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第三章
第一話 決戦に向けて
(なんだか肌がビリビリする)
薫子は異様な空気を感じ、自身の腕を擦った。その腕には赤い数珠がほの暗く光っている。カチャカチャという数珠同士がぶつかる小さな音を鳴らしながら擦ると、薫子は着物の袖をギュッと掴んだ。
それを見ていた史は薫子の背を優しく撫でる。
あたりは夜の闇に包まれ、周囲に立てられた松明の灯りだけが唯一の光源だった。
(新月……)
空を見上げても月は愚か、星すらも見えない。あやかしの妖力が最も高ぶる新月の夜は、いつにもまして不気味だった。
梅雨の湿度と高濃度の邪気が漂う中、薫子から少し離れた場所で茜鶴覇は佇む。神経を集中させているようだった。
「史、薫子」
ふたりが振り返ると、青白い顔色の蛇歌が立っている。
「念のためだ。持っておきな」
そう言って腕を伸ばした蛇歌。彼女の白い腕を伝い、水蛇が史と薫子の首に巻き付いた。
「予定通り、アタシは今回最前線に出ない。その代わりにお主らの護衛に専念する。でも懺禍相手に必ず守ってやれるとは約束できないからね」
「ありがとう、蛇歌…」
史は蛇を撫でると少しだけ微笑む。薫子は心配そうにこちらを見つめる水蛇を撫で、視線を伏せた。
……数刻前。
「戦力を分散させるゥ?」
前回同様謁見の間で会議をしていた茜鶴覇達は、今後についての作戦を立てていた。そんな中、十六夜の発案に圓月は目を見開き驚愕する。
「ああ。そうじゃ」
十六夜は頷いて話を進めた。
「我らが固まって向かい打てれば良し。だがそうウマい条件では戦わせては貰えぬじゃろう。懺禍は後出しで手を打ってくるようなヤツじゃ、それを逆手に取り、人間たちを食い殺しに行く。確実に被害を抑えられる布陣で迎え討つべきじゃよ」
あくまで冷静にそう結論付けた十六夜。圓月も納得したのか押し黙った。
「そこで、こんな感じに割り振ってみたわ」
亜我津水は大きな紙を広げる。それは神央国の地図だった。
「先に配置だけ言ってくわ。耳かっぽじってよく聞きなさい。まず北。武静、辿李」
「はい」
武静と辿李は目を合わせて素直に応える。亜我津水は懐から取り出した囲碁の駒を二つ置いた。そして次に東を指差す。
「東。飛竜、嶄」
「御意に」
「御意」
飛竜が軽くお辞儀をすると、その後に続いて嶄も頷いた。亜我津水はそのまま南へと指を進め、駒を二つ置く。
「南。雀梅、六花」
「かしこまりました」
「雀梅、了解」
六花と雀梅は同時に頭を下げた。亜我津水はそれを見たあとに駒を置く。
「西。虎文、火響」
「御意」
虎文がお辞儀をすると、火響も続いて了解の意を込めてお辞儀をした。
「今割り振ったあんた達は固まらず、広い範囲の守護が仕事よ。各々あやかしを撃破しつつ、結界の維持をする事。いいわね」
亜我津水の命令に素直に頷いて見せる四神と圓月の配下達。それを見て獅伯は口を開く。
「俺たちはどうすればいい」
「今から説明するから待ちなさい」
全くもう、とため息を吐きながら亜我津水は二つ駒を取り出した。一つを極東へ。もう一つは極西に置く。
「獅伯は極東。寿鹿は極西に行ってもらうわよ」
「はあ?なんでだよ。少しでも守り固めたほうがいいだろ」
「だからこそよ。いい事?あんた達ふたりにはこの会議が終わり次第すぐにここへ飛んでもらう」
亜我津水の突拍子もない命令に獅伯は何か言いたげな顔をするが、寿鹿が割って入った。
「何か、我々にしかできない事があるってことかな」
「その通りよ。あんた達にはこの国全土に及ぶ結界を貼ってもらう」
「………本気か?」
獅伯は目を見開く。
「本気も本気。大真面目に言ってるわ」
「国全体に結界だなんて…そんなこと…」
寿鹿も顎に指を掛けて狼狽えた。
その様子を見て、夢幻八華は肩をすくめる。
「んだよ。なに弱気になってんだ。鳳凰と霊亀はそのくらいやって退けるぞ」
夢幻八華の言葉を聞いて二人の耳がピクピクと動いた。
「ま、俺ぐらいになるとそんなの朝飯前だけどな…!」
「僕なら朝飯前どころか起床後すぐにでもやれるさ」
「はあ?なら俺は寝ながらでもできる」
「僕は寝る直前だ」
「それなら俺は」
「五月蝿い、静かにしろ」
風牙のピシャリとした声に二人はキュッと口をつむぐ。風牙を怒らせて以来二人は少々物分りが良くなったように見える。
(この二人を別れさせて良かったのかも)
薫子は口を閉じても尚睨み合う獅伯と寿鹿を見て思った。
「あんた達。その結界のことなんだけど、二枚貼るって事じゃないのよ」
「は?」
獅伯は首を傾げる。
「協力して、一枚の強固な結界を貼って欲しいの」
「「……協力だって?」」
獅伯と寿鹿の声が珍しく揃った。そして互いの顔を見つめる。
「そもそも、他の国でも暴動が起きてるってことは、その暴れてる奴ら全員懺禍の手に落ちたあやかしなのよ。それがもしこの国に纏めてなだれ込んできたらここはオシマイよ。それを防ぐ最後の砦がこの結界になる」
亜我津水の説明を受け、反対だと顔に書いていた二人はやっと喧嘩をしている場合ではないと割り切ったようだった。仕方ないと言わんばかりに「御意…」と頷く。
「次、中央いくわよ」
亜我津水は新たに駒を取り出すと社のある場所に置いた。
「ここには夢幻八華を滞在させる」
「かしこまった」
夢幻八華は腕を組んで頷く。
「社には今神来社と黎明の次期当主達がいる。彼らの容態的にここから動かすのは困難なの。だからここの守護をお願いするわ」
「それに、あいつも居るしな。逃げねぇように見張りも買って出てやろう」
夢幻八華は片手をひらひらとあげた。
「ええ、頼んだわよ」
「任せろ」
そう応えると、夢幻八華は手を下ろす。
(あいつ、か)
薫子はふと思い出す。数日前に起こった社での前代未聞の事件。それは三大神族であるはずの白家の謀反だった。あろう事か、神殺しの実の毒を神々に対して使用したのである。そのせいで三大神族達は多大な被害を被った。
(そして彼が捕まった)
その場で捕らえられたのは白家の若君、白匡明。現在社の地下に捕らえられている。
(まさか社内部に地下室があるなんて知らなかったけど)
初めて知った事実にも驚いたが、それよりも驚いたのは地下内部もとても清潔に保たれていた事だった。
地下は風通しも悪く湿度もある。すぐにカビだって生えるものなのだが、しっかりと清掃が行き届いており、カビ臭さも無かった。廊下や牢獄内も明かりが灯され、外より薄暗くはあるものの、生活するには十分過ぎる設備である。
流石に匡明も驚きを隠せないようでキョロキョロと辺りを見渡していた。
(そりゃそうだよな)
薫子が同じ立場でもきっと同じ行動をしただろう。茜鶴覇はやはりどこまで行っても根が優しすぎるのだ。
「まあ、直に少年もくる。彼がここに来たら人手の足らん場所へ送ってやるよ」
夢幻八華は首の後ろで手を組む。亜我津水は「頼んだわね」と応えた。未だに姿を見せぬ少年と呼ばれる男、夢境。彼が何者なのかはわからぬが、こちらの力になってくれるなら有り難い事である。
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