は起こらぬ」
「そんな……」
雀梅はグッと唇を噛みしめ、橙色の炎を桜花の身体に溶かし込む。しかし、冷たくなっていく身体には何の変化も無かった。
「……アタシは茜鶴覇の手当てをする。邪魔だから男どもは退いてな」
天大蛇命は圓月に抱かれた桜花の頬を撫でて血涙を拭うと、雀梅を見る。
「雀梅、手伝いな。茜鶴覇は生きてるんだ。お前の炎でギリギリまで治癒できる」
暗い声音で指示を出す天大蛇命。雀梅は彼女の横顔を見て、何も言わずに炎を茜鶴覇に溶かし始めた。
十六夜と圓月は茜鶴覇から離れて立ちすくむ。誰もが言葉を失い、後悔や責任を感じる中、天大蛇命と雀梅は黙々と手当てを進めた。水蛇を火傷の酷い患部に絡ませて冷やし、雀梅は左胸の矢を抜いて手当てをする。溢れる血を水蛇が吸収し、血の中に薄っすらと含まれた毒を抽出させると、茜鶴覇の首元を噛ませて再び綺麗な血を流しいれた。雀梅は解毒が済むと傷口に直接炎を当てて塞いでいく。傷跡は大きく残るだろうが、受けた傷に比べたら些細なものだった。
そうして淡々と処置が行われていくのを、十六夜達は一歩離れた場所で見守る。そんな中、悔しさと怒りが頂点に達したのか、圓月は驚くほど静かに立っていた。腕の中で失われていく体温が、何かを彷彿とさせているようにも見える。据わった瞳には、暗い炎が揺らめいていた。近くに寄ってきていた嶄は、何やら思う節があるのか少し心配そうに圓月を見つめている。
爪雷は茜鶴覇と桜花を見た後、二人の酷い有様を見て居られなかったのか、背中を向けて拳を握りしめる。
結界の外に居た武静たちも遠目で一部始終を見ていたようで、顔を歪めていた。怒りのせいか、虎文の風がやや膨張し、近くの山の一角を吹き飛ばす。懺禍の雑兵たちはそれに巻き込まれて断末魔と共に黒い霧となって霧散していった。
十六夜はボロボロと止まらぬ涙を拭いもせずに立ち尽くし、その視線をゆっくりと桜花へ向ける。苦しい死に方だっただろうに、桜花の表情はとても穏やかだった。
その時。
「彼女だね。今回の彷徨い人は」
突然聞こえた男の声に、呆然としていた十六夜達は目を見開いて身構える。気配を探るも見つからず、各々辺りを見渡した。十六夜はふと屋敷の屋根の上を見上げる。そこには人影があった。
「……お主は」
黒い着物に彼岸花の様に濃い赤の帯を締めた男がこちらを見下ろしている。高く括り上げた漆黒の髪が、火の粉の混じった風に煽られて舞っていた。
彼の姿を見て十六夜達は憂いの色を顔に出し、警戒を解く。男は胸に手を置いて軽くお辞儀をした。
「こんにちは。……ああ、いや。この時間はもうこんばんはか」
太陽が落ちて群青色と藍色が混じった空を見上げて言い直し、地面に降り立つ。男はパサリと揺れて前に落ちて来た髪の束を、背中側に払った。
「……随分と仕事が早いのう。渡し人よ。まるでこうなる事を分かっていたかのように」
十六夜は皮肉も含めて言うと、桜花の横顔を見る。
「僕は輪廻に従う存在。死期を変えるなんてこと出来ないからね。見殺しにしたと言われたらそれまでだけど、立場ってものがあるからさ。許しておくれ、十六夜」
そう言うと、社の中を改めてぐるりと見渡す渡し人。
「それにこれだけ派手にドンチャンやってれば嫌でも目に付く。大勢死人が出て、大変な騒ぎになると踏んで待機してたんだけどね。……まさか、君一人だけとは。正直驚いてるよ、桜花」
渡し人はそう言って桜花を見る。
「……約束しよう。彼女の魂はこの僕が責任もって輪廻に還す。安心してほしい」
紫色の真剣な瞳で十六夜達と一人一人視線を交わした男。十六夜は承知の意を込めて目を瞑る。
彼は渡し人。又の名を死神という。人々の間では渡し人と言うよりは、死神という名で通っている事が多い。名前は物騒だが決して邪悪な存在などではなく、霊魂が現世に留まって邪気に染まり、悪霊となる前に輪廻へ導いているのである。
天界と冥界はそれぞれ対等な立場であり、互いに侵略できぬようになっているのだが、渡し人はそのどちらにも属さない。神やあやかし、地獄の番兵、それに準ずるすべてに干渉されず、何人たりとも彼らに危害を与える事は出来ない。その代わり渡し人もまた、他種族に対して干渉する権限を持たず、ただひたすら輪廻の導きに従って御霊を彼岸へ渡しているのである。彼らは肩書に神とついていながら、神に分類されない唯一の種族なのだ。
「この子は、随分幸せに生きていたようだね」
圓月が抱く桜花の胸に手を当てて、光の結晶を浮き上がらせると渡し人はそう呟く。
「……そうか」
十六夜は顔を歪めた。涙の後が乾ききらず、酷い顔をしている。
「いずれ、彼女の魂の欠片に出会える日を願っているよ」
渡し人は大切にその結晶を手のひらで包みながら言うと、再び会釈をする。そして指をパチンと鳴らし、その場から消えたのだった。
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