桜咲く社で

鳳仙花。

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第二章

第二十七話 帰還と喧騒と団欒

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 薫子と火響が居間ヘ向かうと、ワイワイと騒ぐ声が廊下にまで響いていた。声を聞くに、騒いでいるのは主に亜我津水尊アガツミノミコトと十六夜らしい。
「あんたその格好本当に滑稽こっけいね」
「可愛かろう?」
「残念だけど、私はクソガキ好きじゃないの」
「久方ぶりに会って早々いい度胸じゃな亜我津水あがつみ
居間の中では、茶をたしなみつつ束の間の団欒を過ごす十六夜達がいた。団欒かどうかは各々の判断に任せるが。
「おう、おかえり。ありがとな火響」
「いえ」
ふたりに気がついた圓月は軽く手を上げて笑う。火響はしれっと喧騒から最も遠い部屋の端へと移動しながら答えた。
 (部屋にいるのは圓月様たちと史さん、そして)
亜我津水尊ともうひとり、だんまりを決め込んで茶をすする巨漢である。
 男は騒ぐ十六夜達を親か何かのように静かに見つめていた。上半身の着物の袖を抜いて、たくましい肉体を露わにさせている。その首の後ろには、亀の様な紋様が入っていた。
 「あの方は…?」
薫子は隣で茶を啜る史に男の事を訊ねる。
「彼は岳詠穿がくようが様。守護神の内のひとりよ」
(あれが…)
なんというか、茜鶴覇とはまた違った感じの寡黙な神である。何より眉間に寄りっぱなしの眉が怖い。
「実は私もそんなにお会いしたことはないのよね…。若い時に一度だけ顔を合わせただけなの」
「そもそも守護神様にお会いできる人間って色々とぶっ飛んでますね」
「確かにそれもそうねぇ。だけど貴女、茜鶴覇様だって守護神の一角よ」
クスクスと少女のように笑う史。
(まあ、その通りなんだよなぁ)
慣れてしまっているが故に忘れがちだが、ここの空間には人間どころかその辺の低級神すらおいそれと会えないような神々が集っている。しかも、薫子が生活しているこの場所は、天照大神と月読尊の次に尊い存在が住んでいる場所なのだ。改めて考えると、本当にこの状況が異様なものであるとわかる。
 「……で、茜鶴覇達はいつ戻ってくるのかしら?」
「さあな。昼前には出ていったから、そろそろ戻ってくんだろ」
適当な事を言う夢幻八華に、可愛く「もう!」と頬を膨らませる亜我津水尊。それを見ていた嶄がふと庭の方を見て口を開いた。
「一人帰ってきましたよ」
全員が庭を見ると、軽々と地面に着地する風牙が見える。ふわりと風に翡翠ひすいの髪を舞わせる様は、天女がなにかのようにも見えた。そんな麗しい情景に亜我津水尊の拗ねた声が響く。
「おっそいわよ!風牙!」
「…………」
亜我津水尊はスパーンと中途半端に開けていた障子を全開にして腰に手を置いた。まさかもう居るとは思ってなかったのか、風牙はピタリと足を止める。
「結界貼るだけなのにいつまで掛かってるのよ。もう日が暮れちゃうじゃない!」
「………亜我津水さん」
風牙はプンプンと腹を立てる彼を見て呆れた顔をした。そして草履を脱いで居間に上がる。
「なんでもう居るんですか…。しかも岳詠穿さんまで」
てっきり二、三日掛かるかと思いました、と風牙は腰を下ろしながら訊ねた。
「国の事ならもう既に片してきたわよ。他の上級神に細かいこと含めて指示を出してきたの」
亜我津水尊が答えると、その隣りで静かに頷く岳詠穿。
「一応、アイツに後の処理を任せてきている。国の対処が終われば我を追ってここに来るだろう」
「アイツってあいつか?」
夢幻八華があからさまに嫌な顔を浮かべた。岳詠穿は「ああ」と答える。
「何百年ぶりに会うんじゃろうなぁ。相変わらず女の尻を追いかけておるのか?」
(女の………尻?)
十六夜がニヤニヤとしながら訊ねると、岳詠穿は無言の末にため息だけ吐いた。
「まったくもう。どいつもこいつも変わった奴しかいないんだから」
「おめーが言うなおめーが」
すかさず圓月が突っ込むと、その隣で小さく頷く火響。
「あんた達良~い度胸してんじゃないの。……何?ぶっ飛ばされてぇのか」
「出てる、出てるから色々」
「声ひっっく…」
「あらやだ、私ったら」
ごめんあそばせ、と可愛く謝っていたが、薫子は彼の目から光が消えた瞬間を見てしまったので恐怖しかない。圓月と辿李は顔を引きつらせ、部屋の隅では火響が言葉もなくウゲェという顔で亜我津水尊を見ている。
 その時。
「おや、ここの主のおかえりのようじゃよ」
わざとらしく十六夜が敬うようにそう言う。彼の目線の先を見ると、東西南北に散っていた四神と茜鶴覇が戻ってきていた。
「呼び出しておいて留守だなんて一体どういうつもり?」
「………なんだ、もう来たのか」
(とんでもない扱いなんだな、あの人)
茜鶴覇は亜我津水尊を見るなりスンとした顔で口を開く。その後ろでは、虎文フーウェンが虎の式神を霧散させて他の四神達と共に地面に降りていた。
「いくらなんでも早くないですか…」
飛竜フェイロンはゲッソリとした顔で亜我津水尊を見る。
「あら、仕事が早いって言って頂戴な」
鼻高々に自慢する亜我津水尊を「はいはい…そうですね素晴らしいです天才だ」と適当にあしらって居間に上がった飛竜。
「んもう、十六夜のとこに行ってますます仏頂面と愛想の無さに磨きがかかったんじゃなぁい?」
頬に手を当ててため息を吐く。まるで年頃の娘と父親のような状況に、薫子は首を傾げた。
(このふたりだけ少し周りと雰囲気が違う)
なんと言えばいいかはわからない。しかし、飛竜は普段無気力な態度が目立つ男だが、目上の神相手にここまで適当な態度を取る性格ではない。どういう関係なのだろうか。
「…茜鶴覇」
「岳詠穿、随分と早い到着だな」
「ゆっくり対応している程の時間はない。妥当だろう。むしろ遅くなったほうだ」
すまない、と軽く頭を下げる岳詠穿。どこぞのクソガキやオネエとは違って礼儀はあるようだ。
 「それはそうと、鳳凰神。お前水神はどうした」
ふと気がついた夢幻八華は茜鶴覇に話しかける。その質問には、茶を史から盆ごと貰い受けていた武静ウージンが答えた。
「蛇歌殿は村を回った後、自身の家に一度戻ると言っていました。茶葉を見に行くだとか」
「茶葉?」
夢幻八華は首を傾げる。
「あやつは茶葉の研究が趣味でのぉ。四千年前の事件以来軟禁状態だったんじゃが、その際にちゃっかり茶葉の畑をこしらえよった」
ケラケラ笑って話す十六夜に、夢幻八華は「なるほど…」と頷いた。
「あらあら。薬草研究だけじゃなく、そういうお淑やかな趣味もできたのね」
目を輝かせてうっとりする亜我津水尊。口ぶりからするに、少なくとも四千年前よりも以前の蛇歌を知っているようだ。
「まあ、性格は相変わらずじゃがの」
 十六夜はそういうと、居間に集った面々を見渡す。人数が増えたせいですでに部屋はいっぱいだった。
「さて、蛇歌はすぐに戻るとして…」
「随分、狭いな」
夢幻八華も「ふむ…」と顎に手を置く。そして茶を啜る茜鶴覇に訊ねた。
「鳳凰神、他にもっと広い部屋は無いのか」
茜鶴覇は夢幻八華に「ある」と短く答える。そして史と薫子へ視線を送った。
(部屋を整えてこいってことかな)
何となく意味を察した薫子は、史と共に軽くお辞儀をしてその場を立ち去った。
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