63 / 116
第二章
第二十一話 夢幻八華
音もなく現れた少年に驚き硬直する薫子は、彼が放った言葉を頭の中で復唱した。
(鳳凰……。その名で呼ぶという事は)
十中八九、人ならざる者である。というより、この距離まで茜鶴覇に気づかれず、結界内に入ってきている時点でそこらにいる有象無象の存在ではあるまい。
「夢幻八華」
茜鶴覇は彼を知っているようで、最初こそ驚いた表情を浮かべていたが、今は少し呆れたような顔をしていた。
「久方ぶりの再会だってのに、なんだその『お前かよ』みたいな反応。もっと喜べ」
腕を組んでプンプンと怒る夢幻八華。茜鶴覇の顔には依然面倒くさいと顔に書いてある。
「ん?そこの女、人間か?」
そこでふと視線がかち合い、薫子を見て首を傾げた。
「女、名は?」
「薫子といいます」
上に向かってそう言うと、夢幻八華は「ほお」と答えて地面に飛び降りる。重力を感じさせない身のこなしで着地すると、乱れた髪を耳にかけた。
「俺は幻想神、夢幻八華。訳あって俺は他人の名を口にできん。だからお前のことは薫嬢と呼ぶ。よろしくな」
あっけらかんと自己紹介を済ませた夢幻八華は、薫子の返事を待たずに茜鶴覇へ振り返る。
「鳳凰、他の奴らはもう来てんのか?」
「いいや。まだ来ていない。それに今すぐには無理だろう。現世に帰還し、すぐに式神を送ったが、皆対応に追われて暫く自国から動けまい」
話の内容を聞くに、どうやら夢幻八華を社に呼んだのは茜鶴覇のようだ。
(まだ他にも来るのかな)
薫子は二人の様子を見ながらそんな事を考えていると、茜鶴覇がその様子に気づいて口を開く。
「……地獄から戻った際、数人ここに招集を掛けた。その内の一角がこの男だ」
「まあ…お前があの時呼ばなくとも、今の状況的に集まるのは時間の問題だったな」
そう言って肩をすくめると、夢幻八華はあたりを見渡す。
「麒麟はどこにいんだ?」
「恐らく居間に居るはずだ」
「わかった」
夢幻八華は短く答えると、屋敷に向かって歩き始めた。薫子はその背中を見ながら茜鶴覇に訊ねる。
「彼は一体何者なのですか?」
「……あやつは今空席の守護神が管轄していた領地を、代わりに収めている神だ。守護神と関係は無いが神力は申し分ない」
茜鶴覇は薫子の問いかけに答えると「私達も戻ろう」といって屋敷へ足を踏み出した。
「ひっさしぶりじゃの!夢幻八華!」
「麒麟も元気そうだな!」
キャイキャイと騒ぐ齢数千年の神達を見て、薫子は潰れたミミズでも見るかのような目を十六夜達へ向けていた。
(見た目だけなら可愛らしいけれど、年齢考えるとだいぶキツいな)
「薫、お主そろそろ学習というものをした方が良いぞ」
どうやらまた考えている事が顔に出ていたようだ。薫子は口元を抑えて「失礼しました」と一言謝罪を入れる。
「……それにしても、随分と早い到着じゃねぇの。他の守護神は皆忙しそうだってのに。暇なのか、お前は」
呆れ顔の圓月は首を傾げた。居間に居る者たちの反応から読み取るに、どうやら夢幻八華とは面識があるらしい。
「ああ、それについてはな。放ってきた」
「えっ」
まさかの返答に思わず声を漏らす圓月。茜鶴覇は額を抑えてため息を吐いた。
「放ってきた?」
「ああ」
「自国を?」
「おう」
「この状況下で?」
「そう」
「馬鹿なのか?」
圓月の適切なツッコミに、薫子は心の中で「よく言った」と静かに拍手をする。圓月だけでなく、十六夜達も似たような反応だった。
「今の状況で放ってきたって…なんて適当な神なんだ…。信じらんねえ」
「どこぞのあやかしの長よりひっでぇ対応だな」
「ええ、今までこんな適当な長は貴方ぐらいですよと言っていたのを、早々に撤回しなければなりませんね」
圓月のため息交じりの言葉に続いて、嶄と火響がここぞとばかりに発言する。
「頼りなさなら軍を抜くな、ふたりとも」
シメの一言で辿李が付け加えると、夢幻八華がクワッと口を開いた。
「おい、人聞きの悪いこと言うんじゃねぇ。そこのナマケ烏と一緒にするな」
「誰がナマケ烏だチビ小僧」
口角をひくつかせながら青筋を浮かべる圓月。夢幻八華はそれを無視して腰に手を当てた。
「流石に今の状況下でそのまま来たわけじゃないさ」
「……というと?」
虎文は少し首を傾げて訊ねる。
「向こうに少年を置いてきたんだ。諸々の対策も伝えてある。抜かりはない」
(少年…?)
先程訳あって名を呼べないと言っていた。薫子はその少年を知らぬが、別に名があると見受けられる。
「ああ、夢境か」
そして意外にも、その答えはすぐにわかった。ぽんと手のひらを打って十六夜が呟く。
「どうじゃ?大きくなったか?」
「それがこーーーんなに大きくなってんだ!」
まるで親戚の面倒くさい大人の会話のような内容で盛り上がり始めた二人。蛇歌はため息を吐きながら、薫子に補足説明をする。
「夢境って男が夢幻八華の元に居てね。彼は眷属なんだ」
「眷属…?」
薫子は首を傾げた。
(そういえば、眷属というものに関して何も聞いたことがない)
「……ああ、そうか。その説明をしなきゃな」
蛇歌は薫子の反応を見て、肩に掛かっていた自身の髪を払う。
「眷属ってのは、私達神が創造して召喚している獣達の事を言う。具体的に仕組みを言うと、神力の顕現と実体化だな」
そう言いながら小さな水蛇を袖から出して薫子の肩へと伝わせる。チロチロと舌を出した後、水蛇はその冷たい皮膚を薫子の頬に擦り寄せた。
「私ならこの水蛇が眷属だ」
蛇歌は薫子に懐く蛇を、優雅な仕草で撫でる。
「眷属は、何かしらの動物に近い形になるのが普通なのだけど、夢境は特別でね。あいつは人の形をした眷属なんだ。ちゃんと知力や判断能力も備わっているし、なんら人と変わらない」
蛇を呼び戻して袖に入れると、ワイワイと盛り上がる夢幻八華を見た。
「夢幻八華の司る事象は、その名の通り夢幻。創造する際、能力で干渉すれば見た目くらい自由自在に変えられる」
ややこしい神力だよ、と蛇歌はボヤきながら頬杖を着く。
(なるほどな。その夢境様を国に置いてきているから、夢幻八華様がいち早くこちらに来たというわけだ)
ある種、手分け作業という面では効率のいい対応とも言える。条件的にこの方法は夢幻八華にしかできないので、他の守護神にやらせようとしても無理な話だ。なんせ眷属は皆獣なのだから。
あなたにおすすめの小説
亡き姉の身代わりとして嫁いだ私ですが、離縁状を置いた翌朝、夫が私の「真実」に気づいたようです』
まさき
恋愛
「サインはもう、いただきました。あとは私がこの屋敷を出るだけです」
五年間の結婚生活。侯爵令嬢エルゼが演じ続けたのは、亡き姉・ロザリーの「身代わり」という配役だった。
夫であるカイル公爵が愛していたのは、かつて雪の中で自分を救ってくれた初恋の少女・ロザリー。
生き写しの妹であるエルゼを娶りながらも、彼は一度も彼女を「エルゼ」と呼ぶことはなかった。
冷淡な視線、姉と比較される日々。
「君はどこまでいっても、ロザリーの代わりにはなれない」
その言葉を最後に、エルゼは静かに離縁状を置き、屋敷を去る決意をする。
しかし、彼女が消えた翌朝。
カイルは、エルゼが大切に遺していった古い小箱を見つける。
そこにあったのは、十五年前のあの日、彼が「命の恩人」に預けたはずの片方のカフスボタン。
そして、幼いエルゼが綴った、あまりにも切ない真実の日記だった。
――「あの日、雪の中で貴方を抱きしめていたのは、お姉様ではなく、私だったのです」
真実を知り、絶望の中でエルゼを追うカイル。
だが、すべてを捨てて「自分」を取り戻したエルゼは、もう二度と、彼の隣で微笑む仮面の妻には戻らない。
これは、名前を奪われた女が自由を掴み、愚かな夫が真実の愛を失うまでの、静かで鮮やかな再生の物語。
遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)
スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」
唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。
四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。
絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。
「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」
明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは?
虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!
「今更、あなたの娘のふりなどできません」〜ずっと支えていた手を、そっと引っ込めただけです〜
まさき
恋愛
父が死んだ日から、私は屋敷の「異物」になった。
継母は新しい夫に夢中で、義姉たちは私を使用人のように扱い、継父は三年経っても私の名前を覚えない。
気づいていなかったのだ、あの人たちは。
私の「静寂の手」がずっと、この家を守り続けていたことを。
ある夜、私は静かに荷物をまとめた。
怒りもなく、涙もなく、別れの言葉すら残さずに。
三ヶ月後、屋敷に原因不明の病が広がり始める。
「リーナを探せ」
今更、ですか。
私はもう、別の場所で別の名前で——ちゃんと生きています。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。